Yahoo!ニュース

新時代を迎えたサイドバック。スピード型よりジワジワ型である理由

杉山茂樹スポーツライター

ここ数年来、見習うべきサッカーを披露し続けているアトレティコ・マドリー。レアル・マドリーにPK負けしたチャンピオンズリーグ決勝でも、ゲームの質では少しも劣っていなかった。

個人の力量で勝るR・マドリーに対し、アトレティコは集団性で差を詰めようとするチーム。個人か、組織か。それは決勝戦の見どころのひとつでもあった。しかし、細部に目を凝らせば、アトレティコ側にも個人の力量で優位に立つ選手がいた。ある価値観に基づけば。

両サイドバックだ。布陣には両者、若干の違いがあるとはいえ、サイドバックの役割はほぼ同じ。単純比較しやすい関係にある。フィリペ・ルイスとフアンフラン(アトレティコ)は、そうした中で、カルバハルとマルセロ(R・マドリー)より、高い採点をつけたくなる秀でたプレイをした。

目に新しいプレイスタイルと言うべきかもしれない。それぞれの左サイドバックを比較すれば一段と鮮明になる。フィリペ・ルイスとマルセロ。共にブラジル代表選手ながらスタイルは正反対だ。

マルセロはR・マドリーの先輩に当たるロベルト・カルロス似。最大の武器は縦への直進的な推進力だ。チームでは「槍」のような存在として機能する。将棋で言えば「香車」だ。見るからに威勢がいいスピード型の選手。しかし、悪く言えば淡泊。

対するフィリペ・ルイスはジワジワ型だ。マルセロがボールを2、3m先に突き出しながらドリブルするのに対し、こちらは最大でも1m。足下にボールを置きながら、狭いストライドで相手の逆を突こうとする。単独行動が多いマルセロに対し、フェリペ・ルイスは周囲の選手とショートパスで複雑に絡み合おうとする。将棋の駒に例えれば「金」や「銀」だ。

何よりキープ力が光る。出すところに困ったらフィリペ・ルイスへ。チーム内にはそうした空気さえ漂う。マイボール時のポジショニングは実際、サイドバックの定位置より若干内側だ。中盤的。守備的MF的に構える。そして思慮深そうに頭脳的なプレイをする。チームに欠かせないブレイン。司令塔的な匂いさえ漂わせるゲームメーカーという趣だ。

右サイドバック、フアンフランも同様。見るからにしぶとそうな面構えだ。淡泊ではない。端役でもない。プレイに関わる比率が高い、発言力の高そうなプレイをする。

真ん中が主役で、サイドは端役。そうした概念が根強く残る日本人にとってこれは異文化なはずだ。司令を下すのは真ん中で、サイドは使われる側。偉いのは真ん中。この主従関係のようなヒエラルキがアトレティコには全くない。

似ているのはバイエルンだ。右サイドバックのラームは完全にそっち系だ。左サイドバックもアラバではなくベルナトの方が、そちらの色が強い。

バイエルンのサイドバックとウイングの関係は、前者が内で、後者が外。ベルナトが内で、リベリーが外。ラームが内でドゥグラス・コスタが外だ。

アトレティコで言えば、フィリペ・ルイスが内でカラスコが外。

2014年ブラジルW杯で優勝したレーヴ監督率いるドイツ代表が、トーマス・ミュラーとラームを使って実践したアイディアでもあるが、従来のサイドバックとウイングは、逆の関係にあった。内に入っても構わないのはウイング。サイドバックは開いていなければならない存在だった。

しかし、相手の最終ラインを十分に開かせておいて、その間隙を縫って内を突こうとするならば、理に適うのはこちらになる。前が絞り後ろが開くではなく、前が開き後ろが絞る、だ。

相手ボールに転じた時、相手のサイドバックに高い位置からプレッシャーを掛けやすいのもこちらだ。

サイドバックが活躍した方が勝つ。相手のサイドバックの活躍を抑えた方が勝つーーとは、欧州の専門家の間でよく語られている現代サッカーを解く視点だが、アトレティコやバイエルンのサッカーを見ると、その重要性を改めて痛感する。マドリーとの決勝戦で、アトレティコが挙げた同点ゴールも、フアンフランのマイナスの折り返しがアシストになった。

先日、トゥーロン国際大会に出場した日本のU−23チームは、守備的MFの喜田選手と井手口選手に、サイドバックを務める機会が巡ってきた。従来のサイドバックに怪我人が発生したこと。五輪本大会の登録メンバー枠が18人で、複数のポジションをこなせる多機能型選手を見いだす必要性が増したことも輪を掛ける。テレビの実況は、選手の不慣れをしきりに強調していたが、それでは時代から取り残される。日本が時代から遅れる姿を垣間見た気がした。

日本でサイドバックに求められる資質と言えば、スピード感であり、縦への推進力だ。激しい上下運動を繰り返す体力も不可欠とされるが、それは4−2−2−2、3−4−1−2、3−4−2−1といったサイドアタッカーが一枚しかいない守備的な布陣を、長い間採用してきたことと密接な関係がある。

サイドバック(あるいはウイングバック)は、この価値観の中ではスペシャリストだ。非多機能型。異なる価値観の中では非効率的な選手になる。

五輪との相性はもちろん悪い。登録選手枠は23人ながら、最大7試合を戦うW杯との相性も悪い。5試合以上戦いたいのなら、複数のポジションをこなせる選手が不可欠だとは、2014年W杯前にも述べたことだが、今日性を意識すれば、守備的MFとサイドバックの両方をこなすことができる選手の発掘が急務になる。 

守備的MFができそうなサイドバック。サイドバックができそうな守備的MF。槍型ではないジワジワ型のサイドバック。マルセロ型というよりフィリペ・ルイス型。日本サッカー界が探し求めるべき選手である。

守備的MFの長谷部は、ドイツでは右サイドバックとして多くの試合に出場しているが、個人的に見たいと思うのは、右サイドバックの内田が、守備的MFとしてプレイする姿だ。上手くはまりそうな気がしてならない(その前に怪我を完治させなければならないが)。すでに引退しているが、山田暢久(元浦和)も可能だったと思う。守備的MFも右サイドバックも務まる今日的な選手として重宝しそうだ。

槍型もいいが、ジワジワ型の方が今日的。少なくとも、上を目指そうとするなら、登録メンバーの中に2種類のサイドバックが不可欠だ。サイドバックのタイプが変われば、チームの雰囲気はガラッと変わる。サイドバックが活躍するサッカーの重要性を、チャンピオンズリーグ決勝を見終えたいま、僕はつくづくそう思うのだ。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

たかがサッカー。されどサッカー

税込550円/月初月無料投稿頻度:月4回程度(不定期)

たかがサッカーごときに、なぜ世界の人々は夢中になるのか。ある意味で余計なことに、一生懸命になれるのか。馬鹿になれるのか。たかがとされどのバランスを取りながら、スポーツとしてのサッカーの魅力に、忠実に迫っていくつもりです。世の中であまりいわれていないことを、出来るだけ原稿化していこうと思っています。刺激を求めたい方、現状に満足していない方にとりわけにお勧めです。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

杉山茂樹の最近の記事