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<ガンバ大阪・定期便48>中村仁郎の現在地。ピッチを離れている時間で見出した自分の生きる道。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
20年に宇佐美、堂安に続き高校2年生でJ1リーグデビュー。写真提供/ガンバ大阪

■停滞するチームの光となった前半戦。初のJ1リーグフル出場も実現。

 今シーズン最後の全体練習が行われた11月18日。最後まで一人、シュート練習を続けていたのが中村仁郎だった。誰もいなくなったグラウンドで黙々とゴールに向かってドリブルを仕掛け、シュートを打つ。シザースフェイントを入れてみたり、相手DFがいることを想定して何度かゴール前で切り返してシュートを打ってみたり。時間にして20分くらいだろうか。ボールを片付けて、引き上げてきた彼に声を掛けると「いつものことです」と笑った。

「今日の練習で自分の納得のいかなかったところを確認したかったのと、あとはシュートが巧くなればいいなっていうか…巧くなりたいです」

 念願のトップチーム昇格を実現した今シーズン。中村が初めてJ1リーグに出場したのは7節・京都サンガF.C.戦だった。それを機に9節・湘南ベルマーレ戦、10節・FC東京戦と途中出場ながら続けてチャンスを得ると、11節・北海道コンサドーレ札幌戦では初めて先発のピッチを任せられた。

「自分の中では自然体でいこうと思っていたけど、無意識のうちにスタメンを意識しちゃっていたのか、前半からペース上げすぎて後半は全然もたなかった(苦笑)。ただ、走ったことに後悔はないです。これから場数を踏んでいけば、自分が100%を出すところと少し休むところがわかるはずだし、そうなれば90分しっかり戦えると思うので、まずはとにかく試合に出続けられるようにしていきたいと思います」

 開始早々の9分には右サイドでボールを受けると、カットインからペナルティエリアのやや外側で得意の左足を振り抜く。残念ながらシュートは相手GKの正面でキャッチされたものの、このシーンを含め、初先発に懸ける思いが十分に伝わってくる前半だった。

「シュートを打てたのは自信になったし、ドリブルで抜けられた場面もいくつかあった。それすらできなければもっと落ち込んでいたと思いますけど(笑)、自分としてはいいプレーも出せたので、やり続けていたらいつか得点に絡んでいけるんじゃないかと思っています」

 その札幌戦でのプレーが評価され、4試合続けて先発出場を飾った。うち、初めてのフル出場は14節・セレッソ大阪戦だ。当時は宇佐美貴史や倉田秋ら、主軸選手に怪我が相次いだことも影響して、攻守にチグハグさが目立つ、苦しい戦いが続いていた時期。ボールを持っても思うように前線にボールが入らないシーンも数多く見受けられたが、だからこそ、苦手の守備で汗をかきながらも、ボールを持ったら恐れることなく矢印を前に向けて攻撃を続ける中村の姿は、チームの光に見えた。

「試合に出て僕に求められるのは攻撃のところ。守備ももちろん頑張らなきゃいけないけど、他の選手よりはまだまだ強度が足りていないのは事実なので、その分、自分ができる攻撃を全力でやり切ることと、せっかくピッチに立つ以上は、自分が後悔しないプレーを選択しようと思っていました」

■大きく立場が変わった後半戦。痛感した自分の立ち位置。

 潮目が変わったのは、U-19日本代表として出場した第48回Maurice Revello Tournamentだろう。この大会に臨むU-19日本代表に選出された中村は、セレッソ戦後にチームを離れフランス遠征に旅立つ。その期間は代表ウィークとも重なったため、リーグ戦を離れたのはわずか2試合だったが、約1ヶ月後にチームに戻った直後の18節・北海道コンサドーレ札幌戦への途中出場を最後にピッチに立てない日々が続く。以降も先発に抜擢された22節・C大阪戦を除き、最終節までメンバー入りはできなかった。

