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<ガンバ大阪・定期便51>一森純が期限付き移籍。「行ってきます」。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
昨年はプロ9年目にして初めてJ1リーグのピッチに立った。 写真提供/ガンバ大阪

■ハイレベルな競争の中で得ていた感触と、だからこその葛藤。

 横浜F・マリノスへの期限付き移籍は一森純が自分の気持ちと繰り返し、向き合って出した結論だったという。

「ガンバで勝負する」

 そう心に決めて臨んでいた今シーズンだったからこそ、チャンピオンチームからのオファーにも短い時間の中で、ひたすら考え抜いた。

「今シーズンが始まる前から、厳しいポジション争いが待ち受けていることは覚悟していました。と言っても、これまでも毎年、どのステージでも、チームでも、簡単な競争なんか一つもないと思って臨んできたので、今年が特別だったのかと言えばそうではなかったです。ただ、晃生(谷)という日本を代表するGKが新たに加わったことで、よりその競争が厳しくなるのはわかっていたし、生半可な気持ちではチャンスすらもらえないだろうとは思っていました。だからこそ自分なりにその競争に打ち勝ってピッチに立つには何が必要か、しっかり整理して今シーズンをスタートしました。以来、その熱量のまま準備を続けてきた中では、ダニ(ダニエル・ポヤトス監督)のサッカーに対する新鮮さも、面白さも感じていたし、正直、自分的には、いい感触を得られることも多かったんです。でも、だからオファーを受けるべきか、迷いました。少し前にも話したことがあると思うんですけど、ガンバというハイレベルな競争が行われる環境で得られる感触は、僕にとってすごく価値があると思っていたからです」

 確かに、沖縄キャンプの直後に取材した際、一森は、今年のポジション争いで得られる手応えは、自分を新たな高みに引き上げてくれるかもしれないと目を輝かせていた。

「日本を代表する、言うなれば日本のトップレベルにある二人を基準に、自分に何が足りないのか、何で勝負すべきかを考えながら練習ができる毎日は本当に刺激でしかない。それに、このガンバでの競争に勝って試合に出るということは、すなわち一気に日本代表に近づくということですから。そういう意味でも、この競争に加われていること自体がすごく幸せだし、今、自分が置かれている状況は自分が成長するための、めちゃめちゃでっかいチャンスだと捉えています」

 ガンバに在籍して4シーズン目を迎えた中で、いいコンディションでサッカーと向き合えている事実も自信にしながら。

「昨シーズンは初めてJ1リーグにも出場できたとはいえ、正直、足の痛みが拭いきれていないところもあって、どこかしっくりこないというか、単純に自分のアスリート能力を出し切れていないもどかしさもあったんです。でも今シーズンは、ガンバに加入して一番、コンディションがいい。メディカルスタッフの手も借りながらいろんな試行錯誤を繰り返してきてようやく、プレーだけに集中できるコンディションでサッカーに向き合えています。また、ダニのサッカーという部分でも、ビルドアップを含めてGKがプレーに関わる回数が多いのはやりがいを感じるし、すごく楽しい。そういう意味では…世の中的には日本代表経験のあるヒガシくん(東口順昭)と晃生の競争に注目が集まっていますけど(笑)、僕はその陰で虎視眈々と、というかそこに割って入ってやるという強い気持ちで今を過ごせています」

東口順昭、谷晃生、石川慧との4人で切磋琢磨しながらポジション争いを続けてきた。写真提供/ガンバ大阪
東口順昭、谷晃生、石川慧との4人で切磋琢磨しながらポジション争いを続けてきた。写真提供/ガンバ大阪

■期限付き移籍の決断。「成長を加速させたい」

 であればこそ、ガンバでのハイレベルなポジション争いに揉まれる先にどんな自分の姿があるのか「素直に見てみたかった」と一森は言う。だが、チャンピオンチームという自分がまだ見たことのない新しい環境に身を置くことで受ける刺激に惹かれたのも正直な気持ちだった。

「たとえば、キャンプでの序列が悪かったから、とか試合に出られそうになかったから、という理由で今回の決断をしたわけでは決してないです。ダニはGK陣、4人に対し、年齢やキャリアに関係なくフラットに競争する場を作ってくれていたし、自分もその中でとにかく試合に出ることだけを目指して準備をしてきました。結果的に、18日の開幕戦は晃生が先発のピッチに立ちましたけど、ダニはきっとこの先も変わらず、試合ごとにそれぞれの状態を見極めながら起用を考えていくはずで、僕もその競争に身を置いて、ここで選んでもらえるGKになりたいという思いもありました。また、この3年はケガが多かったにもかかわらずガンバが僕を評価して、求めてくれたことにプレーで応えたいという思いもありました。ただ、マリノスからオファーをいただいて、これまで自分が歩いてきたキャリアや、どんなふうに成長してきたのか、などを整理して考えていくうちに、チャンピオンチームでプレーすることで受ける刺激がどういうものなのかを知りたいと思う気持ちが大きくなっていったんです。また、21年のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)をケガで戦えなかった僕にとっては、ACLという未知の舞台を戦えるチャンスがあることも魅力の1つでした。ということを総合的に考えたときに、マリノスという新しい環境でガンバとは違う刺激を受ければ、もっと成長を加速できるかもしれないと考えるようになり、それが今回の決断につながりました」

