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地中海での移民・難民船遭難の「悲劇」は何故繰り返すか

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
地中海沿岸某所の「密航グッズ」販売店(筆者撮影)

 いわゆる紛争地や途上国からEU諸国に密航しようとする移民・難民が後を絶たない。それとともに、密航の道中に遭難して死亡したり行方不明になったりする者も後を絶たない。最近でも、リビア沖でゴムボートが転覆し、100人近くが犠牲となる事件が発生した。しかしながら、このような事件・事故は何年も前から繰り返されており、それらについての報道などは単に「多数が死亡した」と伝え、「移民・難民かわいそう」というネタとして事件を消費するだけにとどまっているように見受けられる。この種の「悲劇」を繰り返さないためには、その原因を明らかにすることが必須であり、例えば海上で遭難する者が後を絶たないのならば、それにも拘わらず何故人類はこの方法でEU諸国への密航を試み続けるのかを考えなくてはならない。

 地中海南岸からEU諸国に密航する経路は、主に3つある。一つはトルコから陸路・海路で主にギリシャを目指す経路である。第二は、エジプト・リビア・チュニジア・アルジェリアから海路でイタリアやマルタを目指す経路である。第三は、モロッコから陸路・海路でスペインを目指す経路である。上で引用した遭難事故は、第二の経路で発生したものである。「誰が密航を図るか」という点については、数年前に大問題となったシリア人のような地中海沿岸諸国だけでなく、バングラデシュ、アフガニスタン、マリ、コートジボアールのような国々の出身者も目立つ。また、密航を図る者たちが紛争に追い立てられて何の計画性も選択もなく移動しているとは限らず、2020年にEUに入域した密航者の中では、チュニジア、アルジェリア、モロッコの者たちが多数を占める。

 一般に、人類が移民・難民として越境移動をする動機としては、所得や雇用など経済的な機会に恵まれていない所から恵まれている所へ、紛争やその他の政治的差別や圧迫のある所からない所へというものが想起しやすい。貧困や失業や身の危険が「押し出し要因」であり、それらがない(または経済的機会がある)というのが「引き付け要因」である。また、せっかく高等教育を受けたにも拘らず、その能力を発揮する機会がないとか、より高度な教育や訓練を受けたいというのも人類が移民・難民として越境移動を試みる立派な理由である。また、実際に越境移動を「する・しない」、や「どこを目的地にするか」を決めるに際しては、自分の家族や親族がすでに移住して生活の基盤を築いていたり、移動の前後に情報や支援を提供してくれたりするか否かが重要な要因となる。つまり、ある国の出身者がEU諸国のいずれかでそれなりの規模の共同体を形成している場合、そこにいる配偶者と合流したり、親族を頼ったりして同じ国の出身者が相次いで移動を試みるということになる。その上、移民・難民の送り出し国や経由国が、何らかの理由で領域や国境をちゃんと管理できなくなってしまうと、やはりそれを通じた密航は増加する。移民・難民の出身国がまともに旅券を発行できない、発行したとしても信用度が低くてどこの国に行こうとしても正規の査証を取得するのが困難である、といった場合でも密航を選択する者が増えるだろう。

 移動の手段にしても、正規の手続きを経た「合法的な」就労や留学移動から、大勢が国境通過地点や駅に押しかけたり、船舶で密航したりするものまで様々である。越境移動(特に密航)を試みる者たちは、各々の動機に基づき、各々の能力(経済力や親族のネットワークなど)に応じて「移動するか否か」と「どこを目指すか」、「どのように移動するのか」を決定することになる。特に、二度と故郷に戻らないと決心したり、戻ることができない理由を持っていたりする者にとっては、文字通り生命やその後の人生がかかる移動になるので、彼らは自分の能力の範囲で最も効率がよく、最も安全な方法を選択すべく全力を挙げる。見逃してはならないのは、毎度「遭難事故でたくさん死んでかわいそう」なネタとして消費されるだけの海上ルートも、その成功率は非常に高いということだ。UNHCRの推計によると、2020年1月~11月に、地中海の諸般の経路を利用してEUに入域した者8万1234人に対し、死亡・行方不明者は850人で、その成功率は99%である。成功率は、2019年は99%、2018年は98.4%、2017年は98.3%、2016年は98.6%、「難民危機」でEU諸国が恐慌状態に陥った2015年は99.7%を記録している。別の推計でも、2020年1月~9月までに海路でイタリアに到達した者2万3000人以上に対し、その途上での死者・行方不明者は約430人で、こちらの成功率も99%を超える。

 こうした高い成功率(生存率)は、EU諸国の当局やNGOが海上で移民・難民を救出する(或いは捕捉して送り返す)努力の結果の一端でもある(ただし、確実にEU諸国に保護されるために、EU諸国の当局・NGOの船舶の近くでわざと難破する、という密航の手法も常態化している。従って粗末な船舶やゴムボートを使うのも成功率を上げるための立派な手段の一つと考えてよい)。その一方で密航が業者による「事業」として営まれているからだということも重要な理由である。全く何の準備も情報もなくEU諸国を目指す移民・難民は日本で抱かれているイメージほど多くはないはずである。確かに移民・難民の経験談で移動の途上の搾取や虐待についての逸話は事欠かないが、「必要なサービスを論理的な価格や待遇で提供しない」業者は淘汰され事業が成り立たなくなるので、業者にしても「高い成功率とそこそこの価格と待遇」を提供し続けなくてはならない。例えば、成功率が5割を切るような密航に人生をかけてみようとする顧客がどれだけいるだろうか?筆者の調査の過程では、「偽造旅券を作成して査証を取得させ、空路で堂々EUに入域する」という試みを3回も繰り返し、それに根気良く付き合った密航業者の事例もあった。要するに、移民・難民の越境移動に際する「押し出し・引き付け要因」を考慮せずに、密航業者を摘発するだけでは解決にならず、逆に「優良業者」を取り締まった結果サービスが低下し、密航の過程での死者・行方不明者を増やすという結果を招く可能性もあるということだ。また、送り出し国の政治・経済体制がよくないために移民・難民が増えるという見解も一理あるが、最近のEU諸国への密航者では、「アラブの春の唯一の成功例(「民主化」したってことになっている)」チュニジアや、最近「独裁者の長期政権」を抗議行動で打倒したはずのアルジェリアが上位2カ国を占めているので、単に「独裁者」をやっつければ移民・難民の流れが収まるというわけでも決してない。

 結局のところ、移民・難民が何かの問題になるのならば、送り出し国、受け入れ国、経由国の各々で状況に即した対策が必要になるということだろう。これは、単に海上で遭難する者たちを一生懸命拾い上げたり、無慈悲に押し戻したりしたところで、一定の頻度で数百人が犠牲となる事故が起こり続けるのは防止できないことを意味する。この問題を、定期的に発生する「かわいそうネタ」として聞き流すだけでなく、問題の当事国(特に主な送り出し国である中東諸国)の政治・社会問題について知り、それらを改善する方途に思いをはせる機会にしてほしい。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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