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シリア:欧米諸国の「やるやる詐欺」は終わらない

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
ダマスカス市北西郊の川辺でくつろぐ市民(写真:ロイター/アフロ)

誰が「毒ガス」を撒いたのか?

 2017年4月7日に、ダマスカス東郊のドゥーマで「毒ガス」攻撃が行われたとの情報が発信された。これを受け、アメリカのトランプ大統領がシリアに対する軍事攻撃を予告し、イギリス、フランスも同調した。この問題自体は、シリア紛争で何度となく繰り返されたように誰が何の目的で化学兵器や毒ガスを使用したかはさほど重要ではなく、より重要なのはシリア紛争に干渉する諸国がそうした情報にどのように反応するか、ということになっている。

 それでもやはり誰が何のために「毒ガス」を使用したのかは読者諸賢の関心事であろうから、筆者としても冒頭でそれについての見解を明らかにしておきたい。それは、「誰がやったか」について確実な証拠はなく、「何のために」ということについても確実で説得的な情報は存在しないので、専門家を自称する者としては「わからない」としか答えようがない、ということだ。確かに、「毒ガス」を撒いたのがシリア政府軍でも、事件が「反体制派」の自作自演でも、それぞれにある程度説得力のある状況証拠は存在するかもしれない。だとしても、いずれの犯行説についても、「解説」や「分析」と称するもののほとんどは、シリア紛争に対する「解説者」、「分析者」各々の主観と政治的立場に基づき、予め「犯人」を断定し、その結論を正当化するような憶測や類推を弄しているに過ぎない。

 例えば、政府軍がシリア各地で人口密集地に立てこもる「反体制派」の士気を挫くために化学兵器を使用したと説明したとしよう。しかし、今般の騒動の少し前には、「反体制派」に与する者は、政府軍に敗北したり降伏したりしても処刑か拷問死しか待っていないと知っているので、状況がどんなに絶望的でも戦い続けるしかない、という解説があったはずだ。どのみち虐殺される思い詰めた人々の士気を挫くのに化学兵器は有効だろうか?また、「反体制派」の士気を挫くためならば、諸外国の支援を受けてシリア各地の拠点奪取に進撃していた「反体制派」の戦闘員だけに対して化学兵器を使用した方がよほど効率的ではないだろうか?

 また、シリア政府やロシアがアメリカをはじめとする欧米諸国のシリア紛争に対する無力を嘲笑し、各国を挑発するために化学兵器を使用した、という説明もあるかもしれない。しかし、これも3月に少々話題になったように、アメリカのトランプ大統領が「速やかにシリアから撤退する」と表明した騒動があり、シリア政府やロシア・イランから見れば、そうしたアメリカ政界の足並みの乱れを笑って眺めていればいい場面で、アメリカ政界の意見を一致させかねないような挑発をして何か得になるだろうか?

 一方、シリア政府やロシアは、ドゥーマを含むダマスカス東郊の一帯に総攻撃をかける前後から、戦況が不利になった「反体制派」が化学兵器使用事件を自作自演する、と繰り返し主張してきた。一見荒唐無稽な主張に見えるが、実はシリア紛争勃発当初から「反体制派」の戦術はリビアでの例に倣って政権側の暴力行使を誘い、そこで欧米諸国の同情を買って各国の軍事介入によって政権を打倒するというものだった。このため、シリア紛争を通じて政府軍が戦果を上げる場面で大抵「毒ガス」が使用されたとの情報が流れてきた。とはいえ、シリア紛争勃発のずっと前から、シリア政府、そしてイランやロシアの政府や報道機関の信憑性はかなり低いので、それらが「反体制派」の自作自演を主張したところでその説得力は「それなり」でしかない。

 化学兵器の使用に限らず、シリア紛争についての「解説」や「分析」の多くは、局面ごとに「敵方」を貶めるために弄される場当たり的・ご都合主義的な憶測や推論に過ぎない。報道機関にもコメンテーターにも、そのような言辞を弄する存在に堕さないための矜持が必要だろう。

