小野裕二がピッチに帰ってきた。

6月17日に行われた、関西学院大学との天皇杯2回戦。アディショナルタイムを含めて約20分間、約9ヶ月ぶりとなる公式戦のピッチを噛み締めた。

「入院中はコロナ禍で誰とも会えなかったけど、ガンバサポーターの皆さんをはじめ、たくさんのファンの方がメッセージをくれた。ケガをしてしばらくは何度も『待っているよ』という言葉をかけてもらい、チームがしんどい時には『早く復帰してください』というメッセージももらった。僕はまだガンバにきて10試合ちょっとしか戦っていないのにそんなふうに言ってもらえたのはとても嬉しかったし、更にやる気を掻き立てられた。今はなかなかたくさんの人が足を運べない状況にはありますけど、支えてもらった方たちに恩返しができるように、一人でも多くの人に元気を届けられるような試合、プレーを魅せていきたいです」

 試合前に話していた通り、その思いが伝わる20分間だった。

73分。交代を告げるアナウンスとともにピッチに立つと、スタンドからひときわ、大きな拍手が贈られる。その応援に後押しされて右サイドMFにポジションを取った小野は、久しぶりに味わう幸せを、果敢なドリブルでの仕掛け、仲間とのコンビネーション、シュートで表現した。87分にパトリックが挙げた3得点目も、小野がゴール右、角度のないところから思い切りよく振り抜いたシュートを相手GKが弾いたこぼれ球から生まれたもの。痛めていた右足で、だ。ゴールが決まった瞬間はそのまま一人、ゴール裏のスタンドに近づき、サポーターに向かって拳をつき上げた。

「帰ってきたぞ」

 まるで、心の声が聞こえるようだった。

 悪夢に襲われたのは、昨年の9月2日。練習中に右膝を痛め、前十字靭帯断裂と診断された。7月4日のセレッソ大阪戦での『ガンバデビュー』を含めて11試合を戦い、「ようやくギアが上がってきていた時期」。真っ先に考えたのはサポーターのことだったと振り返る。

「ケガにもいろんな種類があって1週間で復帰できるものもあれば、1ヶ月を要するものもあり…その中で僕は手術をしなければいけないような大きなケガをしてしまった。診断が下された時に最初に思ったのは自分のプレーを楽しみに待ってくれていたファン、サポーターの方たちに自分のプレーを見せられなくなってしまって残念だなということ。といっても、落ち込んだところでケガをしてしまったことは変えられないので。過去に、逆足ですけど同じ怪我をしたことがあって復帰までのイメージはすぐに描けたからこそ、とにかくその過程に1からしっかり向き合っていこうと気持ちを切り替えました」

 その言葉にもあるように、小野はスタンダール・リエージュ(ベルギー)への海外移籍を実現した13年7月にも左膝前十字靱帯断裂を経験している。当時はまだ20歳。しかもその際は様々なアクシデントが重なって3度も左膝にメスを入れることになり、復帰まで1年以上もの時間を要した。

「前十字靱帯を断裂した場合、最初の1ヶ月くらいで膝の機能を回復させるリハビリをしてから手術になるんですけど、当時は、帰国して検査をしたら左膝の前十字靭帯だけじゃなくて半月板も一緒に切れてしまっていたとわかって…しかもその切れた半月板が膝の裏に挟まってしまって、そのままだと機能回復のリハビリができないからとまずは半月板を縫う手術をしたんです。そしたら、今度はリハビリをしている間に膝に血が溜まるなどの炎症が出て、膝が曲がらなくなってしまって。それを受けて、膝のクリーニングというか、曲がりやすくするための2度目の手術を行い、ようやく3回目で靱帯の手術をすることができました。…という最悪の経験をしていただけに、今回の右膝はだいぶマシだと思えたと言うか。もちろんできればケガはしたくはなかったけど、あの時の経験に比べたら手術が1回で済んだというだけでもリハビリに向かう自分の気持ちを少し軽くしてくれた気もしています」

 加えて、前回のケガから約7年のキャリアを積み上げる中で、様々な経験をしてきたからだろう。復帰に向かう過程では意欲的にいろんなことに向き合えたと話す。

「左膝を痛めた時は20歳での初めての大ケガで…正直、当時はケガをしたことによるストレスから食べたいものを食べていたし、復帰に向かうトレーニングへの知識もそこまで深くなかったというか。もちろん、いろんな方にアドバイスをいただいていましたけど、その全てに自分がポジティブに向き合えていたわけではなかった。でも、そこからいろんな経験をして、今はケガや自分の体に対する意識も高くなり、手術をして動けない時はどんな食事を摂ればいいのか、リハビリを始めた時にはどんなケアが必要なのか。復帰を目指す過程でも、ピッチに戻った時にしっかりと自分のパフォーマンスを発揮できる体づくりをしようとか、いろんなことに気を配りながら進んでこれた。チームのメディカルスタッフをはじめ前回、お世話になったドクターやトレーナーの方などいろんな方にも連絡をして、そのアドバイスにしっかり向き合ってこれたと考えても、ケガをした時に心に決めていた『より強くなって戻る』という目標通りに復帰できたんじゃないかと思っています」

 といっても、全てが順風満帆に進んだわけではない。術後、6ヶ月半が過ぎた4月上旬には一旦、全体練習に合流できるまで回復したものの、練習を重ねていく中で右太もも前に違和感を感じ、小野は再び離脱を余儀なくされる。当時はチームが活動休止をあけてJリーグの戦いに戻り、連戦を戦っていた時期。力になれない悔しさもあってダメージは大きかったが、再び自分に『我慢』を求めた。

