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4630万円誤送金事件、空白の1日。すべての出発点はここにあった!?本当にカジノで全額を使ったのか?

多田文明詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト
(写真:イメージマート)

誤送金された4630万円の給付金を不正に出金したとして、田口容疑者が電子計算機使用の詐欺容疑で逮捕されました。

容疑者が銀行から出金した履歴のなかに、9日という「空白の1日」がありました。ここにこそ、今回の事件の重大なキーポイントが隠されていると考えています。

そして、本当にカジノをするために、男が送金したのか?その疑問点もみえてきます。

詐欺で奪われたお金は、戻ってこない

大前提として考えなければならないのは、悪意ある者に、詐欺行為でとられたお金は「まず戻ってくることはない」ということです。

それゆえに、お金は「戻ってくるだろう」ではなく、「戻らない」という発想から、対応をスタートさせなければなりません。もちろん、実際には戻ることはあるとは思いますが、すべてが奪われた!との危機感を抱いたところから出発することで、最悪の事態を免れることができます。今回の事件では、阿武町側にはその視点が欠けていたように思います。

事件の経緯をみてもわかります。

誤送金が発覚した後に、職員らは容疑者の男とともに「組み戻し」のために銀行に向かいました。しかし、銀行に到着後、男は「今日は手続きしない」と言い、公文書の郵送を依頼します。そして町側は公文書を送ったものの、繰り返し男にお金を引き出されてしまう結果になりました。しかも口座からの引き出しを防ぐための仮差押えを行うまでに2週間以上もかかっていたと報じられてます。

危機意識の欠如が事態を招いた

なぜ、こんな事態になったのでしょうか。厳しくいえば、危機意識の欠如です。

給付金は、血税です。本人が手続きを拒否した時点で「お金は戻ってこない」という最悪の発想を、町側がもっていれば、その翌日から、毎日、電話、訪問をするなどして「お金を絶対に引き出さないよう」に話し、手続きの依頼への説得に、必死にあたっていたのではないでしょうか。

しかし報道などをみる限り、翌日からそうしたアプローチをしていたという状況は伝えられていません。

組み戻しを拒否された8日に、1回目のお金の引き出しがあり、2日後10日から出金を再開しています。

つまり、町側の対応のまずさもあって、引き出しのなかった9日「空白の1日」に、本格的な不正な引き出しの出発点を与えることになってしまったのではないかと考えています。

逆の視点で考えてみると…

次に、逆の容疑者の視点で、この事件を考えてみます。

男が、海外のカジノサイトでお金を全額、使ったとの報道が流れて、筆者は「やはり、そうきたか」とのコメンテーターコメントをしました。その理由として、短期間でお金を隠そうとするには、暗号資産に交換するか、海外のオンラインカジノを使うのが、もっとも有効であると考えていたからです。

見事なまでに、それをしたように思えたからです。

もし詐欺を長年みてきた筆者と同じような資産隠しの発想を、男がもったとしたら、ある疑問が出てきます。それは、これまで犯罪とは、無縁だった人物がこのような発想をすぐにできるのだろうか?ということです。

となれば、事件発生当初から言ってきた、第三者からマネーロンダリングなどの悪知恵を授けられた可能性が高まることになります。

不自然に思える出金状況

その後、容疑者の男による出金状況も明らかになります。それは「純粋にカジノをしていたのか?」と、首を傾げたくなるものでした。

男は、給付金の返還を拒否した日に出金をしていると報じられています。

多くの不正を始めようとする者たちもそうですが、最初に成功するかどうか、不安です。それで、ちょっと試しにやってみるといった行動を取りがちです。

男性も、もしかすると「口座は止められていて、お金は引き出せないかもしれない」と考えながら、試しに約67万8千円の出金をしてみたのかもしれません。

これが成功してしまったとすれば、次に警戒するのは、町側からの警告や注意になります。

ですが、現状では、それはなかったと推察されます。

そうなれば、再び、同じ金額での引き出しを試みようとするものではないでしょうか。

ここで先の町側の危機意識の問題が出てきます。

もし「空白の1日」に、町側から「不正出金は絶対にしないで下さい」「組み戻しに協力して下さい」と、頭を下げたお願い、声掛けが、訪問、電話などでなされれば、さすがに、次の不正出金の行動を簡単にはできなかったのではないでしょうか。

もしかすると、すでに出金してしまった事実を町側に告白するかもしれません。そうすれば、ここまで問題は大きくならなかったのではないかと思うのです。

詐欺を防ぐには「周りへのこまめな声掛けが大切」といわれます。これは必ずしも、特殊詐欺の撲滅のためだけに必要なことではないのです。

「空白の1日」は、何を意味するのか?

最初にお金の引き出しをした翌日は、出金をしていません。

ここが「空白の1日」になっています。

ここからは、これまで数々の詐欺をみてきた知見からの想定になります。

8日に約67万8千円のお金を引き出せた後には、次にどういう行動を取るのかを考えてしまうかと思います。

その「空白の1日」に誰かと相談して、資産隠しなどの悪知恵を授けられた。あるいは、自分自身で、今後の不正な出金プランを立てたなどの可能性があると思っています。

出金履歴をみると、3日目の10日に、ほぼ同額を2回、そして倍額の約125万円を引き出します。

11日には、約68万円を2回出金し、倍額の約125万円も送金しています。さらに同日、約130万円を送金して、その後も、ほぼ同額が繰り返し出金されています。

12日は300万円、400万円の送金ですが、13日以降は、再び、130万円台が繰り返し出金されています。それが延々と続いていきます。

この引き出し方をみて、皆さんは、どう思われるでしょうか?

