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<ガンバ大阪・定期便56>ガンバ育ちの食野亮太郎が、後輩たちの前でそのDNAを示した一撃。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
後半アディショナルタイム、左足で同点ゴールを叩き込んだ。 写真提供/ガンバ大阪

 欲しかった今シーズン初ゴールは特別な一戦で生まれた。『大阪ダービー』。食野亮太郎がガンバアカデミー時代から「絶対に勝たなあかん」と位置付けてきた対戦だ。3月26日、ルヴァンカップ・グループステージ第2節の後半アディショナルタイム。プロになって初めてとなるセレッソ大阪戦での一発は、勝ち点を掴む貴重な同点ゴールになった。

「今日は俺がやる、今日決めるのは俺しかおらんぞって自分に言い聞かせていたので、それが形になってよかったです。でも勝てていないのでぜんぜん満足していないです。終了間際の2本目のチャンスは決めなアカンかった。ぜんぜん納得はいっていないけど、とりあえず取れてよかったです」

 笑顔はない。「何が何でも」「絶対に」勝つことだけを考えていたからこそ、当然だろう。事実、試合前から『大阪ダービー』を迎えるたびに再確認してきたというガンバのエンブレムを背負うプライドは、すでに沸点に達していると言っても過言ではないほど、熱を帯びていた。

「去年、僕のガンバへの復帰戦が『大阪ダービー』で、言うまでもなく特別な思い入れと勝利への執念を胸に(後半途中から)ピッチに立ちましたが、僕がチャンスを逃したのもあって負けてしまった。なんでここで決められへんねん、っていう自分への腹立たしさ、情けなさは今も忘れていない。近年はチームとしても大阪ダービーに勝っていないと考えても、今回は何が何でも勝たなアカン。まずはルヴァンカップでの対戦になりますけど、今年は一発目から絶対に叩きたいと思います」

■原点に立ち返って臨んだ、大阪ダービー。

 個人的にも「ダービーで結果を残し、一気に波に乗っていきたい」という思いで臨んだ試合だった。今シーズンのJ1リーグでは開幕戦で先発して以降、控えメンバーに回る試合が続いていたからだろう。自分へのもどかしさと、チームとしても結果が出ない責任に苦しんでいるのは、その表情からも明らかで、まるで自分自身に言い聞かせるように言葉を紡いでいたのも印象的だった。

「自分に納得のいくパフォーマンスをいまだにピッチで示せていない中で、当然ながらもっとやらなきゃいけないって思いは強いんですけど、その思いばっかり強くなってそこに伴うプレーや結果がついていっていないというか。先発だとか、途中出場だとかに関係なく、とりあえず試合に関われていることをプラスに捉えてしっかり結果を残すことを毎試合、自分に課して臨んでいるんですけど、今年はそれがなかなかうまくつながっていかないなという自覚はあります。チームとしても勝てていない状況が続いている中で、前線の選手として得点、アシストで貢献できていないことにもすごく責任も感じていますしね。ただ、そういう自分の中にあるモヤモヤした思いを大阪ダービーという特別な試合で晴らすことができればきっと自分自身も、チームとしても波に乗れるきっかけになるはずなので。シーズンが終わった時に、この試合が分岐点だったといえるような試合にするために、とにかくここで結果を残すことだけに気持ちを注いで戦います」

 大阪ダービーまでの1週間は自分の『思考』を変えてサッカーに向き合ってきた。シーズン序盤からポヤトス監督の求めるサッカーにポジティブに向き合い続けてきた一方で、自分の『原点』を忘れていたことに気づいたからだ。

「たぶん、いろんなことを重く考え過ぎていた気がするんです。サッカーはすごくシンプルなもので、ゴールを取れる位置に自分がいることさえできればゴールは取れるっていうか…。当たり前のことなんですけど、それを自分がちょっと複雑に、難しく考え過ぎていることに気がついた。そのきっかけの1つが直近の北海道コンサドーレ札幌戦で…前半なかなか流れが良くない中で、ベンチから戦況を見守りながら、ヒデくん(石毛秀樹)とずっと話していたんです。形に捉われ過ぎてしまうと当然、相手にも読まれてくるというか。どこかのタイミングでは逆転の発想を意識した動きをしないと、相手(のマーク)を外すことはできないな、と。実際、ダニ(ポヤトス監督)も常日頃から『スペースを攻撃する』という言葉をよく使いますが、要するに、どこにスペースがあるのかを見て動く中では、展開や試合状況によってポジショニングを裏切ることも必要になってくる。それを札幌戦の後半で、僕より先にピッチに立ったヒデくんがプレーで示してくれたこともヒントになった。実際、今週のトレーニングでは自分もどこにスペースがあって、どこに入っていけばボールを受けられるのか、前進できるのか、ゴールに向かっていけるのかをもっとシンプルに…さっきも言ったようにサッカーはシンプルだよなということに立ち返ってプレーしたらすごく気持ち良くサッカーができた。また体のキレも含めて、自分らしさをよりスムーズに発揮できる気がしたので、あとはそれを大阪ダービーで爆発させるだけだと思っています」

