Yahoo!ニュース

アフガニスタンでの中村医師殺害事件(ターリバーンの観察)

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 ターリバーンは、中村医師殺害事件から数時間も経たないうちに、公式報道官がSNSアカウントに事件との関与を否定する投稿をした。ターリバーンとは、1990年代に内乱が続くアフガンでウマル師を指導者として神学生達(=ターリバーン)を中心に結成された武装勢力である。ターリバーンとは他称・通称であり、彼ら自身は自らを「アフガニスタン・イスラーム首長国」と称する。混乱を避けるため、以下の表記はターリバーンで統一する。ターリバーンは、アフガンで用いられる諸言語に加え、アラビア語、英語など、複数の言語で活発に広報活動を行っている。同派の発信する声明類で最も注目すべき作品の一つは、毎年春に同派が開始を宣言する春期攻勢の開始を告げる声明である。これらの声明は、例年「攻撃対象とする標的とその優先順位」や「攻勢で用いる戦術、手段」を列挙してくれる。つまり、毎年の春期攻勢開始宣言を読むことにより、同派が「何をどんなふうにマトにかけるのか」をある程度予想することが可能となる。以下では、2014年以降の春期攻勢開始宣言で列挙された攻撃対象の変遷を検討する(太字は筆者による)。

2014年:ハイバル攻勢

*攻撃対象となるのは、第一に外国の占領者、様々な名称の占領者のスパイ、占領者の業務を請け負う軍人・民間業者、いかなる名称であろうとも占領者と共に働く者、占領者の通訳、占領者の行政職員、占領者の兵站要員。第二の攻撃対象は、カブールの政権の高官全員、政府や議会の構成員、治安職員、国防省・内務省の外国人支援将校、法務省の(被告)召喚職員、最高裁の判事、国家治安局のスパイである。

*攻撃対象となる場所は、外国占領軍の軍事拠点、外交使節と車列、占領者を支援するアフガンの傀儡どもの軍事拠点、国防省・内務省・情報機関・民兵の施設と車列である。

2015年:アズム攻勢

*この攻勢の第一の標的は、十字軍占領者、特に彼らが常駐する基地、諜報拠点、外交拠点である。次は傀儡政権の職員と、彼らの軍事拠点、内務省・国防省職員、ムハーバラート、その他の要員である。

*この攻勢では、以前と同様高度な戦術と殉教作戦を用いる。春期の作戦においては、諸都市の内部でのゲリラ戦が最重要の戦術となるだろう。攻勢では、民間人の生命・財産保護のため細心の注意を払う。また、イスラーム首長国は、古くからの戦略である、宗教・教育拠点、医療施設を攻撃しないということを再確認する。アフガン人民を助けることだけを目的とする慈善家・慈善団体は、イスラームの教えに沿って支援活動をするように。

2016年:ウマル攻勢

*攻撃対象の列挙は特になし。一方、攻勢と並行し、敵方に属する者たちをムジャーヒドゥーンの側に合流させる働きかけを行うとも表明している。

*敵とその配下の民兵の士気を低下させる消耗戦に引き込むため、全国で殉教作戦、戦術攻撃、暗殺などあらゆる手段を用いる。

2017年:マンスーリーヤ攻勢

*マンスーリーヤ攻勢は、基本的に外国占領軍の攻撃・破壊に集中する。また、彼らの軍事・諜報拠点、内部における彼らの傀儡に集中する。

*敵に対する攻撃的作戦に加え、ヒット・アンド・ラン型の作戦、集団的殉教作戦、暗殺作戦、潜入要員による攻撃、爆破を実施する。マンスーリーヤ攻勢において、ムジャーヒドゥーンは攻撃計画や実行場所の選定で民間人の生命と財産の安全に責任を負う。

2018年:ハンダク攻勢

*これらの作戦は、アメリカ占領者とその傀儡を追跡し、兵士たちを生け捕りにすることに焦点を当てている。アメリカ人とその傀儡である諜報要員が対象リストの筆頭になるだろう。アフガン内部で占領を支援する者が、これに次ぐ標的となるだろう。フィトナの唱道者(筆者注:「イスラーム国」のこと)の動きも標的となるだろう。

*ハンダク攻勢の計画は、軍事委員会の有能な要員によって策定され、占領軍の現在の軍事戦略に対抗するために練られた。同様に、攻勢は各種の新しい戦術、秘密の戦術を備えている。それらは、奇襲、突入、浸透、特攻、その他の軍事的手段である。

2019年:ファトフ攻勢

*今期の攻勢では、広範な征服を達成すること、多くの地域・都市・拠点を敵から浄化することを期待している。また、ムジャーヒドゥーンはジハード行動において、堕落や裏切りに陥らないように。また、国民の生命・財産、公共財の保持を、最高の任務と考えること。

 ターリバーンが発信している作品群を見る限り、実際にその通りかはともかく、同派は軍事力によってアメリカなどの「占領軍」を撃退することに自信満々である。また、同派の認識によると、現在のアフガン政府は「占領軍」が去ればたちまち瓦解するものとみなされ、そもそも交渉や停戦の当事者扱いされていない。このような認識を基に、ターリバーンは年々攻撃対象を絞る傾向にある。2014年には、援助団体や国際機関、それらの職員に至るまで攻撃対象としていると解しうる先鋭的な態度を表明したが、2015年になるとアフガンのために活動する慈善団体等を攻撃対象からはずすと明記した。これは、現場での優位に自信を深めたターリバーンが、アフガン人民に様々なサービスを提供する援助団体を、排撃する対象ではなく「統制して利用する」方針に転じたことを意味する。同派は、最近では赤十字国際委員会(ICRC)のような大規模な援助団体に対しても、活動内容を監視して「認可」の与奪で活動を統制している。つまり、かなり大規模で経験豊富な団体でも、場所によってはターリバーンのご機嫌をうかがいながらでないと活動できないのである。そうなると、攻撃対象として明示されていなくても、ターリバーンから有害だとみなされればいかなる団体のどのような活動でも同派の攻撃のマトにかかりうるということになる。今般の事件の被害者と所属団体が、こうした状況を十分認識して相応の対策をとった上で現地での活動に臨んでいたと信じるが、それでも「安心安全」は実現しないのである。少しでも危険を回避できる確率を上げるためにも、長期間にわたる観察と分析の重要性を改めて確認したい。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

髙岡豊の最近の記事