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開幕一軍争う160キロ左腕・ホークス古谷優人は、なぜクイックで投げ始めたのか

田尻耕太郎スポーツライター
期待の若鷹(筆者撮影)

キャンプで好調もオープン戦で苦闘

 今が正念場だ。

 ホークスの4年目左腕、古谷優人投手が開幕一軍入り、そして悲願の公式戦一軍デビューに向けてオープン戦に臨んでいる。

 昨年まで一軍実績はなし。しかし、昨年5月の三軍戦で日本人左腕初の160キロをマークしたり、オフの台湾・アジアウインターベースボールリーグで好投(5試合4先発1勝0敗、防御率1.37)したりしたことで、今春の宮崎キャンプでは自身初のA組に抜てきされた。

 好アピールも続けた。キャンプ序盤の2月3日に行われたフリー打撃で152キロをマークし、安打性の当たりはわずか2本しか許さなかった。8日のシート打撃では打者9人と対戦して被安打ゼロ、5奪三振。そして13日の紅白戦では153キロ直球に加えて変化球の制球も良く、2回を打者6人で完ぺきに片づけた。

 だが、オープン戦に入って苦戦を強いられている。23日のチームのオープン戦初戦のオリックス戦(SOKKEN)に3イニングの予定で登板したが2回6四球4失点の大乱調で降板となった。

「緊張もあったみたいだね。でもポテンシャルは高いんだし、まだチャンスはある。挽回してほしい」と工藤公康監督にフォローされるあたり、相当な期待を込められているのは明らかだ。

暴投がバックネット下に直撃

 その言葉どおり福岡PayPayドームでの初戦だった2月29日の阪神戦でも五回から2番手でマウンドに上がった。阪神の木浪に対していきなり154キロの剛速球を投げ込む。しかし、球は大きく抜けて吹き上がり、捕手のミットにかすることもなくバックネット下のフェンスにノーバウンドで直撃した。

 制球が定まらずに3ボール1ストライクから結局フォアボールでいきなり出塁を許した。制球難は古谷にとって最大の課題である。この回はその後走者を一塁に置いた状態でのピッチングとなり、ずっとクイック投法で投げることになった。

 続く六回もマウンドに上がったが、自慢のストレートは150キロをなかなか超えない。この回は走者がいなくても右脚を上げずにクイックモーションで投げていたのがその原因だった。この回にソロ本塁打を浴びて失点こそしたが、フォアボールは出さなかった。古谷は一つの手ごたえを感じていた。

「今はクイックの方が、リズムが合う。最後、ボールを離す瞬間に押す感覚があるんです」

 右脚を上げて投げる際に投球フォームが乱れることを自覚していた。要因は様々だろう。今季の好調の理由に「自主トレで一日10キロのランニングをしたり、しっかりトレーニングをしたことで下半身が強くなった」と語っていたが、独特の緊張感の中でキャンプを過ごした疲れがどっと出ているのかもしれない。体が疲労すると、最も器用な手先を使いたがる。それが左腕の無駄な力みを生んでいる可能性もある。

「どうしてもコントロールに不安が出ると、キャッチャーミットを覗き込みたくなるんです。すると顔だけが前に突っ込んで腕がついてこない。腕が遅れてしまいボールが抜けたり、合わせに行って暴れたりしてしまうんです」

 3月3日のヤクルト戦(PayPayドーム)では2回を投げた。すべてクイックモーションからの投球で、結果的には2回無安打無失点、1四球にまとめてみせた。この日150キロを超えたボールは1球もなかった。

 一軍に生き残るために、結果は最優先される。なにより大事だ。しかし、このスタイルで良かったのかと投球を見ながら寂しい気持ちになったのも本音だ。

ライバルが見せたマウンドの姿

 古谷が投げ終わったタイミングで、直後のマウンドに上がったのはヤクルトの長谷川宙輝だった。同級生、同期ドラフト、同じ左腕。背丈も似ている。昨年までソフトバンクの育成だった長谷川は、同じチームのライバルだった。

 長谷川もまた、この日のマウンドでは苦戦していた。途中で同じようにクイックモーションで投げることを試していた。しかし、長谷川の場合は少し感覚を取り戻したと感じると、また右脚を上げて投げてみたり、納得いかなければクイックをしてみたりと工夫をしていた。古谷にもそれくらいの“余裕”が欲しかった。結果を求められる中なので、酷なのは承知ではあるが……。

 苦心のマウンドの中で無失点投球を見せた古谷は、次回はファーム戦で登板する可能性がある。

「ただ、今日工藤監督に言われたんです。『秋に話したこと覚えているか?』って。秋のキャンプで右脚を上げた時に一塁方向に視線をやって、それから捕手方向を向きなおして投げるやり方を教わったんです。そうすれば、頭が捕手の方に突っ込むのが改善されると思います。次の練習からやってみようと思っています」

 何事も一朝一夕に出来ることはない。悩みだって、これからの実となる。

 ロマンあふれる160キロ左腕が確かな力をつけてホークス投手陣の中心に座る時が来れば、このチームの黄金期はまだしばらく続くはずだ。

スポーツライター

1978年8月18日生まれ、熊本市出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。卒業後、2年半のホークス球団誌編集者を経てフリーに。現在は「Number web」「文春野球」「NewsPicks」にて連載。ホークス球団公式サイトへの寄稿や、デイリースポーツ新聞社特約記者も務める。また、毎年1月には千賀(ソフトバンク)ら数多くのプロ野球選手をはじめソフトボールの上野由岐子投手が参加する「鴻江スポーツアカデミー」合宿の運営サポートをライフワークとしている。2020年は上野投手、菅野投手(巨人)、千賀投手が顔を揃えた。

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