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<ガンバ大阪・定期便25>石川慧の戦いと、痛恨のミス。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
今シーズンはJ1リーグ開幕から先発のピッチを預かっている。写真提供/ガンバ大阪

 J1リーグ3節・川崎フロンターレ戦のアディショナルタイム。試合2日前に取材をさせてもらった石川慧の言葉を思い出しながら、祈るような気持ちで試合を見守っていた。

 その取材で聞いたのは主にガンバでのJ1リーグデビューとなった鹿島アントラーズとの開幕戦を含め、先発出場した2試合のこと。初完封での初勝利を挙げた2節・浦和レッズ戦のこと。川崎戦に向けた決意。ゴールキーパーとしての現在地について。それからもう1つ、鹿島戦の直後に聞いた『あの言葉』について。

 実はその日、取材時間の関係で『質問は一人一問まで』と制限されており、彼に投げかけた質問の答えについて、真意を尋ね切れなかったことがずっと頭に残っていた。

 石川は鹿島戦後、こう話していた。

「ガンバの守護神はヒガシさん(東口順昭)だというのは僕の中で変わらない思いです。(ガンバの)このポジョションはヒガシさんのもの。だからこそ今日、試合に出た僕がなんとか踏ん張って結果を出せればよかったんですけど…そうですね、今日はとにかく結果を出すことだけを考えていました」

 同じポジションを争うライバルであることは百も承知の上で、キッパリと「このポジションはヒガシさんのもの」だと言い切った彼の胸の内を知りたかった。

「新潟出身で高校まで新潟で過ごした僕にとって、ヒガシさんはずっと僕のヒーローでした。アルビレックス新潟の守護神として活躍している姿をずっと見てきました。こうしてガンバでチームメイトになってからも…まさか同じチームでプレーできる日が来るなんて思ってもみなかったんですけど、パフォーマンスはもちろんのこと、日々のサッカーへの取り組み、GKとしての振る舞い、戦いを目の当たりにして改めてすごいGKだと思ったし、ましてやこのガンバにいくつものタイトルをもたらした人ですからね。僕がたかだか1試合、開幕戦のピッチを預かったからといって、ヒガシさんへのリスペクトが変わるはずはなく、ましてや、結果的にあの試合に勝てなかった、力になれなかった自分を見た時に、本当にまだまだだと思い知らされたし、改めてヒガシさんがこのチームで残してきたもののすごさを思い知りました。もちろん、同じポジションを争う一人として、プロサッカー選手として、自分も常に試合に出たいと思って準備してきたことに嘘はないです。ただ、そのためには、まず自分が巧くなること、成長することが大前提なので、とにかくその一心で、ヒガシさんのようにチームを助けられるGKになろうと日々の練習に向き合ってきました。ガンバのGK陣にはヒガシさん以外にも純くん(一森)、大智(加藤)と本当に素晴らしい選手が揃っていて、本当に彼らからいろんなことを学んでいますし、素晴らしい教科書が目の前にたくさんある環境は刺激しかないです。自分のキャリアを考えれば、今、このガンバでプレーしているのもある意味夢のような話で、この歳までプレーできるなんて想像していなかったんですけど、でもせっかくガンバに加入することができましたから。素晴らしい選手と一緒にトレーニングができている時間を寸分たりとも無駄にしたくないという思いで、細かなプレーの1つ1つを伸ばそう、周りの選手から盗んで自分のものにしようと、この2年間を過ごしてきました。それによってガンバのために仕事ができる選手になること、ヒガシさんに少しでもいいから日々近づいていくことが、自分が今するべきことだという思いから、あの試合後の言葉につながりました」

 そして、だからこそ、続く浦和戦で勝利を挙げられたことを「チームにとっても、自分にとっても大きかった」と話していた。

「浦和戦でようやく1つ勝てて、まだまだチーム、個人として積み上げなければいけないところはたくさんありますけど、チームがよりいい方向に進んでいくために、勝利は大きなきっかけになると考えても大事な勝利だったと思っています。ただ自分のパフォーマンスについてはまだまだ足りないと思っています。今は正直、試合をしていても、思い通りにいかないことの方が多く、試合を見返しても『こういうプレーができればよかったな』と思うことばかりです。でもだからこそ、それをしっかり自分に向けて前の試合より、次の試合は少しでもいいプレーができるように、チームの力になれるように、反省と修正と改善の3つをセットに日々を過ごしています。また、プロ12年目にして初めてJ1リーグにコンスタントに出場している中で…まだ2試合ですけど、公式戦だから気づけたこともたくさんあって、これまでの紅白戦とか練習試合では全く感じられなかった感覚を得られている部分もたくさんあります。今はそれを全て自分の力にしながら、もっともっと成長したいし、もっともっとガンバの勝利のために仕事ができるGKになっていきたいと思っています」

 ガンバのために、ガンバの勝利のために。繰り返される言葉に、昨年の彼の姿を思い出す。ガンバにとっては残留争いに巻き込まれた苦しいシーズン。誰もが点を取ることに、勝つことに苦しみ続けた中で、控えGKとしてメンバー入りをすることの多かった石川は、誰かが点を取るたびにオーバーリアクションとビッグスマイルで、それを喜んでいた。

