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白血病と偽った男性ピアニストから、2000万円以上を騙しとられた20代女性の魂の叫び(前編)

多田文明詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト
(写真:アフロ)

「自分の家族も巻き込んでしまい、本当に悔しいです」

20代女性は、男性の数々の嘘に翻弄されて、お金と体の要求にあらがうことができないまま、心を病んでしまうほどに追い詰められました。どのようにして、彼女は被害に遭ってしまったのでしょうか。

これから彼女自身被害者として裁判に向き合わなければならず、憔悴しきっているなかでしたが「自分のような被害者が、二度と出てほしくない」という強い思いから、事件について話してくれました。

「私をだました男は、河野孝典と言います。すでに『白血病のピアニスト』などといわれて、当時、逮捕の報道がされましたが、ご存じないでしょうか?」

この事件は記憶にあります。

今年1月「自分は白血病を患っている音楽家(ピアニスト)だ」と交際女性に噓をついて、治療費などの名目で35万円をだまし取ったとして、愛知県警により詐欺の疑いで46歳の男が逮捕されました。報道が流れて、筆者自身もワイドショーなどでコメントをした覚えがあります。彼女がこの事件の被害者だったことを聞き、とても驚きました。

「白血病の音楽家」女性から35万円詐取疑い 男を逮捕(2022/1/24 産経新聞)

ニュースでは35万円詐取の疑いですが、実際には、男から様々な嘘をつかれて、彼女の被害総額は2000万円以上になっています。

出会いは今から5年ほど前にさかのぼります。

音楽が好きな彼女(仮名・佐藤)は、ある音楽アプリに登録しました。ここでは自分が作った音楽や歌を投稿することができ、コメントを通じて音楽好きな人たちと交流できるようになっています。

「この時、河野はこのアプリでは有名な配信者でした」

男は、自分の楽曲を流すだけはなく、他の投稿者の曲をツイキャスで紹介する番組も配信しており、後に彼が彼女の歌を番組で紹介したことがきっかけで交流が始まりました。

しかし佐藤さんによると「自分の曲といいながら、実際にはYouTubeなどから他人の楽曲を抜き取って、自分のアカウントに投稿していたことが後にわかりました」とのことです。配信を聞いていた多くの人たちも、この時点ですでに彼にだまされていたことになります。

翌年の春頃にTwitterでも、つながります。

「この時、河野は36歳のピアニストで、各地方のライブハウスでピアノのミニコンサートを開き、海外での演奏経験もあると話していました。ピアノを教える傍ら、小中学校の非常勤の講師もしており、パソコンでつくった音源を売って収入を得ているともいっていました。しかし、後になってわかったのは、すべてが嘘でした」

しかし半年ほどが経って突然、男の番組の配信が終了してしまいます。それから、しばらくは男とは連絡が取れない状況となります。

2年たって、突然連絡がある

2年ほどがたった令和2年12月、再びTwitterのDMを通じて、男から連絡がきました。番組を終了した理由について、次のように話します。

実は、白血病の治療をしていたので、番組が終わってしまったんだ。現在は、寛解していて、大丈夫だ」

さらにその後、次のようなDMが送られてきます

「(君が)好きなんです。ずっと好意を持っていたけれど配信をしている立場上でなかなか伝えられなかった。白血病が寛解状態になったら告白しようと決めていたんだ。君の投稿を楽しみに、励みにして病気を乗り越えられたんだ。直接会ったことはないけれど、すごく支えてくれて助けられていた。それがいつの間にか恋愛感情に変わっていたことに気がついたんだ。もちろん結婚前提にお付き合いしたいと思っています。よかったら一度お会いしませんか?」(メッセージ文を一部、筆者省略・修正)

佐藤さんは、約2か月後、男に初めて会うことになります。

彼女は話します。

「今にして思えば、音信不通の期間は警察に捕まっていて、出所後、すぐに私をひっかけたのではないかと疑いました。その件を警察関係者に尋ねると『まあ、そういうことになるでしょうかねえ』と、あまりはっきりとは答えてくれませんでした」

公判にして事実経過が浮き彫りになる

先月の刑事裁判にて、その辺りの真相がわかってきました。

河野被告は佐藤さんにしたのと同じような詐欺を別な女性にしており、すでに「1年6か月の実刑判決」を受けていました。そして令和2年12月に仮出所します。まさに、この後に佐藤さんのもとに、彼から連絡があったわけです。

彼は令和3年1月30日にすべての刑期が終了していますので、翌月にはすぐに彼女のもとへ愛を告白するメッセージを送り、交際開始を図ったとみられています。

この点について、検察側からも「前回も同じような詐欺をしているが、今回も(出所後)すぐに行っていますね」と尋ねられて、河野被告は「出所したら、真面目に生きようと思ったが、反省が持続できなかった」と答えています。

そして佐藤さんに直接に会った日にも、彼は「君に好意を持っている」「つきあってほしい」と言います。この交際の求めに対して彼女は「あまりの熱意に断り切れなかった」と述懐します。

断れなかったのには、理由がありました。

彼女が断れなかった理由とは?

