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日本メディアが五輪中止を言えない理由――新聞社の本社に行けばよく分かる

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
読売新聞本社ビルには東京オリパラ大会を応援する垂れ幕が掲げられる(高橋浩祐撮影)

有事の際には、その国の弱い部分が露呈するとよく言われる。そして、まさに今、コロナ禍の東京五輪開催をめぐって、日本の大手メディアの報道の独立性が問われている。新型コロナウイルスの変異株がまん延し、3度目の緊急事態宣言が延長されようとしているのに、五輪中止を社説などで明確に打ち出せないでいる。

日本メディアはかねて、記者たちが排他的で閉鎖的な記者クラブを通じて、権力当局の情報に依存させられるような仕組みになっていると内外から指摘されてきた。しかし、東京の医療体制危機や東京五輪・パラリンピック大会の意義そのものが問われているのに、どうして信濃毎日新聞赤旗西日本新聞などほんの一部の新聞を除き、五輪中止を言えないのか。地方紙が狼煙(のろし)を上げる一方で、なぜ全国紙は及び腰なのか。

既に読者の多くが知っているとは思うが、朝日、毎日、読売、日経の大手4紙は2016年1月、4種類ある東京オリパラ大会のスポンサー契約のうち、3番目にランクされるオフィシャルパートナー(協賛金は約60億円)になった。さらに産経新聞と北海道新聞も2018年1月に4番目にランクされるオフィシャルサポーター(同約15億円)となった。

新聞社はこうしたスポンサー契約をすることで、東京オリパラのロゴやエンブレムを自由に使えるようになる。また、国際オリンピック委員会(IOC)や東京オリパラ組織委員会などへの情報アクセスを確保し、五輪報道を手厚くすることで広告収入のアップも図れる。

大手新聞社はきっと自らが日本を代表するメディアであるとの自負心とステータス、さらには他社との横並び意識からもスポンサー契約に踏み切ったことだろう。世代的に新聞社幹部が1964年の東京五輪大会の再現に純粋に夢を見た面もあったのかもしれない。

●新聞社の本社に行けばよく分かる

「うちの社のロビーには五輪を応援する大きな垂れ幕が下がっている。外からも見える。なので、他社と同じ穴のムジナです」。読売新聞に勤める知人の記者はこう語った。

筆者は5月24日、その事実を確認するため、東京・大手町にある読売新聞本社ビルに足を運んだ。確かに正面口には「読売新聞は東京2020大会を応援しています。」と書かれた巨大な垂れ幕が掲げられていた。

東京・大手町にある読売新聞本社ビル正面口には「読売新聞は東京2020大会を応援しています。」と書かれた巨大な垂れ幕が掲げられている(高橋浩祐撮影)
東京・大手町にある読売新聞本社ビル正面口には「読売新聞は東京2020大会を応援しています。」と書かれた巨大な垂れ幕が掲げられている(高橋浩祐撮影)

これを日々目にしていれば、さすがに五輪の批判記事を書きにくくなるだろう。こうした掲示は読売新聞だけなのだろうか。

毎日新聞本社がある東京・竹橋のパレスサイド・ビルディングにも足を運んだ。読売新聞ほど巨大な垂れ幕はなかったものの、正面口にひっそりと「毎日新聞社は東京2020オリンピック・パラリンピックを応援しています。」との掲示がしてあった。照れくさそうに少しひな壇に隠れていた。

毎日新聞本社の正面口には東京オリパラ大会を応援する掲示がある(高橋浩祐撮影)
毎日新聞本社の正面口には東京オリパラ大会を応援する掲示がある(高橋浩祐撮影)

ただ、毎日新聞の場合は正面口だけではなく、本社があるパレスサイド・ビルディング各所に五輪関連の垂れ幕やポスターが数多く掲示されている。

毎日新聞本社が入るパレスサイド・ビルディングには五輪関連の垂れ幕やポスターが多数掲示されている(高橋浩祐撮影)
毎日新聞本社が入るパレスサイド・ビルディングには五輪関連の垂れ幕やポスターが多数掲示されている(高橋浩祐撮影)

毎日新聞本社が入るパレスサイド・ビルディングには五輪関連の垂れ幕やポスターが多数掲示されている(高橋浩祐撮影)
毎日新聞本社が入るパレスサイド・ビルディングには五輪関連の垂れ幕やポスターが多数掲示されている(高橋浩祐撮影)

朝日新聞も例外ではない。東京・築地にある本社受付前には「朝日新聞社はオフィシャル新聞パートナーとして東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を応援しています。」と書かれたプラカードがあった。なぜかガラス扉越しに正面ロビーの通路側ではなく、受付内側に見えるように置いてあった。

朝日新聞本社の受付前には東京オリパラ大会を応援するプラカードが置いてある(高橋浩祐撮影)
朝日新聞本社の受付前には東京オリパラ大会を応援するプラカードが置いてある(高橋浩祐撮影)

