アラブ諸国と新型肺炎

(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 本稿執筆時点で、アラブ諸国での新型コロナウイルスの感染はUAEで生じているだけで、各国での感染の広まりや、アラブ諸国の国民での感染例はない。その一方で、この問題はアラブ諸国も相応に重大視されており、各国ともに自国民の退避、航空便の運航、出入国管理でなにがしかの措置を講じつつある。

 主な例としては、ヨルダン、サウジが武漢に在住していた自国民の留学生らを退避させたほか、モロッコ政府も同時期に自国民を退避させるための措置を講じるよう指示を出していた。また、2月に入ると、イラクが中国からの外国人の入国を禁止したり、レバノンが安全が確認できるまで中国船舶の入港を拒否する方針を表明したりした。空の便でも、UAE、サウジ、オマーンが中国と往来する航空便の多くを運休させた。サウジは、自国民、及び自国に居住する外国人の中国への渡航を差し止めた。

 アラブ諸国が新型コロナウイルスの問題に関心を払うのは、近年アラブ諸国や中東への中国の政治・経済・軍事・社会的な進出が盛んで、地域における中国の存在感が増していることと関係している。1990年代末では中東の人々から見てアジア系の外国人と言えば日本人との感覚だった。これが、2000年代にはいると中国人の存在感が急速に増し、今ではアジア人を見かけて日本人と思う人はほとんどいないのではないだろうか。また、留学生の行き来をはじめとするアラブ諸国と中国との往来も急速に拡大し、筆者が知る限り、ある年にアラブの某国から中国が招聘した留学生の数は、日本のそれとは二桁は違うくらい多数になっていた。新型コロナウイルスの流行が顕在化する以前の段階での中東諸国と中国との関係については、日本でも最近複数の論考が発表された。

 一方、アラブ諸国においては、新型コロナウイルスの流行が世界的な規模になった場合、心配すべき点がある。それは、紛争により政府が存在しなくなったり、政府の機能が著しく低下したりしている国がアラブ諸国には複数あることだ。その結果、過去数年イエメンで数次にわたりコレラが蔓延し、多数が感染・死亡している。紛争が続いているリビアやシリア、政治がマヒ状態のレバノン、イラク、チュニジアのような諸国も、対策に不備や遅れが出る可能性が高い。アラブ諸国の中にも、新型コロナウイルスの流行に際し原油の価格や需要、観光客の動向などの経済面での影響を懸念している国は少なくない。とはいえ、経済的な損失を恐れるあまり流行を抑え込むための対策が疎かにされれば、対策の取りようがない地域に新型コロナウイルスが拡散し、ただでさえ紛争の災禍にさいなまれる現地の人民をさらに苦しめることになってしまう。