「代表に行く前は、4-4-2のトップ下みたいなポジションで出ることが多かったんですけど、(代表から)戻ってきたらフォーメーションが変わっていて。そこで自分がハマらなくなったのは僕の実力不足だし、C大阪戦で久しぶりに使ってもらった時も…試合勘がない中でも、チャンスをもらった時にいいプレーができなかったのは自分の物足りなさだと思っています。今シーズンを振り返ると、自分としてはようやく前半戦の途中から試合に出られるようになって、いい1年に出来そうだなという予感はあったんですけど、システムが変わって必要とされなくなったこともそうだし、チームが残留争いという厳しい状況に置かれている中で監督が使いたいと思うプレーを練習からアピールできなかったのは、まだまだ力がないということだと受け止めています。プロの世界で生き残っていくためには、どんな状況に置かれても常に『必要とされる選手』にならなければいけない。それができなかった自分への悔しさはありますけど、ある意味、自分の今の立ち位置を知れたシーズンにもなりました」

 プロ1年目に思いを巡らせながら、一語一句噛み締めるように気持ちを言葉に変えていく。この時、U-19日本代表がスペイン遠征の真っ只中だったことを思えば、同メンバーからも漏れた中村には違う悔しさも渦巻いていたのかも知れない。それもあってか、翌日に控えるプレシーズンマッチ、アイントラハト・フランクフルト戦に向けて、強い決意を滲ませていた。

「おそらく自分の得意なポジションで出してもらえるし、プラスに考えれば、海外へのアピールもできる試合。公式戦でもないので自分の好きなプレーというか、自分の良さ、持ち味を出すことだけに気持ちを向けて戦いたいです。せっかくなので楽しみます」

■「技術で勝負したいし、ゴール前での仕事にもっと絡めるようになりたい」。

 その決意を、そのままプレーで表現したかのようなフランクフルト戦だった。

 やや押し込まれた序盤。4-2-3-1の右サイドMFを預かった中村は、17分に昌子源からの縦パスを受けてドリブルで仕掛けると、思い切り右足を振り抜く。シュートはGKの正面でキャッチされたものの、チームとしてのファーストシュートは徐々に攻撃を加速させていく。24分には中村が右サイドから送り込んだ浮き球を倉田秋が頭で落とし柳澤亘のシュートチャンスに繋げ、直後の25分にも齊藤未月のパスに合わせて前線に抜け出すと、ゴールライン際、コースのないところから思い切ってシュートを狙った。いずれも彼の『持ち味』が表現されたシーンだった。

「ゴールに向かうプレーを試合前から意識していて、最初のプレーでシュートに持ち込めたことで乗っていけた感じはあった。25分のシーンは、中を切られていたので縦にできるだけ仕掛けようと思ったところから見出したシーン。あれ以上は(スペースもなくて)できなかったと思うんですけど、あそこまでチャンスを作れたのは良かったと思っています。この試合を迎えるにあたり、僕はやっぱりゴール前で仕事をしないといけない選手だし、無理にでもシュートを打っていかなきゃいけないと自分にリマインドした上で、今週の練習に向き合ってきました。結果的に数は多くなかったけど、シュートまでいけたシーンは自分らしい形だったと思っています。僕の場合、体の大きな相手にまともに体をぶつけにいっても吹っ飛ばされてしまうだけなので、1タッチで剥がして3人目の動きで入っていくようなプレーも心掛けていました。というのも3ヶ月くらい、試合に出られない状況が続いていた時に自分の映像を見ながら、僕は自分のタイミングでプレーしがちだという課題を見つけたというか。もちろん、ゴール前ではエゴを出していいと思うんですけど、それ以外のところでは、もっとチームとして崩すことを考えられるようになったら自分も活かしてもらえるんじゃないかと気がついた。なので、今日もそこを意識していました」