朝日新聞本社の受付台には東京オリパラ大会公式マスコットの「ミライトワ」(五輪)と「ソメイティ」(パラリンピック)のぬいぐるみが置いてあった。

朝日新聞本社の受付には東京オリパラ大会公式マスコットの「ミライトワ」(五輪)と「ソメイティ」(パラリンピック)のぬいぐるみが置いてある(高橋浩祐撮影)
朝日新聞本社の受付には東京オリパラ大会公式マスコットの「ミライトワ」(五輪)と「ソメイティ」(パラリンピック)のぬいぐるみが置いてある(高橋浩祐撮影)

大手町にある日経新聞本社の受付台にも、東京オリパラ大会を応援する同じようなプラカードが、ミライトワとソメイティのぬいぐるみとともに置いてあった。日経関係者によると、以前は本社ビルに垂れ幕やポスターが掲示されていた。それがいつの間にかに受付にキャラクター人形を飾る程度に変わったという。五輪開催に冷めているスポンサー企業のムードを如実に反映しているとみられる。なお、日経新聞は朝日新聞と違い、受付前など建物内での撮影を一切認めなかった。

●大手新聞社の記者たちの名刺にも五輪ロゴ

大手新聞社の五輪との関わりは建物内の掲示だけではない。記者たちの名刺にも「オフィシャル新聞パートナー」であることが明示されている。

「オフィシャル新聞パートナー」であることを示す朝日、日経、毎日の各新聞記者たちの名刺。名前や役職は筆者が黒塗りにして伏せた(高橋浩祐撮影)
「オフィシャル新聞パートナー」であることを示す朝日、日経、毎日の各新聞記者たちの名刺。名前や役職は筆者が黒塗りにして伏せた(高橋浩祐撮影)

朝日新聞の元記者で今は経営幹部の知人は筆者の取材に対し、名刺には五輪のロゴ入りとロゴが入っていない2種類があると言い、4月からはロゴ入りでない名刺を選んで使っているという。

「(東京五輪を)盛り上げようって空気はあんまりないですね。やるの?やらないの?って感じです。ご指摘のとおり、(朝日は)止めるべきだとも言い切れてませんね…」。朝日新聞の知人はこう語った。

一方、前述の読売新聞の記者は「五輪はもうやる感じだけど、国民にはやり場のない怒りがある」と指摘し、「あと我々の歯切れの悪さもある」と嘆いた。

●新聞社が五輪スポンサーになるのは初めてではない

実は新聞社が五輪のスポンサーを務めるのは、今回の東京オリパラ大会が初めてではない。2000年開催のシドニー夏季五輪でオーストラリアのデイリー・テレグラフ紙の「ニュース・リミテッド社」とシドニー・モーニング・ヘラルド紙の「フェア・ファックス社」の大手2社が、シドニー五輪の国内スポンサーとなった。新聞社が五輪のスポンサーとなったのはこの時が初めてだった。

当時の内外の記事を見ると、報道の独立性を求められる新聞社が、五輪運営の内部に取り込まれることで、報道の自由や公正さが脅かされるのではないかと心配する声が少なくなかった。今、まさに日本のメディアが問われている重大な点である。

巨額の放映権料を支払うテレビも同じように報道の独立が試されている。国際的なジャーナリストの団体「国境なき記者団」による2021年の世界報道自由度ランキングで日本は67位にとどまっている。国内メディアを見つめる世界の目は厳しい。報道の独立性の欠如は、ソフトパワーとしての対外的な日本の大きなイメージダウンにもつながっている。

新型コロナウイルスとの厳しい戦いが続き、3度目の緊急事態宣言が発令されている中、IOCや政府、都などは7月下旬から開催される東京オリパラ大会をあくまで強行開催しようとしている。「コロナ禍でも強行開催」「何が何でも五輪開催」の姿勢を決して崩さない。世論調査やテレビの街頭インタビュー、SNSでの発言を見ると、IOC幹部の高圧的な数々の発言を目にし、多くの国民の間で「国民の命や健康よりもカネなのか」との思いが募っているようだ。

●ジャーナリズム魂の発揮を!

日本の大手新聞社が2016年に東京オリパラのスポンサー契約をした頃とは違って、今は予期せぬパンデミックで状況が一変したはずだ。スポンサーに留まりつつも、コロナ禍での五輪強行開催が正しいのかどうか、自らの判断を社説などで積極果敢にもっと示せるはずだ。それは決して「自己矛盾」ではないだろう。状況の変化による軌道修正はどんな場合にも必要なはずだ。

ジャーナリズムは畢竟(ひっきょう)、民主主義や市民生活を守るためにあると筆者は思っている。日本メディアには大事な局面で最後の最後までジャーナリズム魂を発揮してほしいと願うのは筆者だけであろうか。

(参考記事)

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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