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「勝ち組」の移民・難民は何を語るのか

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 ひところほど話題にならないにせよ、EU諸国にとっては中東からの移民・難民が流入する問題は重要な問題である。特に、シリア、イラク、パレスチナのような紛争地からやってくる移民・難民たちの問題は、時折発生する「テロ攻撃」にまつわる「ネタ」として利用される「移民・難民問題」よりもはるかに切迫した問題であり、「ネタ」とは切り離して分析する必要がある。一方、現実の問題として、中東の紛争地域からスウェーデンに到達し、同地で保護を受けることができる者たちは、紛争地やその周辺に在住する同胞たちから見れば明らかに「恵まれた」人々で、越境移動の「勝ち組」ともいえる人々である。彼らは、自らの現状や、多数あるはずの移動先の候補からいかにしてスウェーデンを選択した理由について、どのような経験と意識を持っているのだろうか?

 そこで、筆者らは2016年にスウェーデンのストックホルム、マルメに在住するシリア人、イラク人、パレスチナ人を対象に世論調査を実施するとともに、2015年、2016年にこれらの人々を対象に聞き取り調査を行い、彼らの意識と調査を行う上での注意点を明らかにした。調査に回答した者は合計364人だったが、各々が複数の身分証やパスポートを所持していたため、厳密に「出身国」を特定することは難しかった。出身地や所持する身分証・パスポートについての質問への回答から、おおむねシリア人が250人、イラク人が80人、パレスチナ人が30人程度と思われる。

現在の生活への満足度

 「現在の家計状況に満足していますか」との質問に、「とても満足」、「満足」と回答した者、「スウェーデンの一家族の平均月収と比べ、あなたの家族の月収はどの程度ですか」との質問に対し、「とても多い」、「多い」と回答した者はいずれも少数派である。特に、スウェーデンの一家族の平均的月収よりも月収が少ないと回答する者は非常に多い。これは、回答者の過半数のスウェーデン在住年数が1年を下回っており、彼らの多くが移民・難民として保護を受けた当初に収容される施設や、スウェーデン語の研修学校に出入りしている人々であることを反映していると思われる。

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 その一方で、「現在の生活にどの程度満足していますか」との質問に対し「とても満足」、「満足」と回答した者の割合は、家計や月収についての質問での満足度をかなり上回っており、調査実施時点で回答者たちがスウェーデンに在住していること自体にそれなりに満足していることが示された。なお、この点については多少議論の余地があり、それについては後述する。

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スウェーデンを選んだ理由

 一連の調査を通じて明らかになったことのうち、最も重要な事実の一つは、スウェーデンに到達した移民・難民たちは紛争や経済的苦境に追われ、選択の余地なく移動した人々ではないということである。むしろ、彼らの多くは、自分たちの体力、経済力など個人の資質や、家族・親族のネットワーク、そして口コミやネットを通じて入手する情報を最大限動員し、複数の選択肢の中から、自分にとって最も有利な場所であるスウェーデンを選択して移動してきた人々である。

 例えば、「移動先としてスウェーデンを選択した際重視した要素」についての質問への回答で、「高収入」や「能力開発・発揮の機会」よりも、「寛大な移民受け入れ政策」や「IDやパスポート入手が容易である」ことを重視すると回答した者が多かった。これは、回答者の多くが、スウェーデンに対し先進国、裕福な国との漠然としたイメージをもつ以上に、同国の入国管理政策や滞在身分・パスポート発給の実態についての情報を具体的に収集し、その情報を理解・分析する能力を持っていることを意味する。事実、2014年夏の時点で、ヨルダン在住のシリア人難民の間で、スウェーデンをはじめとする北欧諸国の恵まれた環境についてかなりうわさが広がっていたようである。

