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アフガニスタン政府の崩壊から得るべき教訓

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(提供:ReutersTV/ロイター/アフロ)

 論理的には1年中全ての日が誰かにとって何かの「記念日」であり、誰でもそれを何かの政治・軍事的行動のきっかけにすることができる(従って後付けで「記念日」をテロ行為などの理由として挙げることは簡単で、筆者は「記念日」をテロ行為の危険度が上がる警戒日である、との趣旨の予想は絶対しない)。8月21日も、本来はとても重要な「記念日」のはずなのだが、2021年の「記念日」は当事者も含む世界中のみんなから、かわいそうなくらいぞんざいに扱われて過ぎていった。2013年8月21日は、「悪の独裁政権であるシリア政府」が、体制打倒の抗議行動を行う「善良な市民」に対し「化学兵器を使用」したという、自由と人権と民主主義を愛好する世界の人民にとって決して忘れてはならない日である。また、そうした理念に関心がない者にとっても、この化学兵器使用事件/騒動を巡る顛末は(少なくとも中東における)アメリカを筆頭とする西側諸国の政治・軍事的干渉や支援が「まるであてにならない」という事実を決定づけた、国際関係を観察する上で極めて重要な「記念日」である。

 事件のあらましは、2013年8月21日の早朝に、ダマスカス市の郊外に広がるグータと呼ばれる田園地帯・住宅地帯に位置する複数の町にサリンなどを用いた化学兵器攻撃が行われ、子供を含む多数が死傷したというものだ。攻撃対象となったザマルカ、アラバイン、マアダミーヤは、当時「反体制派」武装勢力が占拠しており、アメリカをはじめとする各国政府は事件をシリア政府の仕業と決めつけ、化学兵器の使用という「レッドライン」を越えた「悪の独裁政権」を壊滅させるべくアメリカが軍事介入するとの見通し(期待?)が強まった。しかし、実際にはシリアへの軍事介入(=「悪の独裁政権打倒」)はアメリカやヨーロッパ諸国で世論の支持を得られず、欧米諸国によるシリアへの「懲罰」の動きはまさに尻すぼみに終わった。その後もシリアでは度々「政府軍による化学兵器使用」疑惑/騒動が発生したが、それに対する欧米諸国の軍事行動は、「悪の独裁政権」を懲罰するにもその行動を矯正・抑止するのにもまさに何の役にも立たなかった。この展開は、シリア政府による弾圧の悪逆さを強調して欧米諸国の世論の同情をひき、それをテコに欧米諸国の軍事介入を招くことによって体制打倒という政治目標を達成しようとしていたシリアの「反体制派」にとって致命的な転機となった。

 実のところ、自由と民主主義を希求して闘う人民が権威主義体制に勝利するために必要な諸要素は1990年代の時点でかなり定式化しており、「敵方の悪逆さを強調して欧米諸国の世論(特に人権団体や教会)の同情を得る」という戦術は、この定式の代表である。従って、シリアの「反体制派」が欧米諸国向けに懸命に宣伝を繰り返したこと自体は、別に不思議なことでも悪いことでもない。問題だったのは、「反体制派」が、「(穏健派を仲間に引き込むなどして)権威主義体制側の足並みを乱す」、「反体制側を統一する」、「権威主義体制を打倒した後の国政を運営できるだけの体制を整え、内外の世論にそれを信頼させる」などなどの、民主化闘争が権威主義体制に勝つための諸要素のほとんどをまるで顧みなかったことだった。2021年の「記念日」に際し、「反体制派」のSNSサイトなどでは事件についての動画も出回ったが、シリア内外の世論に反響を呼ぶような広報とはならなかった。

 この反体制派勝利の定式は、反体制派の挑戦を受ける側からも「定式を崩す」ことによって体制を防衛することができるという意味で大いに参考となろう。となると、もろくも崩壊したアフガン政府の高官たちは、例えば「体制内の団結を固める」、「反体制派の統一を妨害する」、「内外の世論に自分たちの側しか国政を運営できないと信じさせる」などの対策を怠ったことになる。これは、2013年8月21日(=シリアにおける化学兵器使用事件/騒動)以来の欧米諸国の政治・軍事介入・支援の何たるかについての、分析と対策の致命的不足と言える。一方、ターリバーン(ただし同派は自由と民主主義を希求する運動ではない)にとっても、今後自らの目指す統治体制に国際的な承認を取り付け、体制を永続させるためにすべきこと、すべきでないことについてこの定式から着想を得ることができるだろう。とりわけ、「自分たちこそが今後の国政を担うことができる」とアフガン内外の諸当事者に納得させることは、同派にとって極めて重要かつ困難な仕事となるだろう。

 中東情勢を観察する者として得るべき教訓は、外部(特に欧米諸国)からの干渉・支援に依存し、自らのなすべきことを怠る主体には政治的な展望はないということである。これを意識していればアフガン政府の崩壊は決して「想定外」でも「予想外」でもなかったはずだ。8月21日は、欧米諸国の政府や世論に頼り切った運動や政権の末路に思いをはせ、政治行動や学術的分析の教訓とする記念日となるのだろうか。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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