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日本の防衛産業はパチンコ産業の1割以下――日本学術会議は軍事研究という「学問の自由」を認めないのか

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
東京・六本木にある日本学術会議(写真:西村尚己/アフロ)

日本学術会議の問題が連日、世を賑わせている。

任命を拒否された6人の学者はいずれも、安全保障関連法や特定秘密保護法など菅内閣が引き継ぐ安倍前内閣の政策に反対してきた。さらには、6人のうち3人が日本共産党とのつながりが深い民主主義科学者協会(民科)法律部会の元幹部だ。

●少数意見を尊重するのが民主主義

官邸としては、こうした自らの政策に反する左派系の学者を日本学術会議から排除したかったとみられる。しかし、民主主義社会というのは、たとえどんなに意見が違っていても、少数意見を尊重すべきものだ。異論や反対意見は時に政策を研ぎ澄ます。その意味で、官邸があたかも問答無用の説明なしで、任命を拒否したのはいただけない。

ただし、2017年に軍事技術の研究に否定的な声明を出した日本学術会議に対し、官邸が苛立ちや憤りを募らせるのはよく理解できる。なぜなら、客観的に見ても、国民の生命と財産を守るべきはずの日本の防衛産業の基盤がかなり弱体化してきているからだ。

●防衛生産額は全工業生産額のわずか0.5%

防衛問題に詳しくない読者も多いと思うので、改めて日本の防衛産業の概観を説明したい。

データで示すと、日本の国内総生産(GDP)は現在、500兆円程度だ。そして、全工業生産額が331兆8094億円になっている(注1)。このうち、防衛に関する生産額(以下、防衛生産額)は、全工業生産額のわずか0.5%にすぎない約1兆7000億円にとどまっている(注2)。

日本の防衛予算が5兆円強なのだから、防衛生産額がその予算制約内の1兆7000億円程度であるのは理解できる。

●防衛生産額はパチンコ産業のわずか8.5%

その一方、公益財団法人・日本生産性本部の余暇創研が今夏に発表した『レジャー白書2020』によると、日本のパチンコ・パチスロ産業は20兆円規模に達している。つまり、国の大事な安全保障を担うべき日本の防衛生産額が、パチンコ・パチスロ産業のわずか8.5%(=1兆7000億円÷20兆円)にとどまっている。

日本の防衛産業がパチンコ・パチスロ産業の1割にも満たないということはいったいどういうことか。これは日本が平和だからこういう状況になっているのか。あるいは、アメリカからF35戦闘機やオスプレイ、グローバルホークなどを爆買いし、アメリカの防衛装備品に大きく依存してきたからこうなっているのか。あるいは、日本はアメリカの「核の傘」に守られ、アメリカに安全保障を委ねてきたから、防衛生産額が低く抑えられてきたのか。

●日本は対GDP比で防衛費の支出が少ない

ストックホルム国際平和研究所によると、2019年の世界の防衛支出は1兆9170億ドル(約200兆円)で、アメリカがその38%を占める。アメリカに次ぐ中国は13.6%を占める。

日本は、他の先進国・地域比べても、対GDP比で防衛費の支出がかなり少ない。同じストックホルム国際平和研究所の2019年のデータによると、以下のようになっている。

米国   3.4%

ロシア  3.9%

韓国   2.7%

英国   1.7%

ドイツ  1.3%

中国   1.9%

日本   0.9%

アメリカのトランプ大統領は北大西洋条約機構(NATO)加盟各国に、国防費の対GDP2%の目標達成を強く求めてきた。これを受け、加盟国30カ国中、10カ国が2020年に2%を超える見通しだ。フランスとノルウェー、ルーマニアが新たに2%に達する。

世界の主要国に比べ、日本は防衛費が対GDP比で0.9%とかなり低い。この分、社会保障など他分野により多くの予算をつぎ込むことができ、恵まれてきたと言えるのかもしれない。

●日本の防衛産業はもっぱら国内市場向け

日本の防衛産業基盤の現状に話を戻そう。2020年度の防衛白書によると、日本の防衛企業の防衛需要依存度(会社売り上げに占める防衛関連の売り上げ比率)は平均5%程度で、多くの企業で防衛事業が主要な事業となっていない。

日本の防衛産業はもっぱら自衛隊向けに装備品を生産することを前提に育成されてきたため、コスト面でも技術面でも国際競争力の欠如が大きな課題となってきた。小松製作所が2019年2月、開発費の高騰などで採算に乗らないとして陸上自衛隊の装輪装甲車の開発からの撤退を表明したことは記憶に新しい。

