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『あらびき団』は深夜帯でこそ輝く 『クセスゴ』との違いから見える番組の役割

鈴木旭ライター/お笑い研究家
(写真:つのだよしお/アフロ)

2月12日に放送された『あらびき団ゴールデンSP』(TBS系)が概ね好評を博しているようだ。

同番組は、2007年10月から2011年9月まで深夜帯でレギュラー放送され、その後何度か特番でも放送されている。しかし、今回はゴールデン帯初の2時間スペシャル。“知名度の低いパフォーマーによる粗削りな一芸”が醍醐味である番組の特性もあり、少なからず不安の声も上がっていた。

その多くは、『千鳥のクセがスゴいネタGP』(フジテレビ系。以下、『クセスゴ』)と変わらなくなってしまうという懸念だ。たしかに両番組は類似点が多い。『あらびき団』は東野幸治、藤井隆、『クセスゴ』は千鳥がMCを務め、多様なパフォーマーのVTRを見ながら、もしくは終了後にコメントして笑わせる。

また番組の名物とも言えるパフォーマーが頻繁に登場し、MCやゲスト出演者を喜ばせるのも同様だ。たびたび引き合いに出されるのは、こうしたフォーマットが似通っているからだろう。

深夜帯とゴールデン帯の違い

ただ、『あらびき団』と『クセスゴ』には大きく違う点がいくつかある。その肝となるのが、番組のコンセプトだ。

そもそも『あらびき団』は、レフト藤井(隆)、ライト東野(幸治)が結成したサーカス団という設定である。新たな団員を発掘すべく、粗削りな一芸を持つパフォーマーたちを募ってオーディションを敢行する、という前提があるのだ。知名度の低い演者が登場し、スリリングな面白さを放っていたのはこのためである。

一方の『クセスゴ』は、人気芸人が普段はやらない“一癖ある新作ネタ”を披露するのが番組のコンセプトだ。出演者は霜降り明星、ハナコ、四千頭身といった若手から、COWCOW、日谷ヒロノリ(佐久間一行)など芸歴の長い芸人まで幅広い。“テレビ初披露”という新鮮さ、千鳥のコメント力が信頼されてこその番組である。

これは、「深夜帯とゴールデン帯の違い」と言い換えることもできる。放送される時間帯が変われば、意識すべき視聴者層も変わり、演者の知名度の有無、企画の方向性に違いが出るのはごく自然なことだ。

スターではないからこそ脳裏にこびりつく

時代の影響よる違いも見逃せない。『あらびき団』がレギュラー放送されていた頃はSNSの黎明期で、今のようにネットコンテンツが充実していなかった。

2020年から放送されている『クセスゴ』は、ジャングルポケット・斉藤慎二やパーパー・ほしのディスコといった面々が「THE FIRST TAKE」(「一発撮りで、音楽と向き合う」をコンセプトとした企画およびYouTubeチャンネル)のパロディーを披露しているし、番組のYouTubeチャンネルでは【ノブコブ徳井のクセがトクいネタ WAKATE GP】という若手発掘企画が連動している。

また安心感のある企画が目立つのも大きな特徴だ。トータルテンボス・大村朋宏と息子の晴空、雅楽演奏家の東儀秀樹と息子の典親(神奈月とのコラボ)といった親子共演は番組の見どころになっている。さらには、とろサーモン・久保田かずのぶと加藤礼愛、友近と宇都宮聖のような「芸人×歌うまキッズ」のコラボも好評だ。このようなファミリー層に向けられた企画は『クセスゴ』ならではと言える。

『あらびき団』には、いい意味でそうした狙いがない。レギュラー放送終了後、何度も特番が放送されているにもかかわらず、番組公式のYouTubeチャンネルが動画配信をスタートしたのは数カ月前のことだ。

また先日放送された『あらびき団ゴールデンSP』で、かつて出演していたかまいたち、マヂカルラブリー、シソンヌに加えてM-1王者の錦鯉といった売れっ子をしっかりと放り込む露骨さには思わず笑ってしまった。ゴールデンタイム用の担保のように思えてならなかったのだ。

