アメリカ軍撤退とシリア:「イスラーム国」の妻たちの行方

一見なんだかわからないが、「イスラーム国」の女性構成員らしい。(写真:ロイター/アフロ)

 イギリスが、同国からシリアへと送り出された末に帰国を希望している「イスラーム国」の女性構成員の国籍を剥奪した。また、アメリカもシリアで捕らえられたアメリカ国籍の「イスラーム国」の女性構成員の帰国を拒絶した。この種のニュースは、シリアにおける「イスラーム国」に対する「勝利」が目前という時期に俄かに浮上したかのように錯覚されているかもしれないが、「イスラーム国」の構成員に未成年者、女性、高齢者が相応に含まれ、各々がなにがしかの役割を担っているということと、そうした構成員をどう処遇するのかが国際的な懸案となっていたのは、もう何年も前の話だ。

 彼らの帰還や引き取りを拒み、その後始末をイラクやシリアに押し付けるかのような欧米諸国の態度はいつも一緒である。また、欧米先進国へと帰還した、或いは帰還を希望する「イスラーム国」の構成員たちの証言なるものも、異口同音の紋切り型のもので、筆者としては正直うんざりしている。いわく、「自分は「イスラーム国」に自発的に合流したわけではない」、「自分は「イスラーム国」の犯罪や残虐行為については知らない」、「夫や子供の死に直面し、今や「イスラーム国」を支持していない」、「自分にはやり直す権利があり、(帰還先の)欧米諸国はその機会を保障すべきだ」、「帰還先で逮捕・収監される覚悟はあるが、子供と引き離されるのは嫌だ」などなどである。

「イスラーム国」の妻たちとは何か

 実は、「イスラーム国」とその前身の組織による女性の勧誘や利用は、2012年ごろには相当深刻な問題となっていた。その一例が、女性たちを勧誘し「結婚ジハード」と称して戦闘員の性的欲求を充足させる役割を与えるという実践である。一説によると、この実践は2006年ごろにイラクへの浸透を急ぐあまり、地元住民の娘たちとの婚姻を強引に進めたことがかえって民心の離反を招いたとの反省から導入されたものとされる。また、「イスラーム国」には女性からなる戦闘部隊や、地元民に対する監視・弾圧機関があったことも知られている。

 そのようなわけで、「イスラーム国」における女性の存在や役割についても、複数の調査・研究が既に存在する。ここで報告書を1点例示しよう。この報告書は、調査対象が欧米諸国出身の女性にやや偏重しているものの、「イスラーム国」が占拠していた地域にいた者や、それ以外の地域にいた模倣犯・共鳴犯からなる72人の女性への聞き取りなどを基にしている。それによると、彼女らの役割は予想よりも多様だったが、43%(31人)が「勧誘役」(=SNS上での書き込みを通じて新たな人員を勧誘する)、17%(12人)が「妻」、13%(9人)が「母」の役割を主に担っていたと証言した。このほかにも、牢獄の警備、住民の監視、医師、など多様な役割があった。

 「妻」や「母」が組織の中での役割というのは奇異な感じもするが、上述の「結婚ジハード」の実践に示されるように、「イスラーム国」にとっては男性構成員の性的欲求を満たすことも、彼らの子供を産んで「次世代のムジャーヒド」を育成することも、組織に不可欠な役割として位置付けられている。また、「イスラーム国」は子供に軍事教練を施したり、処刑の執行役やプロパガンダ動画での子役に起用したりしていたので、女性構成員が同伴したり出産したりした子供たちにも、立派な構成員として役割があったと思われる。従って、欧米諸国への帰還を希望する女性構成員が「犯罪や残虐行為を知らない、それらに参加していない」と証言したところで、長年のイスラーム過激派モニターによりすっかり感情が摩耗した筆者には全く信じられないのである。

確信犯的虚偽申告

 女性構成員らの証言が俄かには信じがたいもう一つの理由は、イスラーム過激派の活動家やファンにとって、敵を欺くことは当然の戦術として奨励される行為だと思われることだ。2004年~2006年に、イラクへの外国人戦闘員の潜入、「二大河の国のアル=カーイダ」への合流が流行した際、潜入を希望する者向けに様々な媒体で「指南書」的な文書が発信された。「指南書」は、潜入に際し、送り出し地にいる家族、友人や、現地・経由地の官憲に対し、旅行の目的はもちろん、氏名や住所について虚偽申告し、必要な書類をでっち上げるよう、具体例を挙げて勧めている。「指南書」についてはもうずっと昔に翻訳・分析したものがあるので、下記の参考文献を参照されたい。