日本政府が2014年4月に「防衛装備移転三原則」を閣議決定するまで、日本の防衛企業は防衛装備品の輸出は禁止され、市場が国内に限定されてきた。国際共同開発や生産への参加も難しく、世界の先端技術の習得もままならない状況が長らく続いてきた。戦後の禁輸体制の下、日本の防衛産業には独力で最先端の防衛装備品を開発するだけの民間ノウハウも技術も財政余力も失われてきた。

このことは、コロナ禍とは言え、最近では三菱重工業が国産ジェット旅客機「スペースジェット」(旧MRJ)の開発を事実上凍結するとのニュースでも改めて浮き彫りになった。この事業は、三菱重工業が主契約企業となる航空自衛隊のF2後継の次期戦闘機へのスピンオフ効果が期待されてきた。防衛装備品の輸出を緩和する「防衛装備移転三原則」の2014年の閣議決定を受け、日本の国際競争力を高めるけん引役の事業になると関心を集めていた。

いずれにせよ、日本はこの新たな「防衛装備移転三原則」によって、武器と関連技術の海外移転を原則として禁じてきた長年の禁輸政策を転換した。そして、米英などとの防衛装備品の本格的な共同開発に踏み出した。

●鎖国状態では軍事技術は取り残される

思えば、平和を享受しながら鎖国政策がとられていた江戸幕府時代末期、かりに薩長が英仏から軍事技術をいち早く取り入れず、富国強兵に先陣を切っていかなければ、日本は世界列強の仲間入りどころか、清のように列強の侵略を受けていたかもしれない。海外との協力や連携がない鎖国状態では、防衛装備品をめぐる軍事技術の向上はどうしても取り残されてしまう。

日本では、防衛技術の維持確保を含め、防衛生産の製造業の現場強化に国民がもっと関心を寄せてもいいはずだ。でなければ、アメリカの防衛装備品をいつまでも買わされ続け、ATMのごとくお金を出し続けてしまう。アメリカが装備品輸出を絡めた安全保障策を交渉のカードにして、貿易分野などいろいろな場面で日本に妥協を迫ってくることも十分にあり得る。アメリカの防衛装備品に大きく依存すれば、ただでさえ日米安保で日本の外交が対米追従と国際的にみなされている中、日本の自立が常に問われることにもなる。

さらには、アメリカを筆頭とする海外からの大量の武器購入は、国内防衛産業のさらなる縮小を招き、ひいては日本の軍事技術の劣化にもつながる。アメリカからの爆買いはアメリカの雇用を増やすばかりで、日本の雇用を失わせる。

筆者はアメリカに2度留学し、決して反米ではない。日本に独立自尊の精神を持って、毅然と独自外交を展開してもらうためにも、防衛産業の基盤強化が必要だとあえて言っているだけだ。

●日本学術会議「軍事研究反対の声明を継承」

日本学術会議は2017年3月に発表した軍事研究に関する声明の中で、「1950年と67年に出した軍事研究反対の声明を継承する」と明確に述べている。そして、防衛装備庁が装備品の開発につなげるため大学などに研究資金を出す「安全保障技術研究推進制度」について、「軍事研究に当たる」と批判してきた。

しかし、インターネットでも、AIでも、ドローンでも歴史的に先端技術は民生用にも防衛用にもどちらでも使うことができるデュアル・ユース技術となっている。日本学術会議はどこまでを軍事研究とみなすのか。欧米の大学では珍しくない戦争学や軍事学も、日本学術会議の目からしたら、軍事研究の範囲に入ってしまうのだろうか。その線引きがあいまいだ。

●自主防衛強化のために大学も先端技術の研究を

今や、アメリカでも、イギリスでも、オーストラリアでも、国防当局が先進的な民生技術の取り込みを目的として、民間の技術研究開発に資金を提供している。日本と同じ敗戦国のドイツも、国防省が大学を活用し、民生技術の積極的な活用に努めている。産官学が相まってこそ多様な先端技術の効果的な融合と向上ができる。

戦後75年、日本が平和国家としての歩みを進めてきた中でも、中国や北朝鮮など周辺国からの軍事的脅威がぐっと高まっている。ナイーブではいけない。現実を直視しないといけない。財政難の日本でも、税金で運営される大学や研究機関には、少しでも自主防衛力を高めるために先端技術の研究に取り組んでほしいと思うのは筆者だけだろうか。

【参考】

(注1)経済産業省の2019年工業統計調査によると、2018年の製造品出荷額等は331兆8094億円。

(注2)防衛装備庁によると、防衛装備品等の調達額の状況における2018年度の国内調達額は1兆6970億4900万円。内訳は中央調達が1兆73億7000万円、地方調達が6896億7900万円となっている。

米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。ホリプロ所属。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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