 敢えて体を追い込んできたのも、原点に立ち返ればこそ。ガンバ大阪U-23でプレーしていた時代から「追い込まれるほどキレが出るタイプ」だと自覚していたからだ。トレーニングでは、例えば、対人練習での守備であと一歩しっかり寄せるとか攻撃で仕掛け続けることを意識しつつ、ピッチ外でも吉道公一朗フィジカルコーチのアドバイスも受けながら筋トレや自主トレを通して、より自分に負荷をかけてキレを出すことを追い求めた。

「試合を控えていることも意識した上で、地面をしっかり蹴れるように、また股関節の伸展を意識させるために、お尻を使うトレーニングに重点的に取り組みました(吉道フィジコ)」

■試合後の食野が唯一「嬉しかった」と話したこと。

 加えていうなら、特別な一戦でまたしても先発のチャンスを掴めなかったことも、きっと彼の気持ちを燃やす材料になっていたはずだ。事実、この試合で68分からピッチに立った彼は試合後、素直な胸の内を言葉に変えた。

「ここ5試合、自分に対してすごくフラストレーションが溜まっていたし、自分の出来にも全然納得がいかず悔しい思いもしていましたが、全部自分の責任だとわかっていたので。もう一度、気持ちの持ち方ひとつで変わる世界だとクリアにして練習から準備をしてきました。その中で、今日は状況によっては自分がいるべきポジションを多少は捨てて、ゴールを取れる場所でボールを持つことをすごく意識していた中で得点につながった。ただ欲を言えばキリはないけど、今日も僕がもう1つ決めていたら勝っていたかもしれないし、そういうところはまだまだ足りないな、と。こういう試合で勝たせられる選手になるために日々、取り組んでいると考えてもぜんぜん納得していないです。やっぱり僕は、勝ちにつながるゴールを決めたい。今日は体のキレも良かったのでこれをリーグ戦に継続することと、ダニから求められているタスクをやりながらも、今日のように時に自己判断、自己戦術で自分のポジションを捨てて点を取れるポジションに入っていくというメリハリをもっと増やしていきたい。そうすれば、途中出場でも、スタメンでもチャンスは数多く作れるんじゃないかと思っています」

 そんな彼が、唯一「嬉しかった」と話したのは、アカデミーの後輩にあたるガンバジュニアの子供たちに掛けてもらった言葉だ。

 この日は3月でガンバジュニアを卒団する小学6年生のうち、約60名が卒団式を兼ねて試合を観戦。試合前には、豊中スクール所属の約30名が前座試合を行なったあと、選手とともに試合前の集合写真に収まっていたが、試合後、そんな子供たちのもとに着替えを済ませた食野が挨拶に出向いたところ「ナイスゴール!」という言葉で迎えられた。

「僕が小さい時に『プロサッカー選手になりたい』と思ったのは、プロのスーパープレーや、ゴールを決める姿を観て憧れたから。プロサッカー選手になった今は自分が後輩たちに夢を与えていかなきゃいけないと常々思っています。だからこそ、今日『大阪ダービー』でゴールを決める姿を見せられたのはよかったです」

 今シーズンから彼がつけている『8』は実は彼がガンバジュニアユース時代につけていた背番号でもある。本人の言葉を借りれば「初心の40、覚悟の8」でもあるそうだ。その番号を背負ってもがき、苦しみながら、食野がようやく奪った大阪ダービーでの今シーズン初ゴールは、アカデミーの後輩たちにガンバのDNAを示す一撃にもなった。

プロキャリアで背負う初めての一桁の背番号に「覚悟」を秘める。 写真提供/ガンバ大阪
プロキャリアで背負う初めての一桁の背番号に「覚悟」を秘める。 写真提供/ガンバ大阪

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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