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ムードに流されるな。高校選手権。近江のサッカーを攻撃的と言うべきでない理由

杉山茂樹スポーツライター
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 青森山田が近江を3-1で下した高校サッカー選手権決勝。中継した日本テレビの実況アナ氏は両校をそれぞれ、フィジカル面に優れた青森山田、超攻撃的サッカーを標榜する近江と、口酸っぱく紹介した。画面にも文字情報として、そのようなくだりが常時、掲載されていた。

 青森山田はともかく近江である。選手個々のボール操作術は目を見張るものがあった。ショートパスにドリブルを絡めた攻撃は目に新鮮に映った。健闘は讃えられるべきである。しかしそのサッカーが超攻撃的だったかと言えばノーだ。それとこれは区別して論じる必要がある。

 ドリブルとショートパスのコンビネーションで、狭い空間をこじ開けていくスタイルはパッと見、攻撃的に見える。しかも攻撃のルートは真ん中だ。厚かましくも強引。いかにも強気で、攻撃的に見える。

 しかしそのほとんどの攻撃は失敗に終わる。それがサッカーの宿命だ。すなわち奪われる位置も同様に大半が真ん中になる。真ん中とサイド。奪われる場所としてどちらが安全か。自軍ゴールまでどちらが離れているかといえばサイドだ。

 真ん中で奪われるデメリットは他にもある。サイドで奪われる様子は、真ん中の選手と逆サイドの選手で予想することができる。危ないと思った瞬間、帰陣の準備を始めることができる。危険を察知することができるが、真ん中で奪われる様子を察知できるのは、サイドの選手に限られる。

 真ん中の選手は当事者なので、しまったと思った瞬間、逆モーションの状態になる。裏返しの関係になりやすい。その様子をサイドの選手は察知することができても、真ん中でプレーする選手より自軍ゴールから離れているため、帰陣に時間が掛かる。

 ボールを奪われるならサイドで、なのである。サイド攻撃が叫ばれる理由でもある。だが、近江にはサイドアタッカーがウイングバック1人しかいない。4-2-3-1を敷く青森山田のような、サイドアタッカーを両サイド各2人置くチームと対峙すると、サイドで数的不利に陥る。サイドアタックは効きにくい状況にある。真ん中攻めが多くなる理由でもある。

 つまりボールを奪われやすい攻撃になる。したがって1回攻めても1回攻め返される。相手ボールに転じれば布陣は瞬間、5バックになる。後方で構える人数が増える。ボールを奪取することができても、奪う位置が低いので、前線に人数が足りなくなる。5バックという布陣の特性が輪をかける。

 瞬間、陣形はクリスマスツリー型になる。相手にサイドを突かれやすい形だ。言い換えれば高い位置で相手ボールを奪いにくいサッカーに陥る。プレスが利きにくいサッカー。ボールを奪う位置が低いサッカー。それは攻撃的サッカーの概念から外れる。近江のサッカーが攻撃的か否かは、相手ボールに転じた時、鮮明になるのだ。

 ボールを奪う位置は毎度低めだ。ビルドアップは低い位置から始まることが多い。そこから持ち前の個人技を駆使し、中央を強引に迫り上がるように前進するわけだが、この繰り返しを攻撃的サッカーとは言わない。他の競技のコンセプトでサッカーを語っている感じなのだ。

 言うならば古典的スタイルだ。ウイングを置かない時代の中盤サッカーに酷似する。加茂ジャパン、岡田ジャパン、トルシエジャパン、ジーコジャパン、第2期岡田ジャパンの途中までのサッカーだ。

 日本は中盤に好選手がひしめく中盤天国の時代から、その後、世界の趨勢にしたがい、ウイングに好選手がひしめくウイング天国の時代に移行していった。この歴史の流れを把握していれば、攻撃的という言葉を使うことにもう少し慎重になれるはずだ。

 奪われることを想定せずに攻撃するサッカーでもある。攻めながら守ることができていないのだ。いくらボール操作が巧くても、360度からプレッシャーが掛かる真ん中という難コースを進めば、高い割合でボールを失う。瞬間、一転してピンチに見舞われる。それを繰り返せばウイングバックの位置は低くなる。その3バックは事実上の5バックになる。このサッカーのどこが攻撃的なのだろうか。

 サイド攻撃。プレッシング、ボールを奪う平均的な位置(高さ)。マイボールの時間(ボール支配率)と相手陣内でプレーする時間。両サイドにおける数的有利不利の関係。これらの要素を比較すれば攻撃的か否かはハッキリする。

 青森山田のサッカーを面白くないという人は少なからずいる。筆者もそれは否定しない。どこか少年サッカーっぽく見える近江に対し、既視感に満ちているので新鮮さにも欠ける。だが理屈上は少なくとも近江より攻撃的であり効率的だ。それとこれは別。ムードに流されてはいけない。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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