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<ガンバ大阪・定期便58>途轍もない悔しさと向き合う中で、谷晃生が気づいたこと。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
谷にとっては初めての古巣戦となった湘南ベルマーレ戦。 写真提供/ガンバ大阪

 試合後のレモンガススタジアム平塚。ガンバサポーターの前に歩みを進めた谷晃生は約10秒間、深々と頭を下げた。

「もう、頭の中が真っ白で。自分への情けなさしかなくて、何も考えられなかったというのが正直なところでした」

 福岡将太に抱き抱えられるようにピッチを後にすると、ミックスゾーンも無言で通り抜ける。家に帰ってからも映像を見返すことはできなかった。

「何も手につかないみたいな感じで家に帰ったら、海外にいる瀬古(歩夢/グラスホッパー)や冬一(鈴木/FCローザンヌ・スポルト)、建英(久保/レアル・ソシエダ)と4人でビデオ通話をすることになって。眠れない僕に付き合ってくれたのかもしれないけど結局、朝の6時までビデオ通話をして十二分にイジってもらい、かなり救われました。僕の性格をわかっているからか、決して慰めるでもなく…他愛のない話をしている最中にちょくちょく、湘南ベルマーレ戦の話を織り交ぜてくるみたいな。時にそれぞれが『自分にもこんなことがあった、あんなことがあった』みたいな失敗談をしてくれて『だから晃生も大丈夫や。ミスなんて誰にでもあるから』と。その時間のおかげでようやく顔を上げることができた気がしています」

■悔やまれるミスからの1失点目。

 J1リーグ6節・湘南戦は谷にとって悔しいという言葉では到底、片付けられない「忘れたくても、きっと一生忘れない試合」になった。

 試合前、本人は「いつも通り」だと話していたものの、昨年まで3シーズンにわたって期限付き移籍で在籍した「大きな恩を感じているクラブ」との初めての古巣戦だ。しかも、ワールドカップ・カタール大会後、新たにスタートを切った『森保ジャパン』に招集された直後の試合で、チームではJ1リーグ3節・ヴィッセル神戸戦以来の先発だったことを考えれば、いつも以上に力が入るのも自然なことだろう。実際、試合後、プライベートでも仲のいいチームメイトの山本理仁に聞いた話では「湘南戦の週の晃生はことあるごとに勝ちたい、勝ちたいと口にしていた」という。

 だが、蓋を開けてみれば、前半だけで4失点を喫するというまさかの展開に。中でも悔やまれるのはこの日最初の失点となった21分のシーンだ。相手のロングボールに反応してペナルティエリアの外に飛び出したものの判断を誤り、それを湘南のエースFW町野修斗に拾われて無人のゴールに先制ゴールを決められた。

「自分でもいける、と思って飛び出したんですが、ロングボールが来るまでの時間に変に考えてしまったというか。いつもならまずは繋ぐことを考えて、でも、逃げ道がないなとか、ボールの質的に難しいなと思ったら簡単に蹴るなど割り切った判断をするのに、あの時は少し迷ってしまった。ボールの高さ的に頭でいくべきか、ジャンプして足で蹴るべきかを一瞬迷ったのもあるし、イメージとしては弦太くん(三浦)がブロックしてくれて、余裕ができたところで繋ごうと考えていたのに予想外にボールが伸びてきて、ダイレクトに僕のところにボールが入ってくる形になってしまい、町野選手もゴールに向かってきていて、という状況で処理を誤ってしまった。明らかにチームの戦いに水を差してしまって情けないのと申し訳ないのとで『俺は何をやってんや』って感じでした」

 ミスはしっかり受け止めながら「これ以上失わなければいい」と気持ちを切り替えたが、38分に2失点目を喫すると、40分、42分と立て続けに失点。仕切り直した後半は、再三に渡ってチャンスを作り出したものの、イッサム・ジェバリのゴールで1点を返すにとどまり1ー4で試合を終えた。

「1失点目を喫した後も、逆転して勝てれば問題ないと自分を落ち着かせ、だからこそ2失点目は絶対に許したらアカンと切り替えたんですけど、38分にまた決められて…。それでも、北海道コンサドーレ札幌戦は2点差から追いついたことを考えれば、意気消沈するスコアではなかったと思うんですけど、気持ちの部分を含めてチームが一気に崩れてしまった。前半だけで4失点はあまりに情けない。もちろん僕のミスから始まった失点ではあるんですけど、あそこで、しっかり切り替えてもう一度立ち上がっていくメンタリティは、この先チームが絶対に備えていかなければいけないし、そのために自分には何ができたか、すべきかにもしっかり目を向けてやっていかなければいけないと思っています。また、試合前は湘南戦ということを意識しすぎずに試合に入ったつもりでしたけど…今になって振り返れば気負い過ぎていたというか。試合後に受けたショックの大きさを考えても初めての古巣戦に気持ちが入り過ぎていたところはやっぱりあって空回りしたのかなとも思うので。そこは自分の未熟さだと受け止めて、もう一度自分を見つめ直してやっていきたいです」

