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<ガンバ大阪・定期便59>川崎フロンターレ戦の完封勝利に、谷晃生が流した涙。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
アラートに試合に入り、J1リーグ戦初の完封勝利に貢献した。写真提供/ガンバ大阪

 勝ちたかった場所で勝てた喜びは試合後、涙に変わった。

「あっという間の90分でした。チームとしても、個人的にも勝たなきゃいけない試合で…毎試合そうですが、今日はいろんなものが乗っかった試合だったし、直近のルヴァンカップ、FC東京戦に勝っていい流れで今節を迎えていたので、その流れを継続しようと思っていました。選手一人一人の気持ちが全面に出ていただけではなく、それがチームとしてのいい形につながっていった試合だったと思います」

 試合後のミックスゾーンではその涙について「え? 普通でしたよ」「涙? わかんない、覚えてないです」とシラを切ったが。

■序盤の2つのプレーで表現した、谷が示したかった姿。

 J1リーグ7節・川崎フロンターレ戦。この試合に懸ける谷晃生の思いは序盤の2つのプレーに表現されていた。1つ目は立ち上がりの2分。この日初めて、相手に与えた右コーナーキックのシーンだ。主審がコーナーを指差した瞬間から、身振り手振りを交えて声を張り上げ、仲間に集中を促した。

「今シーズンが始まって立ち上がりに失点する試合が多かったので。自分たちから流れを崩してしまったらもったいないので、とにかく集中しようという声を掛けました」

 2つ目は9分。川崎に右サイドを攻略され、スルーパスに合わせて抜け出した遠野大弥との1対1のシーンだ。至近距離まで詰めてコースを消し、シュートを弾き返すと、こぼれ球に詰めた宮代大聖のシュートも足でブロック。さらに、こぼれ球に詰めた遠野のシュートが味方にあたってこぼれたボールを、身を投げ出してゴールラインぎりぎりのところで掻き出した。結果的に最初の遠野の抜け出しがオフサイド判定となったものの、谷の執念はヒシヒシと伝わってきた。

「オフサイドだろうが、なんだろうが、とにかく何が何でもゴールラインは割らせない、割らせたくないって思いだけでした。守備陣として、試合を観ている人やフィールドの選手に、何が何でもゴールを入れさせたくないという『見せ方』ができたシーンだったと思うし、みんなが気持ちをさらに強くするようなプレーになったのかなと思います」

 思えば、この『見せ方』というのは、谷が以前から意識していると話していたことの1つだ。特にJ1リーグが開幕し、シーズンが進む中では繰り返し課題に挙げていた。

「もちろん、試合ごとにいろんな状況があって失点につながっているんですけど、『見せ方』として、なんとなくあっさりゴールを許してしまっているような印象の失点が多いのは気になるというか。粘って、粘って、だけど決められてしまったという失点と、あっさり決められたように映るそれとでは、チームに与える心理的なダメージも違うし、試合全体の士気にも関わる気がする。そこは自分も含めて変化が必要だと思っています」

 実際、川崎戦もそれを自身にリマインドして迎えたという。先に書いた9分のプレーに限らず、試合中、DF陣が気迫のこもった対応を見せるたびに、ハイタッチを交わすなど、味方を盛り上げながら守備陣をリードしていたのも、おそらくはその思いからだろう。

「これまでの失点を振り返った時に、何かを変えなきゃというのは1つ思っていました。(リーグ戦で)まだ勝てていないのもあったし、自分としてもなかなかいいプレーができていなかったので、本当に些細なことでもいいから、これまでとは変化させて試合に臨もう、と。それについては、いつも通りシンプルにやるべきことはシンプルにやりつつ、でも、これまでとは少しピッチでの振る舞いみたいなところを変えて試合を進めていこうというところも、うまく表現できたんじゃないかと思います」

味方への鼓舞は自分への鼓舞でもあったのかもしれない。その姿に風格すら感じた。写真提供/ガンバ大阪
味方への鼓舞は自分への鼓舞でもあったのかもしれない。その姿に風格すら感じた。写真提供/ガンバ大阪

 もちろん、味方にも助けられた。序盤はやや相手のパスワークに翻弄されて川崎ペースで試合が進んだものの、前半の途中から少しずつ流れを引き寄せ始めると、29分にはセットプレーからダワンがゴールネットを揺らし、2節・サガン鳥栖戦以来となる『先制点』を奪う。さらに後半立ち上がりの50分には、狙いとする崩しからファン・アラーノが2点目を決めて突き放した。

「今日は何より試合の進め方というか、守備での強度、個々の距離感も良かったし、そういう試合の流れに持っていく状況を自分たちで作り出せていたので。運も味方したところもあるとは思いますが、前半から今日はいけるかな、っていうふうには感じていました。その中でリードして折り返して、後半立ち上がりに2点目が入り、そのあと、川崎に退場者が出て…そのあたりで自分自身も少し気持ちが落ち着けた気がしました」