 この「指南書」の情報がどのくらいの範囲で共有されていたかを実証するすべはないが、「イスラーム国」に合流した者や送り出し地に残された家族らについての報道を見る限り、虚偽申告や偽装は当然のことのように行われていた可能性が高い。そして、「潜入」において虚偽申告・偽装とその手口がそれなりに共有されていたとすると、「帰還」についてそれが全くないと考えるのは不合理である。共有されている可能性が高い情報や手口を捕捉したり、「帰還マニュアル」のようなものがあるのならそれを発見したりするのは、イスラーム過激派をモニターする者にとって重要な使命だろう。

 なお、「まじめなムスリム」にとって、嘘をつくという行為がよくない行為であると思われるかもしれない。しかし、「イスラーム国」の構成員やファンにとって、だましてはいけない相手とは、組織の上司か思考・行動様式・宗教的実践を共有する「真のムスリム」だけであり、それ以外は積極的に殺害・虐待すべき敵に過ぎない。彼らは、敵、特に官憲や報道機関に対し、虚言を弄することに何の良心の呵責も覚えないことだろう。

幾重にも重なる甘えの構造

 最後に指摘すべき点は、「イスラーム国」の構成員の帰還、帰還者の処遇や彼らの脅威という問題は、問題の当事者の甘えや怠慢によって生じたということだ。繰り返すが、どこかから誰かが「出発」しない限り、「帰還」という行為は生じえない。「イスラーム国」の構成員の引き取りや帰還が嫌な諸国は、初めから彼らを送り出さなければよかっただけだ。にもかかわらず、送り出し国と経由国の多くは、100カ国以上から4万人以上ものイスラーム過激派戦闘員とその家族らがイラク、シリアに移動するという大規模な移動を半ば放任した。現在になって、送出した者たちの受け取りを拒んだり、彼らの国籍を剥奪したりしても、戦闘員を送り出してイラクやシリアに甚大な被害を生じさせた責任はなかったことにはできない。

 「イスラーム国」の構成員と家族の引き取りを拒む諸国の多くは、自国籍の者の処罰をイラク政府に委ねている。しかし、そうした諸国は、イラク政府が「イスラーム国」の構成員を死刑に処した際、人道上の懸念を表明する諸国と一致する場合が多い。こんな立場に立たされるイラク政府・人民には、同情を禁じ得ない。また、このような態度をとる諸国にとっては、シリア紛争が「イスラーム過激派の者が自国から出ていき、それを悪の独裁政権であるシリア軍が殺し続ける」という範囲に収まっている限り、現状は案外快適なのかもしれない。

 「イスラーム国」とその構成員にしても、本来彼らが出発した欧米諸国は、憎むべき侵略者であり、殲滅すべき不信仰者に過ぎない。「イスラーム国」のプロパガンダ動画には、送り出し国で取得した旅券を誇らしげに廃棄・焼却する構成員を映したものも少なくない。しかし実際には、そんな不信仰者の社会で保障されている様々な権利に基づく、ヒト・モノ・カネなどの資源の調達、広報や情報拡散こそが、「イスラーム国」の力の源泉であり流行の原因でもあった。イスラーム過激派の活動は、実は敵の社会に甘え、寄生することによって成り立っている。ここの構成員も同様で、彼らは所属していた団体が衰退・壊滅する段階になると、「誇らしげに捨てた」はずの送り出し国への帰還を希望しだした。これは、送り出し国に彼らの犯罪を立証し、罰したり更生させたりする能力が乏しいことに乗じた態度であろう。また、現在イラクやシリアで「イスラーム国」の構成員らがいる場所は、彼らが殺害・虐待し、子供を取り上げたかもしれないイラクやシリアの人民の真っただ中である。そのような場所が居心地のいい場所であろうはずもなく、保身のためには送り出し国に保護してもらうのが早道なのだろう。

 「イスラーム国」の構成員の帰還問題は、様々な法的制約や、当事国・社会の政策や理念と関わる問題である。とはいえ、この問題を論じる際に、「イスラーム国」や類似の現象を二度と流行させないという発想を欠いたり、彼らによって甚大な被害を被ったイラクやシリアの人民を顧みなかったりするのは、避けるべきだろう。

参考文献

シリアからイラクへの「ムジャーヒドゥーン」潜入の経路と手法

『現代の中東』No.41 p.47-64

シリア経由でのムジャーヒドゥーンのイラク潜入の構図:世論調査を基にした検証

『日本中東学会年報』 26 巻 1 号 p. 41-74

『現代シリアの部族と政治・社会』