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<ガンバ大阪・定期便26>再び、歩き始めた宇佐美貴史。キング・カズから届いた花束。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
今シーズンは副キャプテンとしてもチームを牽引してきた。写真提供/ガンバ大阪

 正直、取材を始めるまで、宇佐美貴史にどんな言葉を掛ければいいのか、思いあぐねていた。09年に高校2年生ながら飛び級でトップチームに昇格し、プロとしてのキャリアを歩き始めてから14シーズン目。その戦いをずっと見てきたからこそ、だ。

 思えば、14年にも彼は開幕を目前にした練習中に左腓骨筋腱脱臼のケガを負い、約1ヶ月半の離脱を余儀なくされたが、今回の右アキレス腱断裂は、復帰までその何倍もの時間を要する大ケガだ。しかも、今シーズンに懸ける思いが例年とは似て非なるものであることを感じ取っていただけに、自然と言葉選びが慎重になる。だが、そんなこちらの心中を察してか第一声はとても明るく、いつも通りの宇佐美だった。

「ざっくり切れてたわ」

 3月7日の手術からわずか4日目。その間に彼が今回のケガをどう受け止め、消化して電話口の向こうにいるのか。「もう歩き始めた」と聞いて、彼のここに至るまでの心の動きを知りたかった。

■前兆なく襲われた強烈な痛み

 3月6日に戦ったJ1リーグ3節・川崎フロンターレ戦。57分、宇佐美貴史は浮き球を処理しようとして、その場に倒れ込んだ。相手選手との接触がなかったにもかかわらず、すぐさま交代を要求するジェスチャーに、スタジアム全体が静まり返る。実はそのとき、宇佐美自身も何が起きたか理解できていなかった。

「正直、最初は自分に何が起きたか全くわからなくて。バットで踵のあたりをフルスイングされて、踵の肉が全部吹っ飛んだというか、足首ごと爆発したような感覚って言うんかなぁ。そのまま踵が地面にめり込んでいってしまうような感じで…これまでに経験したことのない衝撃やったから最初は痛いというより完全にパニック。交代させてくれ、っていうより、早く誰か助けに来てくれって感じやった」

 レフェリーが笛を鳴らして試合を止めたこともあり、彼自身は最初、後方から激しいチャージを受けたと疑っていたという。だが、自分の周りにいるチームメイトに尋ねても「誰にも当たっていない」という。

「アキレス腱か」

 そう思った瞬間、強烈な痛みに襲われた。

「担架で運ばれている間は、痛いというよりだんだん足に力が入らなくなって、ロッカーに運ばれてからも痛くてスパイクが脱げず、スパイクもソックスも全部ハサミでカットして脱がせてもらい…右足首を見たら、アキレス腱のところが目視でわかるくらい凹んでて。ピンと張っていた腱がなくなって弛んでる感じ? あ〜断裂したかと。終わった、と。でも、どこかでそれを受け止め切れないというか。っていうのも、スプリントをした瞬間だったのならまだしも、あのシーンではアキレス腱に負荷がかかるような動きはしていなかったから。感覚的には15%くらいしかアキレス腱を使っていない感じ? その自分の動きと、足首に受けた衝撃が比例せず、でもアキレス腱のあたりを見たらどう見ても凹んでいるしで、さ〜っと血の気が引いていった」

 そこから、手術までの時間はあっという間に進んだ。ロッカーから立ち上がれない彼の周りで慌ただしくメディカルスタッフが動き、手術の日程が翌日に決まったと告げられ、手術にあたっての注意事項を聞き、翌日、手術前の検査を行い、採血をしてーー。宇佐美曰く「心の準備も何もないまま、気がつけば手術室の前にいた」そうだ。

「手術室の前で『これから2回、麻酔を打ちます』と説明を受けたのは覚えてるけど、気がついたら手術が終わってベッドの上にいた、という感じでした。そのせいか、麻酔でまだ意識が朦朧としていた時に『嫁はいますか?』と尋ねたら、『ここにいるよー』と蘭が顔を見せてくれて。その瞬間にぶわ〜っと涙が溢れてしまい…自分では頭の中はフラットな状態で手術に向かっていたつもりやったのに、心が追いついてなかったのか、あるいは自分の身に起きたことを受け止めきれていなかったのか。自分でもよくわからんまま勝手に涙が溢れてくる感じ? そのあと意識がハッキリしてきたら『あれ? 俺、なんで泣いたん?』って感じでしたけど(笑)。でも、今になって思えばスピーディにいろんなことを進めてもらえて良かったって思う。『ほんまに、俺、アキレス腱断裂したっけ?』って疑うくらい、寝て起きたらアキレス腱がつながっていた分、落ち込む暇もなかったから。術後の自分の足首を見て、ああ現実なんやとは思ったけど」