 昨シーズン、一森は自身のキャリアでは初めてJ1リーグのピッチに立ち、9試合を戦っている。その際は先にも書いた通り、足の痛みもあって「どこかしっくりこない」自分を感じていたらしいが、一方でJ1リーグだからこそ磨かれるプレーもあると実感したと振り返っている。

「JFLから始まってJ3リーグ、J2リーグといろんなステージを経験してきましたけど、去年J1リーグを戦って感じたのは、当然相手のシュートの質や弾道といったクオリティも上がるんですけど、当然ながら味方のレベルもすごく高いということ。『ここは守ってくれるんや』とか『このシーンではGKと繋がって守備をしてくれるんや』というシーンがすごく増えるなと思ったし、そうやってフィールドの選手に任せられることが増えた分、GKとしてさらに上の仕事を目指せるというか、プレーの幅を広げられるし、広げなければいけないと感じました。それは今シーズンが始まるときにも改めて自分にリマインドしたことなのでシーズンを通して追求していきたいです」

控えメンバーに回っても常にチームを、仲間を鼓舞し続ける姿も印象的だった。写真提供/ガンバ大阪
控えメンバーに回っても常にチームを、仲間を鼓舞し続ける姿も印象的だった。写真提供/ガンバ大阪

 それは、おそらく、身に着けるエンブレムが変わっても継続して求めることだろう。しかも彼は元来、足元の技術に定評のある選手だ。本人は常日頃から「チームとして結果を求めるためにベストなタイミングで、必要な自分の引き出しを出せるGKになりたい」と話しており、例えば、以前に在籍したレノファ山口とファジアーノ岡山時代を比べても、チームスタイルの違いに応じて彼自身も違う持ち味を発揮し、チームに貢献してきた。だが、いずれにせよマリノスの志向するサッカーを想像すれば、その適応能力を含めて彼のプレースタイルが存分に活かされるのは間違いないはずだ。もちろん、開幕戦のピッチを任されたGKオビ パウエル オビンナをはじめ、百戦錬磨の飯倉大樹、白坂楓馬らとのポジション争いに真っ向勝負を挑む準備もできている。

「ポジションは用意されるものではなく、自分で奪い取りにいくもの。これまでもそう思って過ごしてきましたが、それはマリノスでも同じだと思っています。まずは普段の練習からしっかりアピールして、自分を知ってもらわなければいけないし、仲間の信用を掴まなければいけない。シーズンが既に始まっている中でのチャレンジで、それを求めるのは簡単ではないと思いますが、僕のチャレンジを認めてくれたガンバへの感謝を『成長』でしっかり恩返しできるように、今以上に強くなった姿を魅せられるように、しっかり戦ってきます」

 ガンバでの3年間で積み上げた自信と、『応援される』ことへの感謝を力に変えて。

「ガンバでの3年間は僕自身、チームに貢献したと言えるような結果は残せなかったし、チームとしても昨年は優勝争いどころか残留争いに巻き込まれてしまって苦しい思いをさせた時間の方が長かった気がします。でも、どんな時も、たくさんのサポーターがスタジアムに足を運んでくれてすごく心強かったし、皆さんの後押しのおかげでチームも、僕自身も踏ん張ってこれました。今シーズンはいよいよ声出し応援が100%解禁になって、あの中でプレーしたいという思いも間違いなく僕の力になっていただけに、それを味わえずにチームを離れるのは少し残念ですが、今はとにかく自分が決めた決断に自信を持って、ガンバサポーターの皆さんへの感謝を自分のいい重圧に変えて『成長』で返したいと思っています。皆さんにピッチで戦う元気な僕の姿を見てもらえるように頑張るので、温かく見守ってもらえたら嬉しいです。そして引き続き、ガンバを皆さんの熱い応援で支えてください。よろしくお願いします」

 考え抜いて出した結論を、自分の力で『正解』にするために。期限付き移籍が発表された2月21日。仲間への挨拶を済ませてクラブハウスを後にする際に口にした「行ってきます」の言葉に、強い覚悟を見た。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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