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「フェイスブック」で実習生の相談受け付け:孤立しやすい技能実習生とネットによる「新しい支援」の可能性

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
スマホを売るベトナムの店。ネットの利用が拡大している。筆者撮影、ハノイ市。

新たな技能実習生支援の取り組みが広がっている。日本語能力が十分ではない上、日本の制度や相談先をよく知らないケースの多い技能実習生は、賃金や労働時間といった処遇など問題があっても外部に相談できないケースが少なくない。そんな中、愛知県労働組合総連合会(愛労連)ではSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を使い、オンラインで相談を受け付け、問題解決を後押ししている。社会的に孤立しやすい技能実習生の支援の新しい可能性についてみてみたい。

◆言葉の壁と時間の制限、相談機関にアクセスできない実習生

愛労連の榑松佐一議長。筆者撮影。
愛労連の榑松佐一議長。筆者撮影。

愛労連の榑松佐一議長によると、愛労連では2015年から「フェイスブック」のメッセージ機能を使い技能実習生からの相談を受け付ける「相談室」を設置している。

背景にあるのは、技能実習生が相談機関にアクセスしにくい状況だ。

外国人技能実習生は通常、フルタイムで就労しているため、日中に相談をすることは難しい。行政などの相談機関の窓口も平日の日中のみというケースも少なくなく、なかなか相談に踏み切れない。

技能実習生が相談窓口に行くための交通費もばかにはならない。

例えば、ベトナム出身の技能実習生は、来日前に送り出し機関に対して多額の渡航前費用を支払うために借金をしており、来日後にこの借金を返済しながら就労しているケースが多い。借金の返済には1~2年かかる事例もあり、借金返済後には故郷の家族に仕送りをする。このような状況の中で、生活費を切り詰めて暮らしており、交通費も負担になる。

その上、技能実習生の中には日本語学習の機会を十分に持たない人も少なくなく、日本語の能力に課題があるため、自分の抱える問題を日本の機関・組織に相談することは容易ではない。

また言語について支援者側からみると、技能実習生の出身国は中国、ベトナム、フィリピン、インドネシア、カンボジアなど多様で、言語も中国語、ベトナム語、タガログ語、英語、インドネシア語、クメール語などさまざまなため、支援者が言語面で対応に苦慮することも少なくない。特に日本では、ベトナム語やクメール語などはできる人が少ないことも課題だ。

さらに、技能実習生にとって不安の種は就労先企業との関係だ。

受け入れ企業もさまざまで、技能実習生をきちんと処遇している企業がある半面、中には違反行為やハラスメントをしている企業もある。

私が話を聞いた技能実習生の中には、受け入れ企業での問題を支援組織に相談したことで、「解雇」を言い渡された人がいた。

また技能実習生をめぐっては、なにか問題があると、受け入れ企業が実習生を強制的に帰国させるといった事例もあり、技能実習生は「強制帰国」を恐れて相談に踏み出せないケースもある。

技能実習生は、受け入れ企業による違反行為やハラスメントについて、どこかに相談したいと思っても、外部への相談により受け入れ企業との間で衝突することに不安が大きいのだ。

一口に「相談」といっても、技能実習生にとっては簡単にはできないのだ。

◆インターネットが草の根の支援ネットワークを広げる

スマホを売るベトナムの店舗。筆者撮影、ハノイ市
スマホを売るベトナムの店舗。筆者撮影、ハノイ市

そんな中、愛労連ではフェイスブックのメッセージ機能を使い、「相談室」を設置し、技能実習生からの相談に対応している。

技能実習生からの相談を受けた場合、相手にフェイスブックで「友達」申請をしてもらい、つながり、その上で、相談に対応する。

懸念される言葉の問題は、フェイスブックのメッセージ・グループの中に通訳・翻訳をできる支援者を入れることで、クリアしている。

通訳・翻訳者はフェイスブックで募り、これまでに日本国内に住む人だけではなく、海外在住者もこの活動に賛同して、ベトナム語、英語、クメール語などの通訳・翻訳支援で協力しているという。

フェイスブックは無料で利用できるため技能実習生にとって経済的な負担が掛からないほか、電話と違ってメッセージのやり取りを曜日や時間を問わず行うことができるため、技能実習生にとっても、支援者にとっては就業後や休日に相談できるようになる。

フェイスブックでのやり取りを繰り返したのち、具体的な情報を集めた上で、実際に事務所で会って相談にのるなどして、対応していくという。

フェイスブックによりいつでも相談できることから、技能実習生の間で口コミによって「相談室」についての情報が広がり、愛労連には日本全国から相談が舞い込んできている。

同時に、フェイスブックにより地域や国境を越えて人とつながれることから、海外在住者も含めた支援者とのネットワークも構築されてきている。

◆支援の輪広げるため書籍で「相談室」を紹介、支援ノウハウを共有

こうした取り組みの一方で、榑松議長は3月11日に、風媒社から『ニッポン最暗黒労働事情 外国人実習生「SNS 相談室」より』を出版する予定だ。

同書では、フィリピンやベトナム出身の技能実習生の就労実態とその課題に加え、会社との交渉の内幕や、政府機関への働きかけなどについて、つづっているという。

その中で、フェイスブックによる「相談室」についても触れている。

同議長は今回の著書について「支援の輪が広がるようにと思って書いた」と話す。

書籍によって、技能実習生からの相談とその支援の具体的な実態をことにより、技能実習生支援の取り組みが広がることを期待しているという。

◆「実習生が母国語で夜間や土日に申告できる窓口を」

ただし、技能実習生の相談を受け付ける体制は全体からみればまだ十分ではない。

また、労働法規に対する違反行為について、支援組織や関連当局への「相談」に終わらせず、労働基準局への「申告」につなげるための仕組みも十分ではない。

榑松議長は、「技能実習生は2010年の制度改正で労働法の適用になったが、これだけ問題が多いにもかかわらず、技能実習生の労働基準局での申告は少ない」と指摘する。

その上で、「労働問題を監督する厚生労働省には、多言語対応の予算も十分ではなく、相談体制も不十分。実習生が母国語で夜間や土日に申告できる窓口が必要だ」と強調している。

労働組合や一般の人たちによるインターネットを使った草の根の支援ネットワークは、技能実習生の支援における新しい可能性を提示する。

この半面、行政側の相談窓口業務の改善を含めた公的部門による技能実習生支援の枠組み強化も求められている。(了)

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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