「ロシアの存在や出方」は本質的問題ではない

 誰が何のために「毒ガス」を撒いたか確固たることがわからないという状況や、ロシアがその国力に比して過大ともいえる軍事・政治・経済的資源をシリアに投じている状況こそが、欧米諸国が証拠も調査も抜きで「シリア政府による化学兵器の使用」を断定したにもかかわらずそれに対する「制裁・懲罰・反撃」にもたついている最大の理由に見えるかもしれない。しかし、過去の実績を見れば、それが欧米諸国のもたつきの本質的な理由でないことは明らかである。ロシアの存在や出方が欧米諸国の決断を鈍らせているのならば、何故欧米諸国はシリア紛争へのロシアの介入が本格化する前の2013年夏の「化学兵器騒動」の際に迅速な軍事介入をしなかったのだろうか?

 筆者としては、シリア紛争に対するアメリカをはじめとする西側諸国の反応が鈍いのは、これらの諸国がシリア紛争の解決と事後処理のために「自腹を切る」意思と能力に欠如しているということこそが原因であると考える。ユーゴスラビアの解体、コソボ紛争、アフガニスタン侵攻、イラク戦争などなど、その時々の状況に差異はあろうがアメリカなどが「自腹を切って」軍事介入する場合、ロシアはこれを実力で阻止することはできない。つまり、もし欧米諸国が真剣に「シリア人民を保護したり救ったりする」つもりがあるならば、それを阻む能力がある主体は本当は存在しない。にもかかわらず一向に「シリア人民が保護も救済もされない」のは、そうすると言っている側が本気ではないということだ。

 現在シリアで政府軍と戦っている武装勢力は、「イスラーム国」を除いたとしても有力な勢力はみなアル=カーイダかそれと近しいイスラーム過激派であり、「自由シリア軍」に象徴されるような「反体制派」は、イスラーム過激派に従属する弱小勢力に過ぎない。となると、欧米諸国が事後処理の準備もなくシリア政府に決定的な打撃を与えれば、イスラーム過激派が増長し、シリア内外で被害がかさむ結果にしかならない。それを防止するためには、欧米諸国自身がシリア政府を打倒し、その後のシリアの政治体制と周辺地域の国際関係と安全保障の秩序を樹立するしかない。もし欧米諸国がそうしてくれるのならば、筆者はそれを支持する。しかし、現実にはそのような状況にはならないだろう。なぜなら、欧米諸国の有権者・納税者が、シリアのような「地の果て」で自国の資源を消耗することをそう簡単には支持しないからだ。筆者はアメリカの政治や世論については門外漢であるものの、アフガンやイラクで出口の見えない介入を続けることに嫌気がした有権者の声を受けて誕生したという点においては、オバマ政権とトランプ政権との間に大差があるようには思えない。欧米諸国は、「獣」であるアサド大統領が大嫌いでも、それを自分で排除して、自分で事後処理をするのはもっと嫌なように見える。シリア政府から見ればロシアは命綱にも等しい存在なのは確かだが、ロシアの存在ではなくシリア紛争に対する欧米諸国の中途半端で無責任な態度こそが、「いざ軍事介入」となった場面で各国の動きを鈍らせる最大の原因であろう。

今後の展望

 攻撃予告までしてしまった以上、アメリカやイギリス・フランスが今般の騒動に対し何もせずに済ませることは考えにくい。しかし、上記の理由の通り、各国が現在のシリア紛争の戦況を変えるような真剣な軍事行動を行うことも非常に難しい。欧米諸国がシリア紛争の事後処理に「自腹を切る」つもりがない以上、各国ができるのは「シリア・ロシア・イラン組」の勝利へと向かう時流を鈍らせる遅延行為以上のものにはなりにくい。

 欧米諸国による軍事攻撃が行われた際にまず見るべき点は、攻撃の規模・量・質であろう。2017年4月のアメリカ軍による巡航ミサイル攻撃が、実際には「化学兵器を使用しないならばいくらでも破壊と殺戮を続けてよい」というメッセージにしかならなかった例に鑑みれば、今回も攻撃箇所や攻撃の量が多少増えたとしても、政治的・軍事的効果は同様のものに終わる可能性も考えられる。結局のところ、欧米諸国は「シリア人民を保護する」と言い続ける一方で、そのために有効な行動をとらないということだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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