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西野続投、クリンスマン、森保……。代表監督選びに警鐘を鳴らす。初動のミスは大怪我のもと

杉山茂樹スポーツライター
ロシアW杯を戦った西野監督と手倉森、森保両コーチ 写真:岸本勉/PICSPORT

 日本代表チームの次の4年間が始動しようとしている。最も慎重にならなければならない瞬間だ。代表監督探しである。その座に誰が就任するかで、次回の成否はあらかた決まる。初動のミスは大ケガのもと。これだけは絶対に避けなければならない。

 ユルゲン・クリンスマンの名前が挙がったのは、日本がベルギーに敗れた翌日のことだったと記憶する。ほぼ同じタイミングで、西野朗監督続投の見出しも目に留まった。なぜクリンスマンなのか。なぜ西野続投なのか。まさに「昨日の今日」であるにもかかわらず、よくもそんな見出しをつけた記事が書けるものだと、発信者の姿勢に疑念を抱きたくなった。

 ベルギー戦後に入手した情報に基づいて発信しているというより、あらかじめこのタイミングを狙ったものという感じだ。ページビュー稼ぎなのか。協会内部の動きに絡んだ世論誘導なのか。いずれにしても、純粋さに欠ける「愛のない報道」であると言わざるを得ない。

 西野続投というのなら、その前にベルギー戦など今大会を含む就任後の采配について、まず論理立てて検証するのが筋だ。細かい網の上で振るいにかけ、何が続投に値するのか、述べる必要がある。

「クリンスマン」は、本人も田嶋幸三サッカー協会会長もその報道を否定しているということだが、それならば報道は誤報である。監督候補は、夜空に輝く星のごとく無数に存在する。そのなかで、よりによってなぜクリンスマンの名前がピンポイントで出たのか。情報源はどこなのかという疑問も湧くが、やはりそれ以上に、その程度の話を、あえてこの時期にせっせと記事として掲載する発信者の姿勢に、不自然さ、いかがわしさを感じる。

 まずは反省と検証だ。監督探しをする前に、踏むべき手続きがある。監督探しは、手順にのっとったうえで開始されるべきなのだ。確証のない名前がネットを賑わせる様子を眺めると、またダメな4年間が、そぞろ勝手に始まりそうで、暗澹(あんたん)たる気持ちになる。そうならないようにチェックするのが、我々の役目であるはずだ。

 率直に言って、ロシアW杯のベスト16は結果オーライの産物だ。

 ハビエル・アギーレまではよかった。2015年2月、八百長疑惑で解任されたが、サッカーそのものは最も今日的だった。その程度の疑惑で解任するのはどうなのか。スポンサーに配慮した結果だといわれるが、サッカー界の肝である代表監督探しまで、スポンサーに配慮しなくてはならないのは、この世界の歪みを象徴する一件だ。

 それはともかく、よい監督を些細な疑惑で切ったのであれば、次の監督探しは、より慎重になるべきだった。アギーレに負けない監督を探すべきだったのだ。結果論ではない。慌てて探しすぎたのだ。なぜ慌てたのか。お尻を気にしすぎたからにほかならない。2015年3月下旬に行なわれるキリンチャレンジ杯に間に合わせたかったからだとすれば、これもスポンサーへの配慮になる。

 その結果、日本にやってきたのがヴァイッド・ハリルホジッチだった。しかしそのとき、ハリルホジッチが従来路線とは異なる監督だという説明を、協会側は行なっていない。その「縦に速いサッカー」は、日本に来て、実際に采配を振るい始めて、初めて明らかになったことだった。

 間違えてはいけないのは、協会が、従来路線との訣別を図ろうとの意図に基づいてハリルホジッチを招いたのではないということだ。従来路線の監督だと思って招いたら、まったく違った。これが正しい。見込み違い。見当違い。あってはならないミスを協会は犯したのだ。

 ハリルホジッチが来日したのは2015年3月で、解任されたのは2018年3月。見込み違いの監督に、3年間も代表チームの指揮を執らせたことも大問題だ。その結果、技術委員長だった西野さんが新監督に就任。このとき協会には選択の余地がなかった。W杯本大会まで2カ月あまり。他の候補者を探している時間がなかった。

 代えないより、代えたほうがいい。筆者は究極の選択として監督交代を促したが、ハリルホジッチよりはマシだろうという程度の期待値に過ぎなかった。そのとき、西野さんがどんなサッカーをするか、想像できた人はいなかったに等しいと思う。その就任記者会見を聞いて、不安にならなかった人はいなかったはずだ。