「ある意味、手術から6ヶ月半での復帰はこのケガではすごく順調で…だからこそ、その事実を嬉しく受け止めながら復帰を目指していたんです。でも、その最中に太もも前に違和感を感じて…同じ右足だったので多少は膝の影響もあったと思うんですけど、体が少しずつ動き始めていた矢先のアクシンデントだったし、自分としても復帰をすごく楽しみにしていた時だったので、最初に右膝を痛めた時以上のダメージがありました。ただ、メディカルスタッフとも話をして『ここで慌てても膝のためにもよくない』ということにしっかり向き合ったというか。チームの力になれない申し訳なさは感じながらも最終的には、やってしまったことは仕方がないからしっかり治そうと気持ちを切り替えました」

 そのアクシデントを経て小野が再びチームに合流したのは、5月中旬だ。最初は右足の状態に耳を傾けながら部分的に合流し、6月には完全合流。6月10日には復帰後、初めて実戦形式の練習で30分ほどプレーして、天皇杯2回戦での公式戦復帰にたどり着いた。

「膝の状態もいいし、プレーする怖さももう感じていない。以前はシチュエーションによって『ここは一歩が出せないな』と思うこともありましたけど、そこはプレーをしながら、試合を戦いながら回復させていくしかないと思っています。監督交代も含めて難しい状況が続いているチームに、1年近くプレーしていなかった自分が戻っていくのは決して簡単じゃないというか。外から見るのと中に入って感じることはやっぱり違いますからね。今はそこのギャップをできるだけ小さくすることを心がけながらチームの力になっていきたいと考えています。この先は、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)も始まるし、7〜8月は連戦なので、まずはチームのために自分ができることを日々模索して、それを常に行動に移していきたいし、プレーで示していきたいと思っています」

 思い返すこと1年前。彼がピッチで示したパフォーマンスは明らかにガンバの攻撃に変化を与えるものだった。確かな技術をもとにアジリティの高さ、フィジカルコンタクトの強さを発揮しながら攻撃を輝かせ、守備力でも幾度となくチームを助けた。さらに言うなれば彼の厳しく、激しく『闘う』姿勢は、チームの士気を高める活力になったと言っていい。デビュー戦となったセレッソ大阪戦で左眼窩底骨折を負いながら、4日後の名古屋グランパス戦に何食わぬ顔で先発出場していたのも印象的だ。

「セレッソ戦後、病院で検査をして骨は折れているけど目に異常はないと診断されて…少し腫れはあったけど、それも3日目くらいにはほぼ引いて目は見えるようになったのでプレーには問題ないかなと。一応、名古屋戦はドクターと相談してフェイスガードをつけて出たんですけど、どうしても真下が見えないし、間接視野がなくなってボールを蹴る時、ドリブルをする時に支障が出るなと感じ、すぐに外しました。左目にピンポイントでボールが当たらなければ大丈夫というか…25年くらいサッカーをしてきてそこにボールや選手の頭が当たることはたま〜にしかなかったので、確率的には当たらないだろうと思っていました(笑)」

 そうしてデビューからわずか2か月でサポーターの心を鷲掴みにした小野が、戦列に戻ってくる。ガンバにとってこんなにも心強いことはない。

「今年に入ってからも離脱が続いていたことで、ある意味、僕はここまでのチーム状況をつぶさには感じられていないというか。だからこそ気負いもなく、フレッシュな状態でチームに戻っていけているし、その僕だから感じられることもあるはずなので。『こうした方がいいんじゃないか』と感じたことは練習でもその都度、言葉に変えていこうと思っています。本来、サッカーはプレーを楽しむことに原点があるというか。ガンバには能力の高い素晴らしい選手がたくさんいるし、苦しい状況でもその原点を思い出してやることがプラスに働くこともあるんじゃないか、とも思う。実際、僕も9ヶ月ぶりに戻って今は本当にボールを蹴ること、試合をすることが楽しくて仕方がない。そういうものをチームに浸透させていくことも長期離脱していた僕ができる役割の1つかなと思っています。今の成績を見ての通り、このままじゃダメだということは僕だけではなく、チームのみんなが感じていること。ガンバも、僕自身も過去には残留争いを経験していますが、そこに巻き込まれてしまってからでは変えられないことも出てきてしまうので、そうならないように…今はまだ十分巻き返せる状態にあるからこそ、自分たちにしっかりと矢印を向けて、この状況に責任と危機感をしっかり持ってやっていきたいと思っています」

 チームの『結果』を求めること並行して、もう一つ、小野が身近な目標として楽しみにしているのが「満員のパナソニックスタジアムでプレーすること」だ。コロナ禍にあってガンバに加入後、一度も味わうことのできていないそれは、勝利を極上の勝利に、プレーする喜びを、極上の喜びにしてくれると確信している。

「監督、スタッフ、チームメイト、サポーター、ガンバに関わる全ての人たちを信頼しているし、僕も信頼してもらえるように、ここからもっともっと努力をしたいし、みんなで同じ方向を向いて前に進んでいきたい」

 その時にはきっと、苦しい時期を支えてもらった『感謝』をプレーで表現するべく、ピッチを縦横無尽に駆け回る小野裕二の姿がある。