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実はあんまりイケてない(?)最近の「イスラーム国」

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
断食明けの「イスラーム国」(2020年5月26日付「イスラーム国西アフリカ州」)

 2020年4月末~5月にかけて、「イスラーム国」の活動が活発化したように見える。これについては、同派が政治空白や中国発の新型コロナウイルスの流行に乗じてイラクで攻撃を増加させた、断食月(「イスラーム国」にとっては「ポイント10倍」の活動強化月間)で活動が活発化した、「イスラーム国」が「消耗攻勢」と称する攻勢を実施した、などの原因を挙げることができる。

 最近の「イスラーム国」の活動で目を引くのは、イラクでの攻撃件数の増加である。特に、最近同派が実施した「消耗攻勢#3」では、同派が世界各地で行ったと主張する作戦の過半数はイラクでの作戦だった。イラク以外の場所での攻撃件数は、同派が深刻な低迷状態にある過去1~2年の水準とさほど変わっていない。(「イスラーム国」による声明類の発信状況と、諸般の攻勢の概況については別稿を参照)戦果として主張することが増加したためかは定かではないが、過去3年近く12頁だった「イスラーム国」の週刊の機関誌は、この5月第3週と最終週は16頁へと文量が増加した(内容がよくなっているかは別問題。6月第1週は通常の12頁に戻ったので、一時的な増頁と思われる。)。もっとも、イラクでは2019年秋ごろから「イスラーム国」による攻撃件数が増加している。これに対するイラク政府側には、反政府抗議行動を受けた政治空白の長期化、新型コロナウイルスの流行に伴う連合軍の活動の鈍化、政府の財政難や不効率・汚職、「イスラーム国」対策の矢面に立ってきた「人民動員」の統制・処遇など、解決すべき難題が山積している。

 その一方で、「イスラーム国」による声明類の発信状況を観察したり、同派が実施した諸般の「攻勢」を比較検討したりすると、「イスラーム国」全体としては実は低迷を脱していないと思われる。確かに、2020年4月、5月に同派が「声明」と称して発信した文書の件数は、2020年の1月~3月に比べれば増加したのだが、2019年4月、5月と比べると発信件数は半分にも満たない。「イスラーム国」の自称通信社「アアマーク」が発信した短信の件数についても、2020年5月は前年同期の発信件数に及ばなかった。「イスラーム国」のように政治目標を達成する手段としてテロリズムに依拠する集団にとって、活動を適切に広報できないならば、「戦果を上げた」とは言い難い。また、「イスラーム国」の影響力の低下も顕著だった。同派は、新型コロナウイルスの流行に乗じた欧米諸国での攻撃を扇動したり、「攻勢」を実施したりしたのだが、欧米諸国で「イスラーム国」の教唆や扇動に応じた襲撃事件はほとんど発生しなかった。

 「イスラーム国」の広報そのものも、質が低下しているように思われる。例えば、2020年1月には報道官の演説で「新段階」としてイスラエルへの攻撃を扇動した。ところが、この「新段階」は、「イスラーム国」自身が何か戦果や実績を上げることもなければ、同派に呼応して襲撃事件などを起こした者も皆無だった。そして、5月末に出回った最新の報道官の演説でも、「新段階」には何ら触れることがなかった。その上、新たにカタルに対して中東におけるアメリカの拠点として非難・脅迫をした。

 脅迫や扇動は、受け手の側に何か良くないことが起こる、という確信がなければさしたる効果が期待できない。言ったことを自力で実現できない脅迫や、どこかの誰かが呼応することを期待するだけの扇動は、最終的には脅迫・扇動をした者の威信を低下させるにすぎない。イスラーム過激派がどのような話題に関心を持ち、何を非難・攻撃の対象にするかは常時監視すべきで、脅迫や扇動が実行に移されないよう必要な措置をとることも怠ってはならない。しかし、分析する側には、徒に脅威を煽るのではなくその実態・実効性について判断を下すという重要な仕事もある。「イスラーム国」は、何の行動にもつながらない脅迫・扇動を繰り返すだけの状態に陥りつつある。

 漫然と観察して眼前の事件に条件反射のように反応するような観察も、何かのネタになりそうな時に必要なものをちらっと見るだけの観察も、物事の研究や分析として成果は望めない。特に「イスラーム国」の脅威については、時間的な幅や場所の設定次第で観察者に都合の良い観察結果を出すこともできてしまう。我々は、当のイスラーム過激派の作品群だけでなく、それについての分析もそこそこ頭を使って鑑賞してその意図や手法を考えなくてはならない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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