技術の高さを武器に攻撃を彩るレフティ。プロ1年目はJ1リーグ9試合に出場した。写真提供/ガンバ大阪
技術の高さを武器に攻撃を彩るレフティ。プロ1年目はJ1リーグ9試合に出場した。写真提供/ガンバ大阪

 何より目を惹いたのは、中村が実に楽しそうにプレーしていたことだ。J1残留争いというプレッシャーから解き放たれた中での試合だったことや、後半は前線に高さのある選手がいなくなったこともあったはずだが、各々の選手が近い距離にポジションを保ちながら1タッチ、2タッチで細かくパスを繋いで、前線にボールを運ぶシーンも多く、中村も水を得た魚のようにピッチを走り回った。

「試合前から、チームとしてもバイタルエリア以外のところでは1タッチ、2タッチで剥がしていこうと言っていて、それがうまくハマったところはあったと思います。今日みたいに地上戦でボールを動かすサッカーはやっぱり観ている人も面白いはずだし、僕がやりたいサッカーでもあるので、楽しかったです。後半の方がより相手の動きを見ながらプレーすることを意識していて、常に逆をとる動きを心がけていました。今日の試合を戦って改めて僕は技術で勝負したいし、ゴール前での仕事にもっと絡めるようになりたいと思ったので、シュートやラストパスの精度をまだまだ高めていきたいと思いました。またその仕事をするためにも…特に今シーズンのJリーグでは相手にタイトにこられた時に入れ替わっちゃう場面も何度かあったので。そこはフィジカルをつけるだけではなく、体の使い方とか、ボールの扱い方を工夫することで改善できるところもあるんじゃないかと思っています」

 加えてもう1つ、来シーズンに向けて自身に求めたいと話したのが『安心感を与えられる選手』になることだ。それはシーズン終盤、ケガから復帰してきたアカデミーの先輩、宇佐美貴史の姿を見て改めて感じたことだという。

「この終盤、宇佐美さんが戦列に戻ってきてからは、明らかに周りの選手が安心してプレーしていたというか。ボールを預けたらなんとかしてくれるだろう、という雰囲気もあったし、それによってチームにまとまりが生まれたり、やるべきことをそれぞれが徹底できていた。もちろん、それは宇佐美さんの技術の高さもありますけど、これまで結果を残してきたからこその信用だとも思うので、僕もしっかり見習って、このガンバで宇佐美さんみたいな存在になれるようにしたいし、ならないといけないと思っています。そのためには今シーズンは残せなかった数字での結果がいる。来シーズンは後輩が入ってくると考えても、周りからは『若いし、これだけやれたら十分か』的に贔屓目では見てもらえなくなるはずだし(笑)、むしろ、年齢に関係なく、自分の価値は自分次第でどこまでも上げていけると思っているので、努力を続けていくだけだと思っています」

 フランクフルト戦は、中村にとってプロになって初めてパナソニックスタジアム吹田で体感する『声出し』応援の中でのプレーだったこともあり、取材の最後には「めちゃめちゃ楽しくて、幸せでした」と表情を緩めた中村。試合後に更新した自身のSNSにも「フル出場することができ、めちゃくちゃ楽しかったです。やっぱりサッカーが好きです」という言葉とともに、1年間の応援への感謝を綴った。最後にサポーターへの『お願い』つきで。

「可能であれば、『中村オレ』じゃなくて『仁郎オレ』がいいです!」

 コメント欄にはそれに賛同するメッセージが多く寄せられたことからも、おそらく今後は彼の希望に沿ったコールがサポーターから届けられることだろう。そして、そのコールを繰り返しスタジアムに轟かせてもらいたいという思いが、来シーズンの中村をより強く、輝かせるに違いない。

「自分の価値は自分次第でどこまでも上げていける」。未来を切り拓く決意を胸に。写真提供/ガンバ大阪
「自分の価値は自分次第でどこまでも上げていける」。未来を切り拓く決意を胸に。写真提供/ガンバ大阪

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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