 その後もメンバー交代をしながら、数的優位も追い風にして落ち着いて時計の針を進めていく。試合終了のホイッスルが吹かれると、ピッチに大の字になって倒れ込んだ。

「僕にとって、ここでプレーするのは本当に幸せなことで…自分にとってはガンバで初めて、ホームでのJ1リーグ戦で1つ、勝ちを掴めたのは大きなことだと感じています。ただ一方で、たかが一勝だと受け止めなければいけないとも思うので。シーズンが終わった時に今日の一勝が普通の一勝だと、当たり前の勝利だと言えるように、ここから勝ち続けていきたいです。この一勝のためにみんながたくさんの犠牲を払ってきたと思うし、僕自身も、しゃがみ切ったので。あとはここから大きく飛ぶだけだと思っていますし、ここからはガンバが勝つための、チームを救うようなプレーをより多く魅せていきたいです」

■眠れない日々、さまざまな葛藤の先に掴んだ自信。

 前節・湘南ベルマーレ戦での大敗から1週間。眠れない日々を過ごしてきた。

「過去を悔やむよりこれから先の自分に目を向けて、成長するために時間を使いたい」

 ピッチに立てばそのことだけに気持ちを集中させたが、ピッチを離れればどこか気持ちが晴れず、映像は見なくとも失点シーンが蘇って、どう対応するべきだったのか、何が失点につながったのかを繰り返し考えた。

「なんか久しぶりに、まだ試合が来て欲しくないなって気持ちもあって…自分の中では湘南戦は消化したつもりだし、試合をやりたい、ピッチに立ちたい気持ちもあるんですけど、今はまだ考え過ぎている気がするというか。本来はあくまで普段通りに、ナチュラルな状態で試合に臨みたいタイプなのに、勝手に脳がいろんなことを考えてしまう。でも、その状態を良くないと思うことが、良くないと思うので(苦笑)。毎日、その考え過ぎている自分を『なるようになるわ!』って気持ちでかき消して過ごしています」

 そんな話を聞いたのは川崎戦の2日前のこと。実は、その前日には練習中の接触プレーで左肩を痛めるというアクシデントにも見舞われていたが「ここはどうしても休みたくない」と決意を滲ませていた。

「今はまだ痛みもありますけど、プレーできないケガでもないし、日に日に良くなっている感じもするので、無理をしようかどうしようかの判断が難しいところです。監督とも共有した上で、少し気を遣いながら練習もしていますし、このままの感じだと2日後には良くなっている気もして…難しいですね。でも、無理をするところでもある気がするので。ここで休むのは簡単だけど、でも、ここは休むべきじゃないというか。もちろん、起用するかどうかを決めるのは監督だし、僕としても、チームに迷惑をかけるのが一番良くないというのはわかっているので、自信を持ってピッチに立てないのなら諦めます。けど…とにかくやれることを全部やって良くなるのを祈って(苦笑)、出られる状態には持っていきたいと思っています」

 「ピッチで味わった悔しさは、ピッチでしか晴らせない」という決意。先発であれ控えであれ、このタイミングでピッチから離れるという選択することは、自分にとって『逃げ』なのではないかという葛藤。何より、今の自分に必要なのは、ピッチに立って勝利を掴むことに他ならないという思いも強かったのだろう。いうまでもなく、ケガが快方に向かったことも大きかったとはいえ「無理をするところでもある気がする」との言葉には、そんな思いが込められていたのではないかと推測する。今の自分を乗り越えるために。また一歩、前に足を踏み出すために。

 結果、彼は川崎戦で先発のピッチを任され、勝利を掴む。守備を預かる一人としてもっとも嬉しい『完封』で、だ。

「ティボー・クルトワ(レアル・マドリード)だって、アリソン・ベッカー(リバプールFC)だってミスはするし、自分がいつもパーフェクトにプレーできるとは思っていないです。でも自分がいちばん、自分に期待しているので。とにかく今日は勝てればいいと思っていましたけど、失点しないに越したことはないし、完封勝利はチームとしてはもちろん、個人としても自信になりました。ただこれを続けていかなきゃ意味がない。攻撃だけではなく、守備も堅いと思われるチームにしていくためにももっともっと僕自身も突き詰めていかなきゃいけないと思っています」

 試合を終えて、勝利を噛み締める谷のもとに、チームメイト、スタッフが順に歩み寄り声を掛ける。その中には湘南からの1週間、谷とほぼ毎日のように食事を共にした山本理仁の姿もあった。

「ボロ泣きしていたんで、何を泣いてんだよって敢えて笑ってやりました(笑)。せっかくイジったのに、全然、何も返ってこなかったから面白くね〜なと上乗せして(笑)。飯の時はいつも通りケラケラ笑って話していましたけど、いざ試合となると背負うものがあったんじゃないですか。きっと、プレッシャーを感じていたんだと思います(山本)」

 涙の真意を探ろうと、最後にもう一度、山本の言葉を伝えてみたが「ん? 何のイジリやろ?」とニヤリ。どこまでもシラを切り通したが、それが無意識のうちにこぼれた涙だったと理解すれば、そこに特別な意味を求める必要はないだろう。その涙が全てを物語っていたのだから。

自分と向き合い続けた1週間を、完封勝利で乗り越えた。 写真提供/ガンバ大阪
自分と向き合い続けた1週間を、完封勝利で乗り越えた。 写真提供/ガンバ大阪

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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