 何の確証もないまま代表監督に就任した世にも珍しい監督。それが西野さんの実像だ。それとロシアW杯で収めた成績にどんな関係があるのか。西野さんは、退任するのであれば、サランスク、エカテリンブルグ、ボルゴグラード、そしてロストフナドヌーで見せたサッカーと、それに至る経緯について、まず、詳(つまび)らかに説明する必要がある。元技術委員長として。

 あのサッカーは何だったのか。何がよくて、何が足りなかったのか。そこのところを簡単に済ませ、先を急いではダメだ。

 田嶋会長は、西野ジャパンに賛辞を贈った際、「ああいうサッカー」と、称した。田嶋会長は『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(光文社新書)なる新書の執筆者でもある。言葉の持つ力、影響力について熟知している人が「ああいうサッカー」と、これ以上の抽象的表現はないほど大雑把に語っては、示しがつかない。これは正確かつ詳細に伝えられなければならない、重要なポイントなのである。

 もちろん、メディアにも同じことが言える。最大限、真っ当にそのベスト16入りを分析する義務がある。サッカーにとって大切なのは、プレビューよりレビュー。だが、ページビューが伸びやすいのはプレビューだ。総じて次を急ごうとする。クリンスマン、西野続投報道が、そのいい例だ。

 忘れもしないのが2006年ドイツW杯だ。グループリーグ落ちした後、日本代表は帰国し、成田空港で記者会見を行なった。そこで川淵三郎会長(当時)が、後任監督についてイビツァ・オシムの名前をポロリと漏らした一件だ。

 メディアは、惨敗したジーコジャパンの反省や検証を忘れ、オシムの名前に飛びついた。なかには、W杯期間中にもかかわらず、オシムの写真を表紙に掲載した雑誌も出たほどだ。結果的に、川淵さんにうまく丸め込まれてしまった。

 2010年南アフリカW杯後も、似たような現象が起きた。岡田武史監督の退任後、新監督探しが難航すると、メディアはこぞって批判した。「このままでは9月に行なわれるパラグアイ戦、グアテマラ戦に間に合わない。新星ジャパンの船出にブレーキを踏むつもりか」と。

 結局、この2試合には、新監督となったアルベルト・ザッケローニは間に合わず、原博実技術委員長が代理監督を務めたのだが、これなどは何の問題もない話だ。その試合を中継するテレビ局やスポンサーにとっては重要な問題かもしれないが、強化にはまったく支障がない。

 さっさと次に進みたがっている人が、この世界にいかに多いことか。その慌ただしさに紛れて、事態があらぬ方向に進みやしないかと、心配になる。

 気になるのが、ヘンに日本を持ち上げる報道だ。「日本人スタッフで勝ち取った結果」なる分析記事には、口をアングリと開けたくなった。西野ジャパンのサッカーは、日本人だけで作り上げたものなのか。違うでしょうと、声を大にして言いたくなる。

 アギーレやオシム、ザッケローニの存在なしに、日本代表のいまのサッカーはない。その延長上にあるサッカーであることは紛れもない事実だ。ハリルホジッチの影響だって、絶対的に存在する。1から100まで日本人スタッフで考えたような言い回しには、図々しさを覚える。驕り、謙虚さの欠如にも程がある。

 田嶋会長以下がよく使う「ジャパンズ・ウェイ」なる言い回しにも、同種の違和感を覚える。「日本人に適したサッカーの追究」という意味で用いられるなら許されるが、受け取りようによっては、排他的にも聞こえる。そうしたなかで聞こえてくるのが、例えば「森保一コーチ、新監督就任か」の声だ。そこに誘導されているような気にさえなる。

 森保氏がこれまで披露してきたサッカーと、西野ジャパンのサッカーは決定的に違う。それについて述べると長くなるので、詳細はまた次回にさせてもらうが、「ジャパンズ・ウェイ」という点では一致を見る。勝手な解釈、都合のよい解釈を見過ごすことはできない。

 次回の日本代表の試合は9月7日のチリ戦(札幌)と11日のコスタリカ戦(大阪)だ。これに無理に間に合わせようとする動きはないか。新星日本代表の船出と、新監督就任初戦が重なれば、テレビの視聴率は上がるだろう。イベントとしての価値は上昇する。スポンサーもさぞ満足するだろう。商売重視のメディアの多くもしかり、だ。

 だがそれは、代表強化にはどうでもいい、さして重要ではない話だ。いまは、代表強化にとってどうでもよくない話を、大真面目にすべきときなのである。

(集英社 webSportiva 7月17日掲載「初動のミスはケガのもとになる。杉山氏が代表監督選びに警鐘を鳴らす」)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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