 逆の言い方をするならば、シリア、イラク、パレスチナでの紛争や苦境に追われた人々で近隣の諸地域にさしあたり避難した人々の中でも、「よりよい移動先」を探し、移動できる能力がある者が実際に移動し、そうでない者(特別の政治的立場や信念の持ち主は除く)はさしあたりの避難場所に滞留せざるを得ないということである。2015年夏以来顕在化したEU諸国への移民・難民の殺到問題の陰で、そうした移民・難民をはるかに上回る人々が紛争地かその周辺に在住していることを忘れてはならない。

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 上記の世論調査の結果に加え、個別に聞き取りを行うと移民・難民がスウェーデンを選択した理由の別の側面が明らかになる。筆者らはスウェーデン国内の3カ所で20人強に聞き取り調査を行ったが、彼らのほとんどが、実はスウェーデンに長らく在住したり、スウェーデンの国籍や永住権を持っていたりする親族がいることを証言した。さらに、彼らの相当数が、そうした親族の存在が、ドイツなどその他のEU諸国と比較した際にスウェーデンを選択する際の決め手になったと証言した。また、スウェーデンを選択した理由として、家族の呼び寄せにかかる手間や期間が他の場所より恵まれていたからと述べる者も多く、この点でも移民・難民がスウェーデンの政策や行政についてかなり高度な情報収集と分析をし、他の移動先候補と比較検討していることが明らかになった。

その他特記事項

 繰り返すが、移民・難民としてスウェーデンに到達し、そこでなにがしかの滞在資格を得た人々は、彼らが持つ能力や資源を最大限動員し、最も恵まれた場所を自ら選択した人々である。国際機関などがトルコやヨルダンに滞在する難民を対象に第三国定住先としてスウェーデンを割り当てる場合もあるが、2016年夏の時点ではスウェーデンについて何の予備知識も持たずに移動してきた者は極めて少数と考えてよい。

 ただし、世論調査を行った2016年下半期から2017年第一四半期の間のスウェーデンの世情や、入国管理、難民認定政策の変化を見逃してはならない。この期間、単身で入国した移民・難民に対する在留資格審査や家族の呼び寄せのための手続き・期間は、それ以前よりはるかに困難になった模様である。しかも、世論の変化や2016年にEU諸国で多発した「テロ攻撃」の影響で、移民・難民の素行に対する見方も厳しくなっており、聞き取り調査の回答者にもそうした環境を反映した「模範解答」を繰り返す者も見られた。スウェーデンに滞在することへの満足度や、スウェーデン社会への評価を訪ねた際、回答者が在留資格の審査や周囲の目線を意識して回答せざるを得ないのかもしれない。

 もう一つ指摘すべき点は、スウェーデンのような社会で世論調査を行うことの困難性である。先進国全般の傾向として、調査員と対面する方式の世論調査に協力してくれる回答者は少ない。このため、必要な回答数を得るまでには膨大な手間と費用が掛かるという問題点がある。また、スウェーデンにおいても移民・難民を治安上の懸念とみなす風潮、或いは移民・難民の側に周囲からそのようにみられているという意識があるが故に、調査の実施以前に質問票の作成の段階から相当の苦労を強いられた。これは、アラブ諸国で調査を行った場合、調査員の周辺にいつの間にか人垣ができ、自らも協力を申し出る者が出たり、様々な議論を惹起したりしたことと対照的ですらあった。いずれにせよ、今般の調査でスウェーデンに在住するシリア人、イラク人、パレスチナ人の越境移動にまつわる経験と意識の一端が明らかになったことは、現在中東で生じている越境移動の波の実態を知る上で非常に有益な一歩である。

注記:本稿は、科学研究費助成事業「アラブ系移民/難民の越境移動をめぐる動態と意識:中東と欧州における比較研究」(2014年度~2016年度 代表者:錦田愛子)、「中東の紛争地に関係する越境移動の総合的研究:移民・難民と潜入者の移動に着目して」(2016年度~2018年度 代表者:高岡豊)の事業で行った現地調査・世論調査に基づくものである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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