筆者は違和感を覚えました。

その理由は、出金額の規則性です。

ギャンブル経験のある方ならわかるかと思いますが、純粋にカジノなどのギャンブルでお金をすってしまい「くそ~、取り戻してやる!」と悔しくて、熱くなれば、こうした出金額はもっとランダムであってよいはずなのです。儲かる日もあるでしょう。となれば、出金しない日があっても良いはずなのです。しかし、なぜか絶えず、一定の金額で、連日の出金なのです。

これをみた時に、組織的犯罪グループにおける詐欺のパターン化に通じている気がしました。

詐欺行為を効率的に行う者たちは、緻密な計算をして、失敗のリスクを減らすためマニュアル化を図ろうとします。それゆえに、振り込め詐欺でも、息子になりすまして「オレオレ」と電話をかける、判で押したような同じ手口を繰り返します。

まさに、容疑者の男も、失敗するリスクがないように、そして何者かに指示されたかのように「68万」「12*万」「13*万円」と、一定額を何度も出金しているようにみえるのです。

120万円~130万円は、1ドルが日本円で、約128円(5月21日現在)ですから、1万ドルを出金していたのではないかといわれています。

本当にカジノをして負けたとすれば、この金額や出金ペースがもっとバラバラになっていても良いように思うのですが、なぜか、判で押したような状況です。

ここにこそ「カジノをするために、出金をした」を疑う大きな理由があります。

もちろん、男性が以前から、ネットカジノに興じていて、たまたまこうした出金額になったことも考えられます。ですが、もしこの誤送金後に、急にカジノを始めていたとしたら、不正に得た金をどうやって隠すのか、マネーロンダリングをするのかなど、誰かの入れ知恵が潜んでいる可能性を考える必要はあると思っています。

筆者の想定すべてが間違っていてほしい

いずれにしても「空白の1日」が、いろんな意味において、今回の事件の出発点になってしまったことは、否めません。

正直なところ、筆者としては、この想定すべてが間違っていて、「空白の1日」は、良心の呵責に悩みながらも、24歳の男が一時の気の迷いからカジノをしてしまい、散財してしまったことを願っています。

そうすれば、わずかですが、お金がどこかのオンラインカジノなどに残っているかもしれないからです。そして全額の返還を逃げずに、一生かけてやってくれればと思っています。

しかし今回のケースが、詐欺に長けた人物からの指南を受けているとすれば、犯罪者らにもお金が回った可能性もあり、お金の返還を含めて、極めて事態は深刻になります。

本人のスマホだけで、すべてのカジノをしていればよいですが、犯罪行為に長けた者は、身元のわからないような飛ばしの携帯をもっています。そこから、オンラインカジノにアクセスすることも考えられ、そうすると、すべてのカジノの履歴が追えない恐れが出てきます。

何より、裏の人間たちは、お金を賭けて勝って戻して、どこかに出金するのを繰り返して、お金の行方を複雑にするのも得意です。

疑ってかかるような見方をすれば、本人のスマホを通じて、わざとカジノに少しくらいのお金を残して、みつかるようにさせて、少し戻ったと町側を安心させて、逃げ切る手も考えるかもしれません。あらゆることが想定されて、背筋が凍る思いをしています。

しかしもっとも最悪なことがあります。

それは、本人が資産隠しなどの指南を、一度も会ったことのないネット上の人物からもち掛けられて、その通りにしてしまった場合です。もし「逮捕されても、数年後にあなたにお金を戻すから」と言われていたけれど、そのすべてが嘘で、結局、詐欺師に全額、盗み取られているパターンです。

詐欺などの不正を行う者が、別の詐欺師に騙されてしまうことがよくあります。

冒頭で述べた危機感をもって、筆者自身も「空白の1日」における最悪の状況を考えてみました。いずれにしても、そのあたりの真相については、今後の捜査の進展を待ちたいと思います。

他人事にせず、他の自治体も注意を

コロナ禍で、多くの給付金が支給されています。それだけに今回の事件を阿武町だけで起こったものと、とらえないでほしいのです。人の手で行うことですから、今回のような間違いが、他の自治体でも絶対に起こらないとはいえません。

自治体では、誤送金させない手立てを考えるとともに、万が一、それが起こった時に、どう迅速に行動するべきかを、今回の事件を通じて危機感をもって考えておき、二度とこうした事態が起きないようにして頂ければと思います。

詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト

2001年~02年まで、誘われたらついていく雑誌連載を担当。潜入は100ヶ所以上。20年の取材経験から、あらゆる詐欺・悪質商法の実態に精通。「ついていったらこうなった」(彩図社)は番組化し、特番で第8弾まで放送。多数のテレビ番組に出演している。 旧統一教会の元信者だった経験をもとに、教団の問題だけでなく世の中で行われる騙しの手口をいち早く見抜き、被害防止のための講演、講座も行う。2017年~2018年に消費者庁「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会」の委員を務める。近著に『信じる者は、ダマされる。~元統一教会信者だから書けた「マインドコントロール」の手口』(清談社Publico)

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