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新型コロナウイルスが教えてくれるターリバーンの正体

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 長年の紛争の影響などで、中国発の新型コロナウイルスの蔓延に実効的な対策をとることができないと心配されている国の一つに、アフガニスタンがある。特に、同国においては「反政府武装勢力」とか「過激派組織」とかレッテルを張られているターリバーンが、国土の半分以上に影響力を及ぼすに至っている模様で、カブールにあるアフガン政府が新型コロナウイルス問題についてちゃんと働いてくれることは期待できない。本稿では、新型コロナウイルスが世界的な危機になる過程でターリバーンが発表した声明類を観察する。

基本は精神論

 ターリバーン、2020年2月末までは、アメリカとの和平合意の件で頭がいっぱいで、声明類も月刊の機関誌も、この件に関心を注いでいた。ターリバーンとアメリカとの合意は、これを契機にターリバーンがアフガン領の広域を占拠したり、アフガンの政治・経済・社会の運営に同派が陰に陽に影響力を及ぼしたりすることを「国際的に容認する」ことにもつながる大問題である。アメリカとの合意調印(注:合意事項が実行されているのかとは別問題)が一段落すると、ターリバーンは新型コロナウイルス問題にも関心を持ち、様々な作品を発表するようになった。2020年3月19日付の声明では、新型コロナウイルスを人類の不服従やその他の理由によってアッラーがもたらしたものであるとの認識を示した。その上で、信仰と悔悟の強化を勧めたり、国際援助団体に支援活動の継続を求めたり、商人らに買い占めや物価つり上げをしないよう求めたりした。

 2020年4月9日に出回った月刊の機関誌の最新号では、新型コロナウイルスについての記事が2点も掲載され、異例の関心の高さを示した。とはいえ、その内容はターリバーンの者も多数収監されているであろう刑務所での蔓延の危険性についての記事と、「新型コロナウイルス蔓延の下でどうするべきか」、という、どちらかと言えば予防措置の励行よりも信仰強化に力点を置いた記事だった。管見の限り、ターリバーンは新型コロナウイルス問題について、巷のイスラーム過激派や“サラフィー主義者”のように「不信仰者に被害が広まって、ざまあみろ」といった趣旨の下品な言動をとらなかったが、問題を人民に信仰心と道徳的な振る舞いの強化を促す啓発によって対処すべきものとみなしたようだ。

自分はお金も物も労力も出さない

 もちろん、ターリバーンも「アフガンの領域の大半を制圧する者」としての責任を果たす(フリをする)ことを忘れなかった。2020年3月27日には、同派の「保健委員会」が行った啓発活動を紹介する短い文書を発表した。この文書では、金曜礼拝後の注意喚起・啓発パンフレットの配布の他、「マスク、手袋、消毒液、石鹸の配布を続ける」と主張しているが、そのような物的な対応を裏付けたり、その規模や質を知る上で参考になったりする資料は乏しい。

 さらに、2020年4月11日にも声明を発表し、この問題に対し、第一に人民の信仰心を啓発する、第二に人民が医学的措置を守るよう啓発する、との2つの対策に取り組んできたと主張した。その上で、国際的援助団体に対し、公式声明を通じて薬品や医療物資を制圧地に届ける責任を果たすよう呼びかけてきたと主張するとともに、そのための安全確保を約束した。国際機関に支援活動を呼びかけ、そのために必要な「サービス」(注:要するに身の安全は保障してやる、ということ)を提供するとの趣旨の表現は、前述の3月19日付の声明でも見られる。

 一連の作品群を見る限り、ターリバーンは新型コロナウイルス対策のため、自らは啓発活動以上にたいした活動をするつもりがないように見受けられる。同派が実際にどの位の物品や医療サービスを提供するか、できるかについては、動画や映像のような広報作品を発信できるかに着目して観察するとよいだろう。そうなると、現場で治療や薬品の提供、消毒などを行うのは、ターリバーンが呼びかけているとおり、国際的な援助団体頼みとなろう。

新型コロナウイルスの記事なんて馬鹿げてると言ったろ

 ただし、気を付けるべき点は、ターリバーンの広報活動を観察し、同派が新型コロナウイルスにどう反応したかを物見遊山的に羅列することが大切なのではない、ということだ。一連の活動を観察することにより、今後アフガンの広範な地域で起こる可能性がかなり高い、「ターリバーンによる支配」がどのようなものになるのか、予想するために重要な手掛かりが得られることが重要なのだ。端的に言うと、ターリバーンは一応傘下に社会・行政サービスを担当する部署を持っているものの、それらが責任をもって制圧地域にサービスを提供するのではなく、制圧地域に出入りする国際機関などにサービス提供を「丸投げ」する可能性が高い、ということだ。アフガン紛争で「勝利」の確信を強めるにつれ、ターリバーンが国際機関や援助団体を、「排撃する」のではなく「統制して利用する」方針へと転換していったことは、すでに同派が春期攻勢の攻撃対象に何を名指しするのかを観察することを通じて実証されている。

 また、ターリバーンが国際機関や援助団体を「利用する」方途としても、単に本来は同派が「統治者」として担うべき業務を代行させる以外にもたくさんある。例えば、これらの機関が現地拠点として使用する不動産物件や、現地職員として雇用する者を「指定」し、それを通じてお金を上納させることができる。また、諸機関が業務を実施する場所を指定することにより、配下の者や支持者にだけサービスを提供させることもできる。つまり、ターリバーンに限らず、紛争地で領域を占拠している武装勢力(犯罪組織、テロ組織、イスラーム過激派、革命戦士、その他いろいろ何でもよい)にとって、占拠地域に出入りする援助団体や報道機関を利用する方法はたくさんあり、直接「ショバダイ」や「モリシロ」を取り立てるよりもはるかに合理的かつ文明的にやることができるのだ。ターリバーンが支配するアフガンの未来は、同派が信仰やそれに関係する振る舞いに厳しく干渉する一方で、基本的なサービスの提供は外部の機関や援助団体に任せきるというものになりそうだ。その結果、現在もアフガンへの支援に多大な資源と労力を費やしている側は、同地の紛争が激化しようが沈静化しようが、かなりの水準でアフガンに投入する資源の量・質を維持せざるを得なくなるだろう。そうした未来は、アフガン人民にとっても、彼らにとって結構大口の支援者である日本の社会にとっても、あんまり明るくないと言っていいだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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