モンスターエンジン、キュートン、元Bコースの歩子(旧芸名:ハブ)らのパフォーマンスは相変わらず素晴らしかったが、同時に“セーラー服おじさん”として知られる安穂野香、「きょうかーん、きょうかーん。きょうかんしてくださーい♪」と歌う“アイドル芸人”のみちゃこ(2015年に芸能活動を終了)がいないことに一抹の寂しさを覚えた。

誰もが知るスターではないからこそ、むしろ得体の知れない存在感が脳裏にこびりつく。この特殊な体験こそ、『あらびき団』の最大の魅力ではないだろうか。

「悪意のある編集」こそ持ち味

“似て非なるもの”と言えるのがネタVTRの編集である。『クセスゴ』では、たびたび『あらびき団』で見られるような“意味ありげな表情”のカットでネタが終わる。これにMCがコメントして笑わせるのも同じだ。

しかし、その意図はだいぶ違う。たとえば先日2月10日に放送された『クセスゴ』の2時間SPを見ても、大村・東儀両親子のネタのラストは、どちらも息子の何とも言えない表情で終わっていた。つまり、“表情で落とすネタ”として編集されているのだ。

本家とも言える『あらびき団』は、もう少し屈折したニュアンスが含まれる。たとえば舞台上の書割(背景などを平面的に描いて設置される大道具)の裏で演者が小道具を仕込むような演出があった場合、通常であれば当然ながら書割の表側からしか撮影しない。しかし、『あらびき団』は準備する裏側の姿にこそカメラを向け、MCやゲスト出演者を笑わせにかかる。

時にスタッフの後頭部越しに演者を映したり、時に舞台上を駆けずり回って黒くなった演者の足の裏をラストに持ってきたりもする。つまり、演者の目論見を踏みにじるカットによって笑いを生むケースが多いのだ。

MCの東野はよくこれを「悪意のある編集」と口にしていたが、当事者であるスタッフからすれば東野が笑うように仕向けたまでだろう。このねじれた関係性によって、番組の持ち味が引き立っているように思えてならない。

『あらびき団』は深夜帯でこそ輝く

ある日の取材で、「『あらびき団』では誰も売れてないですよ」と言われてハッとした覚えがある。もちろんその相手は、かつて番組に出演していた芸人だ。

私個人は腹を抱えて笑っていたが、たしかに『あらびき団』をきっかけにブレークしたタレントは数少ない。世界のナベアツ(現・桂三度)、はるな愛、楽しんご、関西での活躍を含めればガリガリガリクソンも入るだろう。とはいえ、番組発の人気者とは言い難い。『あらびき団』から別の番組に飛び火して飛躍した印象が強いのだ。

ハリウッドザコシショウ、かまいたち、とろサーモン、マヂカルラブリー、おいでやす小田らは、番組出演後に賞レースで結果を残してブレークの足掛かりをつかんでいる。「番組の面白さ」と「芸人の人気」は必ずしも比例しないということだろう。

『有吉の壁』(日本テレビ系)、『爆笑!ターンテーブル』(TBS系)など、昨今はオリジナリティーのあるネタ番組が増えた。それでも、『あらびき団』のコンセプトは圧倒的だ。“サーカス団のオーディション”という設定のもと、知名度よりも面白さを優先できるうえ、お笑い以外の強烈なパフォーマーも見られる。東野のぶった切りコメントや編集を含め、ここまで番組総出の“あらびき芸”で笑わせるバラエティーはほかにない。

どんなものにも役割がある。願わくばゴールデン帯ではなく、深夜帯の放送で持ち味をいかんなく発揮してほしい。

ライター/お笑い研究家

2001年から東京を拠点にエモーショナル・ハードコア/ポストロックバンドのギターとして3年半活動。脱退後、制作会社で放送作家、個人で芸人コンビとの合同コント制作、トークライブのサポート、ネットラジオの構成・編集などの経験を経てライターに転向。現在、『withnews』『東洋経済オンライン』『文春オンライン』といったウェブ媒体、『週刊プレイボーイ』(集英社)、『FRIDAY』(講談社)、『日刊ゲンダイ』(日刊現代)などの紙媒体で記事執筆中。著書に著名人6名のインタビュー、番組スタッフの声、独自の考察をまとめた『志村けん論』(朝日新聞出版)がある。

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