 やや7センチほどの傷跡が残った右足首は、術後間もない状況もあって今も、どこにくるぶしがあるのかわからないほど腫れている。抜糸が済んでいないため足首を動かすたびに周りの筋肉が突っ張って痛みが走るらしく「全くもって自分の足首とは思えない」そうだ。それでも、宇佐美は手術の翌日からすでに、リハビリを始めた。

「ドクター曰く『アキレス腱自体はガッツリと繋ぎ合わせたから、逆に滅多なことではもう切れない。だからこそ、すぐにでも…患部は痛いけど、足をついて体重をかけてリハビリをしておけば、周りの筋肉も固まらないし、ふくらはぎの筋力なども落ちなくていいよ』ということなので。8日から早速、松葉杖でゆ〜っくり、ゆ〜っくり、歩いてます。ベッドの上でも『ここまではやって大丈夫』と言われている範囲で足首を動かしたり、足の指を動かしたりもしていますしね。このタイミングでどれだけその地味な作業を頑張れるかで今後の回復具合も変わってくるらしいから、今が勝負やなと。今日もドクターに『受傷4日目にしてはめちゃめちゃ早い回復ぶり』と褒められました」

 そうして午前と午後、1日2回のリハビリと向き合いながら思い描いているのは「ケガをする前よりいい状態の自分になってピッチに戻る」こと。アスリートがアキレス腱を断裂した場合、復帰まで6〜9ヶ月を要するとされている中で1日でも早くピッチに戻れれば理想だが、先がまだ全く見えていない今はその日数を数えることはしていないという。

「基本的にケガは自分に落ち度があると思っているし、自分のせいで起きたケガやからこそ、落ち込むのではなく、自分で取り戻していくしかないとも思う。それに、変な言い方やけどせっかく長期離脱になったんやから、この時間を自分にとって有益なものにしないともったいないですから。今はとにかくしっかりと気持ちと体をリフレッシュさせた上で、新しいものをどんどん取り入れて、ケガをする前よりいい状態で戻ってやろうと思っています。唯一、心配なのは、受傷した時の恐怖心をいかに忘れられるか、ってこと。さっきも話した通り、全く自分が足首に負荷をかけていない状態で、バチンと切れてしまった衝撃は鮮明に覚えているし、あまりの怖さに未だに川崎戦の映像も観ることができなくて…。同じケガを経験した選手に話を聞いても、その恐怖心が払拭できないと、体は元通りになっても自分の意図しないところで力が入ったり、本来なら右アキレス腱だけで体重移動していたシーンで膝に負荷がかかり他の箇所を痛める、といったこともあるらしいので。そう考えても、いかに自分の中からあの時の恐怖心を拭い去っていけるかも復帰に向かう上で大事な要素になってくると思っています」

「何ヶ月かかろうが最高の状態で戻る」と決意を口にした。 写真提供/ガンバ大阪
「何ヶ月かかろうが最高の状態で戻る」と決意を口にした。 写真提供/ガンバ大阪

■仲間から、カズから届いたメッセージ

 そんな彼の元には、受傷した直後からチームメイトをはじめ、元チームメイトや過去に一緒に仕事をしたスタッフ、友人、知人など、国内外のいろんな仲間から連絡が届いているそうだ。直接面識はなくとも「同じようなシチュエーションでアキレス腱を断裂したから」と連絡をくれる選手もいて、いろんなアドバイスをもらっているという。