それは……白血病です。

すでに別れていますが、以前に婚約していたお義父さんが白血病で、彼とその家族が本当に看病に苦労していて、自らも婚約者として介助した経験を持っていました。その時の大変さが思い出されて、弱っている人を放っておけない気持ちだったのです。

「河野と何度も会ううちに、病気で苦労した、今の彼をサポートしてあげたい」そういう気持ちが強くなっていったといいます。

3回目のデートをした時のことです。

男は彼女に会うなり「財布を落とした」と話します。

慌てた様子で「財布にはキャッシュカードも、仕事のお金も入っていた。そのカバンが見つからない。警察署に紛失届を出している。お金が引き出せなくなっている」と話します。

そこで、彼女は4万円を貸しました。これが最初にお金を渡すきっかけになりました。

金の無心が始まる

一週間後、河野被告から「財布は見つかったけれども、中身のお金や身分証はなくなっていた」と、落胆した様子で連絡があります。

男はまずは「4万円を返す」というので会うことになります。そして一端、男は4万円を彼女に戻します。

「しかし河野が『生活費が手元にない』と言うので、仕方なく4万円をプラスして、8万円を貸してあげることになりました」(佐藤さん)

この後から、男の無心が始まります。

「自分の銀行の口座から、なぜか3200万円が消えてしまった。落とした身分証が悪用されたのかもしれないが、理由はわからないんだ。今、警察のサイバー課が動いている。実は、確定申告の時期で所得税がかかり、支払いが足りない。立て替えてもらえないか。収入が多い時は、1ヶ月200万円稼いでいるので必ず返せる」

さらに「音大時代に、何千万円もする、スタインウェイを買ったんだけれども、そのローン代が払えない」「部屋の家賃が払えない」と様々な理由をつけて、お金を要求します。

もうこの頃には、結婚を前提にして付き合っていたので、彼女はお金の要求を拒めない状況になっていました。彼女は、相手の窮状に同情し、貯金を取り崩して男に繰り返し渡します。金額は500万円以上に膨れ上がります。

「この貯金は、自分がお店を出す夢のために必死に働き、幼い頃からのお年玉や貯金箱など全てをかき集めきた大切なお金でした。」と悔しそうに話します。

「最初のうちには、借用書をくれました。しかし、総額600万円を貸したのを最後に、うやむやにされて、借用書さえも渡してもらえなくなりました」

もうすでに、彼女の貯金はつきてしまいました。

それでも男はお金を無心します。

彼女が「もうお金がない」というと「このところ体調が悪いので、白血病の治療費を貸してほしい」と言い、消費者金融からお金を借りるようにいってきます。

彼女が躊躇していると「このままでは俺は死んでしまう!」と、彼女の優しい気持ちに訴えかけてきます。

彼女は、過去の白血病で苦しんできた家族たちの姿を思い浮かべながら「このままでは、彼を殺してしまうことにもなりかねない」と思い、ついにお金を借りて男に渡します。

これが「自分は白血病を患っている音楽家だ」と交際女性に噓をついて、治療費などの名目で35万円をだまし取ったとしての最初の逮捕容疑になります。

この頃には、河野は彼女の家に転がり込んできて、一緒に住むようになっていました。彼女が、35万円を借りたのをきっかけに、白血病の治療代名目で、次々にお金を借りるように仕向けてトータルで70万円ほどを借りて、彼に渡します。彼女の所得から借り入れ可能な限度額いっぱいを借りさせられたのです。

今回、刑事裁判で起訴されている内容も最初の逮捕容疑となった、消費者金融からの借り入れ35万円、次の26万円に加えて、さらに彼女の貯金から出したお金を含めて570万円と104万円をだまし取ったとしての起訴、さらに母と彼女の母と姉からお金をだまし取った分の103万3000円での追起訴もなされています。総額777万円を超える被害です。

これは起訴された分だけです。実際には佐藤さんによると、21年2月から1年間で手渡した回数は80回以上に及び、2000万円以上の金額になります。

裁判でも、検察側は「若い女性がこれだけのお金を貯金するのが、どれだけ苦労することなのか、わかっているのですか。これは(彼女の)夢をかなえるためのお金だったのですよ」と尋問します。

それに対しての河野は「自分のお金がほしい気持ちに勝てなかった」と答えます。

彼女の気持ちにまったく触れていない答えでした。しかも「もう(途中から)幾らお金を受け取ったのかも覚えていない」とも話します。

これが白血病だと嘘をついて、実質、2000万円以上をだまし取ったとされる男の本音と見てよいでしょう。裁判は今も続いています。

後半では、家族が巻き込まれた経緯、そしてなぜ詐欺だと彼女が気づいたのか。彼女を精神を病んでしまうまでに追い込んだ理由など、卑劣な結婚詐欺の実態を伝えます。(続く)

詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト

2001年~02年まで、誘われたらついていく雑誌連載を担当。潜入は100ヶ所以上。20年の取材経験から、あらゆる詐欺・悪質商法の実態に精通。「ついていったらこうなった」(彩図社)は番組化し、特番で第8弾まで放送。多数のテレビ番組に出演している。 旧統一教会の元信者だった経験をもとに、教団の問題だけでなく世の中で行われる騙しの手口をいち早く見抜き、被害防止のための講演、講座も行う。2017年~2018年に消費者庁「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会」の委員を務める。近著に『信じる者は、ダマされる。~元統一教会信者だから書けた「マインドコントロール」の手口』(清談社Publico)

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