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白血病と偽った男性ピアニストへの判決!2000万円以上を騙しとられた20代女性の魂の叫び(後編)

多田文明詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト
(写真:イメージマート)

当時、人気の音楽配信者であった自称・ピアニストの男(河野孝典被告)と音楽配信アプリをきっかけに、20代女性(仮名・佐藤さん)は出会います。そして男から「自分は白血病だ」と噓をつかれて、未承認薬の治療費などを名目に、昨年2月から1年間で2000万円以上を騙し取られました。その内、777万円余りを騙し取った容疑で男は起訴されます。

有罪判決が下る

今月16日、名古屋地方裁判所にて判決がありました。4年6か月(検察の求刑は5年)の有罪判決。これを受けて、被害を受けた佐藤さんは「罪があまりにも軽すぎる。また出所したら、詐欺を繰り返すのではないか」と複雑な胸の内を吐露します。

彼女は多額のお金を取られて、精神を病んで何度も自殺未遂をするほどに心が追いこまれています。今年1月、次のようなこともあったと話します。

「私が仕事をしていると、突然河野から『トイレで吐血をしてしまった。助けてほしい』というメッセージが入りました。『白血病が再発したのだろうか』と焦るような気持ちで、休憩時間中に家に戻りました。彼は部屋のなかで、暴れて苦しんでいました」(佐藤さん)

彼女は「このままでは死んでしまうかもしれない」と思い、救急車を呼ぼうとします。すると、男はそれを止めます。

「救急車を呼ぶと、お金がかかってしまうから呼ばないで。お金もう無いでしょ?この苦しみを抑えるためには、快楽しか方法がないんだ!」と苦しむ様子を見せながら、無理矢理、性行為を求めてきました。

しかし彼女にはそんな気持ちはありません。というのも、数か月前から、彼女の心には男が「自分を騙しているかもしれない」という思いがあったからです。

彼女は「いやだ」と拒否をしますが、男は引き下がりません。男の力には、かないません。押し倒されます。「嫌だし、怖い。しかし抵抗もできない。強姦されている気持ちのなかで、我慢するしかありませんでした」(佐藤さん)彼女は涙を浮かべてただ耐えました。

「犯罪者かもしれない男から無理矢理に犯されている状況に絶望して、心がボロボロになりました」(佐藤さん)

目を覚まして!詐欺だ!すぐ警察だ!

放心状態のまま、佐藤さんは職場へ戻ります。しかし、憔悴しきった彼女の様子を見た会社の人が心配して声をかけてきます。

「どうしたんだ」

彼にされた一連のことを話すと「吐血している状態で、救急車を拒む奴なんていない!目を覚まして!詐欺だ!すぐ警察だ!」と必死に説得してくれました。しかし彼女はまだ混乱しています。

「頭では、詐欺だと分かっているけれど、婚約者を信じたい気持ちもありました。その後、河野が通っているという病院に電話をかけて、彼の話す担当医師が存在するかの確認を取りました。そんな人物は存在していないことがわかりました」(佐藤さん)

ようやく彼女は詐欺に遭っている事実を理解でき、警察に通報します。警察からも「再び襲われる身の危険もある」ということで「祖母の体調がよくない」と男には言って、彼女は実家に戻ることになりました。それ以来、彼女は男に会っていません。

「苦しいよ、助けて、死にたくない」

男は様々な演技をして、彼女を信じさせてきたといいます。

「よろよろと歩き、震え出す。『視界がぼやける。頭痛、腹痛、喀血した。血便、血尿がでた。眠れない』などと体の不調を訴えて『苦しいよ、助けて、死にたくない』という話もしてきました。それを見て、頼れる人が私以外にいないのだと思ってしまいました」(佐藤さん)

「病院の先生からは、本来ならば入院しなければいけない。再発してしまう危険な状態だと言われたと、涙を流します。もう嫌だ。怖い死にたくない!」と暴れ出します。その様子を見て「このままでは、彼が死んでしまう」と彼女は思い、治療費を出し続けました。

家族からも多額の借金

彼女はすでに消費者金融で借りさせられて、借金ができない状況でしたので、21年夏に母と姉にお金の工面について相談します。そして母と姉が、佐藤さんと男の住むマンションにやってきて、家族会議を行います。