 中でも、驚きだったのはカズ、こと三浦知良(鈴鹿ポイントゲッターズ)から病院に花が届けられたこと。名前を見た瞬間、20回ほど「マジで!」を繰り返したと笑う。

「病室に花が届いて、名前を見たら『三浦知良』とあって、え?! と。いや、違う…えええええ〜〜〜っ!! と。病室で一人、興奮して『マジで!』と『マジかよ!』を繰り返してました。だって僕、これまでカズさんとは一度も話をしたことがないし、子供の時から一方的に崇めるだけの人でしたから。それなのに、僕ごときにそんな心配りをしてくださって…嬉しいを優に通り越して、ただただ驚いています。ってか、驚いているのは僕だけじゃなくて見回りにきたナースの人まで『え? これってキング・カズですか?! カズさんから花が届いたんですか!』とめちゃ興奮していました(笑)。しかもガンバだからか、青色の花が入ったプリザーブドフラワーを贈ってくださって…毎日、その花に励ましていただいてます。カズさん、鈴鹿に期限付き移籍をされて、JFLの開幕前で忙しいはずやのに…ありきたりの言葉で申し訳ないですけど、ほんまに、ほんまに嬉しかったです」

 宇佐美からその話を聞いた2日後、まさにJFLの開幕戦に先発出場したカズに話を聞く機会に恵まれた。実は偶然、宇佐美が受傷した川崎戦を生放送で観ていたという。

「これまでもVTRやニュースなどを通してアキレス腱を切った時のプレーを観たことはあったんですが、生放送で試合を観ていてああいった瞬間を目の当たりにするのが実は、僕も初めてで。宇佐美くんが倒れた瞬間に『あ!』と思い、すごくショックを受けて、試合が終わってすぐに(元チームメイトの)康介(小野瀬/ガンバ)に連絡をしました。今年はワールドカップイヤーだと考えても、きっと宇佐美くんも日本代表、ワールドカップにもう一度、という決意で臨んでいたシーズンだったと思うんです。報道を通してシーズンオフには川崎からオファーがきていたという話も知りましたが、それでもガンバで戦うことを選んでシーズンをスタートして、ここからという時に大ケガをして…。彼のショックは計り知れないなと考えたら僕自身もすごく心が痛かった。ここから先、まだまだ時間はかかるだろうし、かけた方がいいとも思うし、でも、とにかく元気に頑張ってもらいたいという気持ちを込めて、ガンバ色の花を贈らせてもらいました(カズ)」

 思いを込めた花束は今も病室のベッドの真正面、いつでも目が届くところに飾られている。添えられていたカズからの『早く回復し、また素晴らしいパフォーマンスを魅せてください!』とのメッセージとともに。

 もちろん、そうしたサッカー仲間からの思いだけではなく、ガンバのSNSを通して届けられるファン・サポーターからの激励のメッセージもしっかりと受け取っている。「相変わらず、愛されていますね」と投げかけたら、「意外と愛されてるみたいでよかったわ!」と笑顔が溢れた。

「今はほんまに応援してくれる人、復帰を待ってくれている人たちをもう一度、喜ばせるために、楽しませるために、頑張らなアカンというか。プレッシャーとしてではなく、素直に1つ1つのメッセージが自分の血となり、肉となっている感じです。これだけたくさんの人に応援してもらって逃げ出すわけにはいかんから、何ヶ月かかろうが最高の状態で戻って、もう一回、最高のパフォーマンスを見せなアカンと思っています」

 さらに、チームに向けた言葉も続く。

「今、ガンバはカタさん(片野坂知宏監督)のもとで確実にいい方向に進んでいると思うし、僕が一人抜けたくらいでは揺らがないというか。変わらずチームとして成長していくと信じているし、僕もリハビリというプロセスの中でしっかり成長して、シーズン終盤にはお互いが成長した姿で合流できたらいいな、と思っています。ちなみに、チームメイトの何人かから『お前の分も戦う』ってメッセージをもらったけど…気持ちは嬉しいけど、僕の分までは戦わなくていいです(笑)。勝手に俺を背負わず、どうか自分のために、自分のサッカーのために、ガンバのために戦ってくれたら十分です」

 言うまでもなく、宇佐美はしばらくの間、ピッチに立つことはできない。ボールを蹴れるようになるのもまだまだ先の話だろう。それが彼にとってどんなに悔しく、もどかしい時間であるか。きっと、どれだけ言葉を交わしたとしても、彼の心の奥底に潜む葛藤にはたどりつかない。

 それでも、確かなのは戦い続けるガンバと共に宇佐美貴史が再び、歩き始めたということーー。

 それが全てだと受け止めている。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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