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「イスラーム国」はマトを選ぶ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2021年10月8日、アフガニスタン北部のクンドゥーズのモスクで自爆攻撃が発生し、多数が死傷した。この件について、「イスラーム国」の傘下の自称通信社「アアマーク」による短信と、「イスラーム国 ホラサーン州」名義の犯行声明が出回った。この事件を、2021年8月のターリバーンによる政権奪取以来のアフガンで、治安が悪化したり、紛争が激化したり、アフガンが「テロの温床」と化したりすることへの懸念を裏付けるものと解釈することも可能だろう。その一方で、事件についての「イスラーム国」の作品群は、同派の軽薄さなりダメさ加減なりを如実に示す駄作に過ぎなかった。

 みんな大好き(?)「アアマーク」の短信によると、攻撃の実行者は「殉教志願者ムハンマド・イーグリー」である。イーグリーとは、「ウイグル人の、ウイグル出身の」を意味する名乗りだ。攻撃対象は「シーア派のハザラ人の中央神殿/礼拝所」だが、短信は攻撃実行者の身許について、「ターリバーンが中国の要求と中国によるウイグルのムスリムに対する政策に応じ、追放と処分を約束したウイグルのムスリムの者だ」と主張した。一方、事件についての「犯行声明」では、中国、ウイグル、ターリバーンについて一言も触れず、声明の末尾に「ラーフィダ(注:シーア派のこと)とその仲間たちは、カリフの兵士たちはバグダードからホラサーンに至るまで彼らを監視していることを思い知れ。凡そアッラーは御自分の思うところに十分な力を御持ちになられる。だが人びとの多くは知らない」と書き足した。

 「イスラーム国」の声明なり短信なりの精読や読み解きは時間と労力のムダであり、そんなことはすべきではないというのが筆者の立場であるが、今般の事件についての短信と声明は、ちらっと眺めただけでも「イスラーム国」の何たるかをよく理解し、今後の同派の行動様式についての予測を立てるために重要な情報を含んでいる。攻撃対象は「シーア派のハザラ人の神殿」ということだが、これはシーア派こそがムスリムのふりをしてイスラーム共同体に巣食い、(十字軍などの)外敵よりもはるかに有害な存在であるとの「イスラーム国」の考え方に根差す表現だ(「イスラーム国」から見れば、シーア派が礼拝するところなんて“モスク”ではないというところに注意すること)。より興味深いのは、短信で攻撃実行者がウイグルの者であるという点と、ターリバーンが中国の要求・政策に応じてアフガン在住のウイグル人を圧迫すると誓約した点を強調していることだ。アフガンには中国を逃れたウイグルのイスラーム過激派の者たちが多数滞在していたことは周知のことだが、今般の短信はターリバーンがムスリムの同胞を中国に売り渡したかのような当てこすりをしている。ただし、賢明な読者ならば即時に気づくことだが、攻撃されたのは「シーア派のハザラ人」であり、彼らは中華人民共和国とも、ターリバーンとも無関係の人々だ。彼らが何人死傷しようが、中国もターリバーンも、痛くもかゆくもない。

 ターリバーンについては、このところ「イスラーム国 ホラサーン州」がターリバーンを攻撃したと主張する声明やニュース速報の発信件数を増やしているので、今般の自爆攻撃もターリバーンの統治の正統性なり威信なりを傷つけるという解釈も成り立つ。他方、中国については、わざわざウイグル人を実行者に起用したにもかかわらず中国権益とは全く無関係なシーア派殺しに使ったという点で、政治的には何の意味も見いだせない。「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派が、一つ、ないし複数の国や諜報機関に浸透されていたり、支援されていたりしているので、彼らの活動や攻撃対象はそうした国・機関の「許容範囲」内に抑制されるとの趣旨の陰謀論には全く与しないが、「イスラーム国」は当面中国権益を攻撃したり、ウイグル(新疆)問題を広報上の槍玉にあげたりする気がなさそうな理由は真剣に考えるべきだろう。「イスラーム国」やその他イスラーム過激派諸派が、その気になれば世界中どこでもできるはずの中国権益への攻撃をしない理由として考え得るのは、「相手からの組織の存亡にかかわるくらいの厳しい反撃が予想される」、「攻撃対象(この場合中国)に大きなダメージを与えられないことが予想される」、「攻撃対象の世論に大きな影響を与えられないことが予想される」などだろう。

 たいした反撃ができない程度に弱く、なおかつ攻撃対象として社会的反響を呼ぶ程度に目立つ相手をたたくというのはイスラーム過激派に限らずテロリストとして当然の行動様式だろうが、「イスラーム国」にとって中国がそのような存在と認識されているかは微妙である。これまでの経験から一つはっきりしているのは、中国権益をどんなに攻撃しようが、中国人を何人殺そうが、イスラーム過激派のファンや支持者からはウケそうにないということだ。また、イスラーム過激派による攻撃で被る程度の被害で、中国政府が新疆などでのムスリムに対する政策や態度を変更することや、政府や共産党の要人が更迭されることがありうるだろうか?さらに、中国での情報統制・報道管制は広く知られており、少々の「テロ攻撃」ならば中国の社会・世論ではまさに「なかったこと」にされてしまう可能性が高いのではないだろうか。中国の政策や世論に影響を与えるような大損害が生じ、なおかつ隠しようもないくらい派手な攻撃を実行する能力は、「イスラーム国」にも他のイスラーム過激派にもなさそうだ。こうして、せっかくのウイグル人自爆要員は、新疆の同胞を助ける上では何の役にも立たないシーア派殺しに浪費された。

 以上から、中国はイスラーム過激派にとって「魅力的な」攻撃対象とは思われないので、今後も中国がイスラーム過激派の主要な関心事・攻撃対象になる可能性は極めて低い。しかし、今般の自爆攻撃から得るべき情報・教訓は、アフガンや中国についてのもの以上に、「イスラーム国」は報道露出を上げるような作戦や攻撃対象を希求しているものの、“「イスラーム国」討伐で世界中の国や世論の足並みがそろってしまうような対象は攻撃しない”、“強烈な反撃をしてきそうな相手は攻撃しない”、等々のご都合主義的・機会主義的な行動様式をとっていることだ。攻撃を受ける権益や人命の価値を無視・軽視する、統制や管制によって攻撃そのものを「なかったことにする」という対策が正しいとは思わないが、今般の事件で「イスラーム国」が示した行動の様式は、同派の今後の活動の予測と、日本が「テロ攻撃」の対象にならないためにとるべき対処を考える上で大いに参考になりそうだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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