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カンボジアからわずか3点。日本の余裕のなさは何に起因するのか

杉山茂樹スポーツライター

東アジアカップ最下位。その前のシンガポール戦では、まさかの引き分け。

「試合前、選手はプレッシャーを感じていた」とハリルホジッチは語った。

先制点を挙げるまでに時間を費やした原因、結局3点しか入らなかった原因はそこにありと言いたかったようだが、ハリルホジッチ自身も選手と同じぐらい、いやそれ以上に、プレッシャーを感じていたのではないか。

上記4試合に続き、この試合でも勝ちを逃せば、言論に幅のある国なら解任論が飛び出しても不思議はない。その点については、日本人よりハリルホジッチの方が敏感だろう。彼にもプレッシャーはかかっていたはずなのだ。選手以上に。

そうした緊張感は、選手にも乗り移る。日本人なので、プレーはより勤勉、忠実、真面目になる。実際、選手は、開始早々から大真面目だった。サボらずによく追いかけ、たちまちボールを奪い返した。しかし、そこまでしなくても、カンボジアは抵抗できない弱体チームであることも確かだった。

FIFAランキング180位。同157位のシンガポールのさらに23番も後塵を拝す国だ。その後ろに位置する国はごく僅か。シンガポールはボールを奪ってから、カウンターを仕掛けることができた。ヒヤリとさせる攻撃を何本か見せたが、カンボジアはハーフウェーラインまでさえ辿り着かなかった。日本代表がここまで弱いチームと対戦したのはいつ以来だろうか。記憶にない。

いかにプレッシャーに襲われようとも、カンボジアにホームで勝利を逃すことはない。不運が重なっても大丈夫。

にもかかわらず、ハリルジャパンは、90分間、勤勉、真面目、忠実に、言い換えれば、慌てふためきながらプレーした。結局、3点しか奪えなかったことは、その余裕のなさに原因があると踏む。

試合後、監督はこう述べた。

「私は勝利を要求し、それに応えた選手にはおめでとうと言いたい」

「今夜はネガティブな気持ちになれない」

大仕事を終えた後のように、ホッと胸をなで下ろすハリルホジッチ。どれだけ余裕がなかったのか。心配になるのはむしろ監督だ。これが「決勝戦」ならそれでもいいが、戦いはまだ始まったばかり。実質的にはまだ始まっていないと言っていい。

この超低レベルの組で日本は2位以内に入れば、最終予選に進むことができる(正確には各組2位のうち成績上位の4チームが最終予選に進出)。シンガポールにホームで引き分けたことは事件に相当するが、事件が起きても、大局的に見れば小さな問題だ。

日本代表を取り巻く環境はそれほど緩い。どんなにドジを踏んでも、落選することはない。といえば、「サッカーは何が起きるか分からない」と言い出す人が必ずいる。だが、限りなくゼロに近いにもかかわらず、そう言ってしまうと、4年間を計画的に過ごすことはできない。

恐れることは、しばらくの間はなにもない。泰然自若にどっしり構え、4年周期で進む代表サッカーのいまを、目標地点から逆算しながら、マイペースで歩めばいいだけの話。

だが、次戦の戦いについて訊ねられたハリルホジッチは「アフガニスタン(FIFAランク130位)には勝つためにプレーしたい。勝利のスパイラルを続けることで自信はつくのだ」と述べている。

弱小国に連勝することで、自信はつくのか。チームは強化されるのか。大いに疑問だ。過去の代表チームは、最終的にそれが財産にならなかった。目先の勝利に追われ、本質を見誤った。木を見て森を見ずに陥った。

いますべきことは、本当の意味での自信をつけることだ。監督がすべきことは、このサッカーなら本大会でも行ける! との確信を、選手やファンに植え付けることだ。そうしたワクワク感、高揚感がいまの代表チームの周辺にはまるでない。崇高な目標に向かって邁進する高貴な集団の姿にはとても見えてこない。

ハリルホジッチの采配、指導法、考え方に、選手はどれほど心酔しているのか、怪しい限りだ。勝つことでしか自信を得られないのなら、格上とは戦えないことになる。敗戦から学べないチームになる。格上と戦い、ボコボコにされれば、求心力は一瞬にして低下する――では、W杯本大会でベスト16は狙えない。

ハリルホジッチは言う。「このチームはまだまだ伸びる可能性がある」と。当たり前の話をしないでくださいと突っ込みたくなるが、気になるのは「このチーム」という言い回しだ。

このチームは永遠の集団ではない。これまでを見ても分かるとおり、W杯本大会の3年前のメンバーが、本大会に残る確率はせいぜい50%。代表チームとは、新陳代謝を繰り返しながら存在する集団だ。現メンバー、すなわちこのチームが、そのまま本大会に出場すれば、平均年齢は30歳を優に超える、他に類を見ない超高齢集団になる。となれば、その4年後は、新人の集団になる。代表チームは循環しない。

どんなにドジを踏んでも、99.99%、通過するであろうアジア2次予選。それは新戦力を試すには最適な環境なのだ。遠藤航が東アジアカップでよかったというなら、サッと試せばいい。予選突破が不安視される五輪チームの活動の場に充ててもいいくらいだ。それならば、シンガポール戦に引き分けても、カンボジア相手にシュートを外しまくっても、それはそれで有意義な経験になる。代表チームの強化に相応しい、計画性に富んだ戦いと言える。

現時点でのベストメンバーを、アジア2次予選に送り込むことは疑問。それはハリルホジッチというより、協会技術委員会の問題だ。ザッケローニもそうだったが、日本とアジアと世界の関係を知らずに代表監督に就けば、頃合いが分からないのでつい不安になり、ベストメンバーで臨もうとする。一戦必勝になりがちで、目標から逆算した思考はできにくい。

計画性とは、全体図が正確に描けて初めて発揮されるもの。全体図を把握しているはずの技術委員会は、ハリルホジッチに進言すべきなのだ。もっと余裕を持っていいですよ、と。予選を突破さえすればクビにしませんよ、と。いまは理想に向かって邁進する時です、と。

計画性のなさが余裕のなさに繋がっている。弱小相手に決定的なシュートを外す選手より、W杯ベスト16に向けた青写真が見えないことを憂慮すべき。僕はそう思うのだ。

(集英社・Web Sportiva 9月4日 掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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