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トランプ大統領の北朝鮮先制攻撃は演技だった――アメリカ前国連大使、新著でトランプ政権の手の内ばらす

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
辞任を表明した2018年当時のヘイリー米国連大使(左)。2018年10月9日撮影(写真:ロイター/アフロ)

アメリカはすぐにでも北朝鮮を先制攻撃する――。朝鮮半島情勢が緊迫する中、2017年当時、日本ではこんなテレビのコメンテーターの発言や報道が相次いだ。アメリカが北朝鮮を攻撃すると心から信じていた人もいるかもしれない。

しかし、アメリカのニッキー・ヘイリー前国連大使(47)は11月12日に刊行した新著『WITH ALL DUE RESPECT(お言葉ですが)』の中で、トランプ大統領が2017年当時、あえて「狂人」を演じ、北朝鮮に圧力を加えていた事実を暴露した。

トランプ大統領が信奉し、実践してきた交渉戦術の「マッドマン・セオリー(狂人理論)」の化けの皮が元側近によって剥がされたと言える。アメリカによる北朝鮮攻撃や米朝開戦Xデーを信じていた人々には、ぜひ読んでいただきたい本だ。

●「トランプ大統領の挑発発言は役立った」

筆者は早速、アマゾンのサイトで、ヘイリー氏の新著の電子版を購入し、電子書籍リーダーのKindleで読んだ。

トランプ大統領が2017年8月8日、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮に対し、「炎と怒りに直面する」と警告したことは多くの人々から批判された。しかし、ヘイリー氏は本の中で、自らが平壌への「最大限の圧力戦略」を展開するうえで、トランプ氏の挑発的な発言が役立ったと明かしている。

特に北朝鮮が同年9月3日に水爆実験を強行後、国連の場で平壌への追加制裁を交渉する際に都合よく利用した、と述べている。

トランプ大統領は北朝鮮と対峙するため、狂人理論を駆使したと明かしたニッキー・ヘイリー前米国連大使(写真:ロイター/アフロ)
トランプ大統領は北朝鮮と対峙するため、狂人理論を駆使したと明かしたニッキー・ヘイリー前米国連大使(写真:ロイター/アフロ)

本の中では、トランプ大統領がヘイリー氏に述べた生々しい言葉が紹介されている。

トランプ大統領はヘイリー氏に「『たった今、大統領と話してきた』と彼らに言え」と指示。そのうえで、「(軍事行動を含めた)すべてのオプションが交渉のテーブルの上にあると彼らに言え。私は狂気であると彼らを信じさせろ」と命令した。ここで言う「彼ら」とは、中国をはじめとする北朝鮮への追加制裁を決議する国連安全保障理事会のメンバー国だ。

ヘイリー氏の説明はさらに続く。

「これは、ヘンリー・キッシンジャーが言うところの『狂人理論』である。私は中国に対し、『あなたたちの不安を理解している』と安心させた。中国は朝鮮半島で危機が発生するのを望んでいなかった。私は中国に『危機を回避するために、あなたたちの力になれます』と言った。『しかし、私があなたたちの力になれないことがあります。それはもしあなたたちが私たちに協力しないのであれば、大統領は勝手に単独行動しないと私が約束できないことです』」

そして、ヘイリー氏は「トランプ大統領はその計画に合うように演技をしていた」と指摘、大統領が過激で挑発的なツイッターを通じて、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)委員長と直接コミュニケーションを取ったと明かしている。

結局、中国は2017年9月下旬、国連安全保障理事会決議に基づき、ガソリンなどの石油精製品の輸出制限をはじめとする北朝鮮への制裁措置を実行することを決めた。強硬策を主張するアメリカに歩み寄り、北朝鮮への圧力を強める姿勢を鮮明にしたのだ。

トランプ米大統領と会談したキッシンジャー元国務長官。2017年10月10日撮影(写真:ロイター/アフロ)
トランプ米大統領と会談したキッシンジャー元国務長官。2017年10月10日撮影(写真:ロイター/アフロ)

●狂人理論とは

ヘイリー氏が述べた「狂人理論」とは、トランプ大統領が尊敬しているニクソン元大統領の重宝していた外交交渉戦略だ。

ニクソン元大統領の首席補佐官だったハリー・ハルデマン氏は、自らの回顧録『The Ends of Power』の中で、ニクソン氏が「狂人理論」について次のように語ったことを打ち明けている。

「私が戦争を終わらせるためなら、どんなことでもやりかねない男だと、北ベトナムに信じ込ませて欲しい。彼らにほんの一言、口を滑らせればいい。『ニクソンが反共に取りつかれていることは知っているだろう。彼は怒ると手がつけられない。彼なら核ボタンを押しかねない』とね。そうすれば、2日後にはホーチミン自身がパリに来て和平を求めるだろう」

ニクソン氏の策略通り、アメリカはパリ和平会議で北ベトナムにアメリカ側の条件を承諾させることに成功した。

トランプ氏も大統領就任以来、ミサイル発射の挑発行動を繰り返す北朝鮮に先制攻撃をちらつかせながら、この狂人理論を実践してきた。トランプ氏は、予測不可能で型破りな異端児との自らの悪評を利用し、2017年当時、敵対国の北朝鮮をおじけづかせて譲歩するよう追い込んでいたのだ。

●トランプ大統領は計算ずく

ヘイリー氏の新著では、このほかにも北朝鮮関連で興味深いエピソードが描かれている。

トランプ大統領は国連総会デビューした2017年9月の演説で金正恩委員長を「ロケットマン」と呼んで挑発した。

トランプ大統領はその数日前にヘイリー氏に、「国連総会で金正恩を『リトルロケットマン』と呼ぶことについてどう思うか」と質問。これに対し、ヘイリー氏は「国連総会は教会のよう」と答え、「聴衆は真剣で、彼らはそのような言葉には慣れていない」と大統領を諭した。

しかし、トランプ大統領は結局、「ロケットマンは自分自身とその体制に対する自殺行為に及んでいる」と壇上で述べた。

ヘイリー氏は「彼は大統領だ。彼がしたいと思うことは、彼は実行するのだった」と振り返っている。

米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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