福岡将太に背中を押され、重い足取りでスタジアムを後にした。 写真提供/ガンバ大阪
福岡将太に背中を押され、重い足取りでスタジアムを後にした。 写真提供/ガンバ大阪

■悔しさの中でリマインドしたこと。

 もう一つ、湘南戦を終えて自分に対してリマインドしたことがある。冒頭に書いたビデオ通話で瀬古にも指摘されたという。

「晃生は、ヒガシさん(東口順昭)を意識しすぎやぞ」

 思えば谷は、ガンバへの復帰を決めた時から「ヒガシさんの凄さは僕が一番知っている」とした上で、比べることはせずに、これまで通りに自分に目を向けて成長を求めたいと話していた。メディアを含め、世間の注目が東口とのポジション争いに集まっていることは自覚していたが「それも覚悟の上の復帰」であり、それに揺り動かされるような自分ではさらなる成長を求められないと考えていたからだ。

「日本にはいろんなすばらしいGKがいて、それぞれに見習うべきところもありますけど、総合的に考えて、僕の思う日本一のGKは今もヒガシさん。誰よりも近くでヒガシさんの背中を見てきたからこそ、その凄さも、大きさも一番理解しているつもりです。ヒガシさんと自分の実力を冷静に見比べて、まだまだ自分が足りていないのも自覚しています。ただ、この世界は何を理由に監督からチョイスされるかはわからないので。自分にしっかり目を向けて、日々やり続けることで『チャンスを与えたい』と思える選手であり続けたいし、チャンスをつかんだ時にしっかりと結果で応えられる自分でいたい。少なからず、それができるという自信はしっかり備えて戻ってきたので、あとは自分次第だと思っています」

 だが、いざJ1リーグが開幕してからは、チームとして勝ちきれない試合が続いたこともあってだろう。谷はさまざまなプレッシャーの中で必要以上に自分の気持ちが揺れていたことに気がついたという。

「もちろん、開幕戦からピッチに立たせてもらった中では、ヒガシさんという絶対的な存在がいればこそ、例え自分がいいパフォーマンスをしたとしてもアンチの声は聞こえてくるだろうし、結果がついてこなければなおさら、そういう声が増えていくことも覚悟していました。でも、それを乗り越えるのも結局は、ピッチでのプレーと結果でしかないですから。そう思って自分に目を向けてやってきたつもりでしたけど、瀬古に言われてあぁ、やっぱり自分は気にしていたかもな、と。実際、練習でも試合でも、失点するたびに『この、プレーはヒガシさんなら止められていたんかな』と考えちゃっていたし、自分のプレーがどうだったかの次には…もしかしたらそれより先に『ヒガシさんでもこの判断をしたかな』と頭の中で想像していたりもしていた。もちろん、ヒガシさんが素晴らしいGKで僕自身、学ぶこともまだまだあるのは間違いないんですけど…ただヒガシさんを意識しすぎて自分のプレーを見失ってしまうのは絶対に良くない。それに、仮に自分がめちゃめちゃいいプレーをしても0ー1で負けることもあれば、めちゃめちゃ悪いプレーをしても4ー3で勝つこともあるのがサッカーですから。GKというポジションは、その失点のところで判断されるポジションだということは理解しながらも、でも、そこばかりを恐れるようではいいパフォーマンスは発揮できないと思うので。そこはもう一度、原点に立ち返りたい。よくヨシさん(吉田宗弘GKコーチ)には試合前に『晃生が戦うのは、周りのプレッシャーでもヒガシでもない。自分自身やぞ』って言われますけど、本当にその通りだと思うので。結果が出ないなら出せるまでやるしかないし、物足りないなら、もっとやれ、まだまだできるやろと自分にハッパをかけて努力するしかない。終わってしまったことは取り返せないからこそ、過去を悔やむよりこれから先の自分に目を向けて、成長するために時間を使いたいと思います」

 実際、彼はすでに気持ちを切り替えている。スタンドから試合を見守った直近のルヴァンカップ・FC東京戦での今シーズンのホーム戦初勝利も気持ちを燃やす材料になったようだ。

「チームとしてゼロ(無失点)で終われたのも良かったし、何より、サポーターの皆さんが勝利を喜ぶ姿を見て、改めてホームで勝つのっていいなって思いました。僕はこのガンバで勝ちたい、勝たせる自分になりたいと思ってここに戻ってきたと考えても、自分がやるべきことはそれをプレーで示していくことだけなので。東京戦での勝利でチームにいい流れが生まれつつあると考えても、この先、またピッチに立つチャンスをもらえるなら、たとえ何失点しても…もちろん無失点が理想ですけど、とにかくガンバが勝つための一本を止められるGKになりたい。湘南戦の試合後にサポーターから名前をコールしてもらった気持ちに応えるのも、自分のミスを取り返すのも、ピッチでのプレーでしかない。考えすぎず、シンプルに勝つことだけに気持ちを向けます」

 眠ることすらできずに途轍もない悔しさと向き合った夜も。繰り返し、自分に突きつけた情けなさも。いつか笑って「あの経験があったからと言えるものにする」ために。

 谷は再び、前だけを見て進む。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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