「1つ言えるのは、僕がもう若くないということです(笑)。だからチームメイトやライバルへの嫉妬心みたいなものも全くないというか。ただただ、素直に仲間の一人一人をサッカー選手としてリスペクトしているし、彼らの戦いもそばで見ているからこそ、ああ努力が実ってよかったな、結果につながってよかったなって思います。この歳になったら、自分が愚痴をこぼすことより、若い選手の話を聞いて、そうだよなって共感してあげる方がチームにとってプラスに働くということも重々理解していますしね。だから控えに回った時は、全力でチームメイトを支えるし、応援するし、それによって、みんなが受けているプレッシャーを少しでも緩和できたらいいなって思うし、それが控えGKの役割でもあると思う。もちろんそのことと、自分が成長しなきゃいけない、試合に出たい、という気持ちは別物なので、必死に練習もするし、トレーニングにも向き合うんですけど、でも、年齢を重ねたからこそできることもあるはずだし、それが結果的に、ガンバの勝利に繋がったら嬉しいなと…去年はずっとそういう気持ちでした」

 そして、最後に聞いた川崎戦に向けた話も印象に残っている。

「川崎戦は当然、難しい試合になると思っています。昨年の王者を倒すことができれば自信になることは間違いないですが、浦和戦で勝てたから次も、というほど簡単な試合にはならないと覚悟しています。ただ、僕自身がしっかりと決定機を防いで、浦和戦同様にDF陣とも協力してなんとか0の時間を長く、失点しない時間を増やすことで自分たちのリズム、ペースに持っていけたら勝機は絶対にあるし、そのために自分もいろんなことを研ぎ澄ませてピッチに立たなければいけないと思っています。GKは良くも悪くも結果でしか判断されないポジション。止められたか、決められてしまったか、が全てだと思っているし、ガンバのゴールマウスを守っている限り、そこにこだわらなければ応援してくれるファン・サポーターの皆さんが納得しないということもわかっています。浦和戦に勝利したことで開幕から自分にかけていたプレッシャーみたいなものは少しだけ減った分、より自分にフォーカスして準備ができているので、それを川崎戦でしっかり示したいと思っています」

 そうして迎えた川崎戦での5分間のアディショナルタイム。山本悠樹のゴールで先制したガンバは苦しい展開となった後半、一度は追い付かれながら小野瀬康介のゴールで突き放し、2-1とリードを奪っていた。そのアディショナルタイムも残り1分を切ろうとしていた時のこと。川崎のレアンドロ・ダミアンのヘディングシュートを正面で捉えた石川が、手にしたボールを転がして蹴り出そうとした瞬間。背後から忍び寄った小林悠にボールをさらわれ、パスを受けたレアンドロ・ダミアンが無人のゴールにシュートを流し込む。その直後、無情にも試合終了のホイッスルが鳴った。

 2-2。勝利を目前にしながら起きた痛恨のミスに、試合を終えても石川は頭を抱えて立ち上がれない。彼の気持ちを慮るように川崎のレアンドロ・ダミアンが駆け寄り、チームメイトは肩を抱き、サポーターは拍手で迎え入れた。

立ち上がれない石川のもとに駆け寄ったチームメイトが彼の肩を抱いた。写真提供/ガンバ大阪
立ち上がれない石川のもとに駆け寄ったチームメイトが彼の肩を抱いた。写真提供/ガンバ大阪

 その一連の動きを目で追いながら思い出したのは、15年のJ1リーグ1stステージ5節・清水エスパルス戦だ。2-1でリードしていた64分。今回の石川と同様のミスが東口に起き、失点を喫して同点に追いつかれた。結果的に、残り時間で宇佐美が決勝ゴールを挙げたが、宇佐美は試合後、こんな話をしていた。

「ミスは誰にでもある。僕だって今日、失点に繋がらなかっただけでミスはしていましたしね。ミスをしたら他のプレーで取り返せばいいだけ。幸い、ピッチには11人もいるし、そもそも誰かのミスを誰かが取り返せるのもサッカーの面白さだと思う。後ろが取られたら前が取ればいいし、前が取れなかった時は、後ろに守ってもらう。それだけ。だからヒガシくんのミスも全く気にならなかった。むしろあそこがGKにとっての死角だと聞いて、なるほど、と思ったくらいです(宇佐美)」

 実際、清水戦から2試合後の同7節・アルビレックス新潟戦で宇佐美はまさにその教訓を生かし、相手GKの背後からボールを奪って、先制ゴールにつなげている。

 何を言いたいか。

 もちろん、石川の今回のミスを美談にするつもりはない。彼がどれだけの思いをもって日々の練習に向き合い、この試合に向けて準備をしてきたのかを耳にしていたからこそ、彼自身がそれを望まないと想像するからだ。東口が過去に同じミスをしたという事実はなんのエクスキューズにもならないはずだし、プロサッカー選手として戦う彼らにとって『結果』が時に人生を左右するほど大事なものだということも重々承知している。

 ただ、言えるのはーー。いや、先に書いた宇佐美の言葉が全てだ。少なからず、選手の誰もが今、川崎戦で手にした『勝ち点1』を胸に次の試合に向かっている。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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