「男はここでも、自分が白血病であることを演じて、母親と姉を騙しました。河野が白血病の治療費として騙し取ったのは約490万円です」(佐藤さん)

それでも「治療費が足りない」と言われます。「ついに、祖母が私のために貯めてくれていた、400万円まで渡してしまいました」と悲しそうに話します。さらに、別居している父親からも180万円のお金を借りてしまい、河野が騙し取った総額は2000万円以上に膨れ上がりました。

偶然、詐欺に気づく

今年1月初めのことでした。

「私も河野も、夏に新型コロナウイルスにかかって病院に行ったのですが、ある時、部屋の掃除をしていると、その時の血液検査などの診断書が出てきました。そこにあった、生年月日を見て驚きました。生まれた年を10歳も偽って、私に教えていたのです」

男は36歳と言っていましたが、実は46歳であることを彼女は知り、不信感が芽生えます。

それでも彼を信じたい気持ちのあった彼女は周りの人たちに相談します。その意見は様々でした。「言い出しづらかっただけではないのか?」「嘘をついている。詐欺だよ。きっと。調べた方がいい」などのアドバイスをもらいます。

そこで、男が外に行っているうちに、こっそりカバンのなかを覗いてみることにしました。すると、女性名義のキャッシュカードが出てきました。しかし男は、この女性を「仕事関係を任せている社労士」と言っていたので、仕事仲間の可能性もあり、詐欺との確証はつかめませんでした。さらに、携帯代金の領収書が出てきて、これも同じ女性名義になっています。

「携帯代金まで、彼女名義?」これにより、彼女の不信感が一気に高まります。

もし自分が使う目的以外で、他人にキャッシュカードを譲り渡して使用させていたとすれば、名義を貸した女性自身も、犯罪収益移転防止法違反に問われる可能性があります。さらに、今回の20代女性への詐欺行為が、この女性名義のスマートフォンで行われていたとすれば、携帯電話不正利用防止法に抵触する恐れも出てくると考えます。

強姦容疑としての被害届は難しい……

詐欺の可能性が高まり、佐藤さんの心が離れいく中で、仕事中に男から「吐血をしてしまった」との連絡を受けて、自宅に戻ります。そして冒頭の出来事が起こります。

「私がおかしいと思ったのは、吐血をしたトイレの床をみましたが、何も異変がなく、これは嘘だと直感しました」と佐藤さんは話します。

「もう彼を信じられない」と混乱するなかで、男は彼女に襲い掛かるようにして、無理やり性行為を迫ってきたのです。

後に、佐藤さんは強姦容疑としての被害届を出したいと相談しましたが、捜査関係者からは彼女が男と一緒に住んでいることもあり、この件は罪には問えないとのことでした。しかし彼女にとって、この一件は精神的に破綻をきたすほどの大きな心の傷になっています。

「白血病と嘘をつかれて、人生を台無しにされました。本当に白血病で苦しむ人たちがいるなかで、病気を装ってお金を騙し取る行為を、私は絶対に許すことはできません。何より、家族みんなの金と時間を奪い、人生を狂わせてしまったことを、本当に悔いています」

彼女は夜も眠れず、自分を攻めてしまう毎日が今も続いているといいます。それでも、被害の声をあげてくれました。

その理由を尋ねると、4年間騙され続けて、すべてを失いました。「はっきり言って殺したいほど…」被害女性の赤裸々な告白の記事を読んだからだと話します。

「自分だけが被害者ではないんだと再確認できました。そして、しっかりと自分の事件と向き合わなければという気持ちにもなりました。もちろん、私の恥を世間にさらすことは嫌ですし苦しいことですが、それ以上に同じような被害に遭う方を1人でも減らしたい。こうした人物がもしかすると身近に存在しているかもしれない。私の被害を知ってもらうことで、誰かの被害を防ぐことができれば」とも話します。

