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広がる実習生支援と終わらない権利侵害(5)「失踪」を招く業界と行政の責任、実習生の多国籍化の問題も

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
実習生の「失踪」に関する愛労連の榑松佐一氏の講演資料。筆者撮影

 愛知県労働組合総連合(愛労連)が運営する「フェイスブック外国人技能実習生相談室」では、日本で就労する外国人技能実習生からの相談が後を絶たない。

 

 「外国人技能実習生問題弁護士連絡会」(実習生弁連)が7月14日に都内で開いた設立10周年記念シンポジウムで、愛労連の榑松佐一氏は、同相談室への相談が増加していることに加え、セクハラや過分な「家賃」の問題に直面している技能実習生がいると、現場の声を発信した。これについて筆者は[ 「広がる実習生支援と終わらない権利侵害(4)セクハラに不当な”家賃”、『FB相談室』に相次ぐ相談」]で、伝えている。

【参考記事】「『フェイスブック』で実習生の相談受け付け:孤立しやすい技能実習生とネットによる『新しい支援』の可能性」

講演する愛労連の榑松佐一氏。筆者撮影
講演する愛労連の榑松佐一氏。筆者撮影

◆暴力・「失踪防止金」の徴収・職種違反

 榑松氏が受ける相談には、暴力の問題もある。

 ベトナム出身の男性技能実習生は、解体・産廃の仕事をしていた。しかし「ある時、作業に使用されていたバケット車をぶつけられ、2カ月も入院するほどの大ケガをした」(榑松氏)。これについて、技能実習生本人は「(実習先企業の)社長がわざと私にバケット車をぶつけた」と主張しているという。

バケット車をぶつけられたという技能実習生の様子。榑松氏の講演資料から。筆者撮影。
バケット車をぶつけられたという技能実習生の様子。榑松氏の講演資料から。筆者撮影。

 この件については、この技能実習生の同僚が事件について証言を行い、労基署が調査に入った。そして、労災手続きが行われたほか、ケガへの補償がなされることになった。

 

 さらに、榑松氏によると、この技能実習生は「失踪防止金」として15万円を実習先企業に徴収されていた。これについては、管轄の入管が「失踪防止金」を実習先企業から実習生に返させたという。

 また、この技能実習生は前述のように産廃・解体の仕事をしていたが、「現在はこれが職種違反の疑いがあるとして調査が行われている」(同)。

◆「失踪の原因は業界」「行政の責任大きい」

 榑松氏はさらに、技能実習制度を取り巻く別の問題について指摘する。それは技能実習生の職場からの「失踪」をめぐる問題だ。

 

実習生の業種別失踪件数。榑松氏講演資料より。筆者撮影
実習生の業種別失踪件数。榑松氏講演資料より。筆者撮影

 技能実習生の「失踪」には一定の傾向がみられるという。榑松氏は「『失踪』した技能実習生の実習先企業には建設と農業が多い。この2つの職種は実習生全体の数では28%を占めるだけだが、失踪者に限って言えば、建設と農業が合わせて53%にもなる」と説明する。

 同氏によれば、2017年の技能実習生の「失踪者」数は7089人に上った。これを技能実習生の職種別にみると、建設は「失踪者」全体の36.4%を占めてトップ。それに農業が17%、繊維衣服が10.1%、食品製造が10%、機械金属が8.6%で続いている。

 建設部門での技能実習生の就労をめぐっては、かねて支援者から複数の問題が指摘されてきた。フェイスブック外国人技能実習生相談室では、建設部門で働く技能実習生から「暴力を受けた」との相談を受けることが多い。また建設の職種の技能実習生として来日したにもかかわらず、実際に実習先企業でさせられたのは産廃の仕事だったというように、「職種違反」がみられるケースもあるという。

 さらに、繊維衣服の技能実習生についても、「失踪」を招く業界の構造があると、榑松氏は説明する。この部門は「工賃の低さという問題」があるというのだ。繊維衣服では実習生の受け入れ企業は小規模の下請け工場が多い。このため、多くの受け入れ企業で、安い工賃で仕事を受注し、生産する製品の数を稼ぐことで利益確保を図ろうとする経営状況があるという。こうした繊維衣服業界の構造の中で、技能実習生に最低賃金を下回る時給を支払いつつ、長時間働かせるという事例が後を絶たないとみられている。

  

 榑松氏はこのような各業界における技能実習生への権利侵害や不正行為を指摘し、「失踪者が増えている原因は業界にある」と強調する。そして、「各産業を所管する行政の責任が大きい。使用者による技能実習生への権利侵害や不正行為が、『失踪』を招いている」と指摘している。

◆実習生の多国籍化と多言語対応の難しさ

 もう一つの問題は、技能実習生の多国籍化だ。

 愛労連の「フェイスブック外国人技能実習生相談室」では、フェイスブックのメッセージ機能で技能実習生とやり取りする際、ボランティアの翻訳者の支援を受けている。他方、最近ではカンボジア、ミャンマー、モンゴルなどの技能実習生からの相談もあり、言語対応に苦慮するケースもあるようだ。

フェイスブック外国人技能実習生相談室にはカンボジアやミャンマー出身者からの相談も来る。榑松氏の講演資料より。筆者撮影
フェイスブック外国人技能実習生相談室にはカンボジアやミャンマー出身者からの相談も来る。榑松氏の講演資料より。筆者撮影

 技能実習生はただでさえ、外部に相談することが難しい。クメール語やモンゴル語などを話すカンボジアやモンゴルの技能実習生にとって、日本で必要な情報を得ることや外部に相談をすることは、なおさら困難になる。相談を受ける側もまた、こうした言語に対応することは簡単ではない。(了)

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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