ひとつの勇気が次の勇気を生み出し、被害者が泣き寝入りしない社会を作り出していく。ネットにはそうした大きな力が秘められていることを感じる瞬間でもありました。

刑事裁判における、彼女の魂を込めた意見陳述

佐藤さんは、河野被告への厳罰を求めて、苦しい胸の内を裁判長に向って訴えました。最後に、少し長くなりますが、彼女の言葉を一部、したためておきます。

「河野と生涯を共にしていくものだと信じていました。だからこそ、河野が病気で苦しそうにしているときには、大切なお金であっても、私が助けてあげなければいけないと思っていました。河野が死んでしまいそうなくらい苦しそうにしている様子を見て、私が治療費を援助してあげなければ『大切な人を殺してしまうかもしれない』という、強迫観念に駆られました。婚約者が死んでしまうということが本当に恐くて、私は、河野の言う通りに治療費を貸しました。私には、過去に白血病の知人を介助していた経験があり、白血病の苦しさを身近で見ていたからこそ、河野のことも助けてあげなければならないと思っていましたが、私がそのような思いを抱いていることにも、河野はつけ込んできました。私は、白血病と闘い、生きるために必死に努力している人を詐欺に利用することが、たまらなく悔しいです」

「河野のせいで、自分の店を開くという夢を潰され、借金まで背負わされ、私にはもう夢も希望もありません。騙し取られたのは私のお金だけではありません。私の母と姉、家族からもお金を騙しとりました。母の老後の資金も、祖父母が私の将来のために、何十年もかけて貯めてくれていた大切なお金も、すべて河野は騙しとったのです」

「すべてが嘘だったのだと知ったとき、私が一番に責めたのは、自分自身でした。私が家族を頼ってしまったから、犯罪に巻き込んでしまったのです。私は、間接的に自分が家族を騙してしまったことになるのだと、自分自身を責めずにはいられません。祖父母が、私のためを思って、大切に貯めてきたお金だったのに。母は、私の前では気丈に振る舞ってくれていて、お金がなくなったことよりも、私のほうが心配だと言ってくれています。ですが、老後の生活のためのお金をすべて失ってしまって、平気なはずがありません。大切に育ててくれた母に恩返しをしたかったのに。私のせいで、家族が怖い想いをして大切なお金を失ってしまったんだと考えると、私は、生きている事が恥ずかしくなり、死んでしまいたい気持ちになります。この事件によってうつ病を発症し、何度も自殺未遂をしています。今も、精神科に通院中で、睡眠障害や気持ちの乱高下などの症状が続いています。母は、どんどん体調を崩していく私を可哀想で見ていられないと抱きしめて、涙を流しました。時間がたった今でも、何をして何を見て何を聴いていても、この事件のことを思い出してしまい、自分を責め攻撃してしまいます。なぜ気付く事ができなかったのかと、後悔してもしきれません。大好きな仕事をしていても、手につかず仕事になりません。街中で河野に似た背格好の男性を見かけるだけで、恐怖で身体が強張り、心臓がバクバクいって、その場で動けなくなってしまいます。私は、河野に『精神的に殺された』のです。心に刻まれた恐怖心は、そう簡単には癒えるものではません。私は生き地獄の中にいます」

「河野のせいで、借金を背負わされて、結婚という女性としての幸せも遠のき、さらには開業の夢も潰されて、もう未来も希望もありません。私のように精神障害を抱える被害者にとっては、とんでもない苦痛と恐怖を伴うことです。二度と河野に騙される人を出してはいけない、私のようなつらい想いをする人を増やしてはいけないと思います」

白血病と偽った男性ピアニストから、2000万円以上を騙しとられた20代女性の魂の叫び(前編)(多田文明) - 個人 - Yahoo!ニュース

詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト

2001年~02年まで、誘われたらついていく雑誌連載を担当。潜入は100ヶ所以上。20年の取材経験から、あらゆる詐欺・悪質商法の実態に精通。「ついていったらこうなった」(彩図社)は番組化し、特番で第8弾まで放送。多数のテレビ番組に出演している。 旧統一教会の元信者だった経験をもとに、教団の問題だけでなく世の中で行われる騙しの手口をいち早く見抜き、被害防止のための講演、講座も行う。2017年~2018年に消費者庁「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会」の委員を務める。近著に『信じる者は、ダマされる。~元統一教会信者だから書けた「マインドコントロール」の手口』(清談社Publico)

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