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イラク戦大勝だからこそ考えたいハリルJの問題点

杉山茂樹スポーツライター

90分間、中だるみのない試合に遭遇することは滅多にない。だが、イラクのコンディションやメンバー等、彼らのアウェーでの言い分を勘案すると、今回の4−0というスコア及び試合内容に満足することはできない。

「もっと取れた」、「もっとやれるはず」。試合後、ハリルホジッチ監督はそう述べたが、少なくともその言葉に、僕は全面的に同意する。

日本代表はどこがどうなればもっと良くなるのか。もっとチャンスの数は増えるのか。コンスタントによいプレイを披露することができるか。言い換えれば、問題点はどこなのか。

背番号10、香川真司だと僕は思う。4−2−3−1で言うところの1トップ下。文字通りエースポジションだ。攻撃の軸。チャンスが決定的なものになるか否かは、その能力に負うところが大きい。だが彼はその軸になれなかった、この日もまた。

日本は立ち上がり、両サイドから再三、素早い攻撃を仕掛けた。選手で言えば、宇佐美貴史(左)と本田圭佑(右)が目立つ動きをした。それに両サイドバックがいい感じで絡んだ。ペースを維持することができた一番の原因と言っていい。

だが、攻撃にはもう一本ルートがある。真ん中だ。そして、その高い位置でプレイする1トップ下には、仕上げをする役割がある。まさに細かい技術が不可欠になるが、香川はそこに問題を抱えている。

変幻自在ではない。身体を正面に向けながらのプレイばかりだ。直線的で単調。一本調子なのだ。横を向いたり、相手に背を向けたりしながらプレイすることを、きわめて不得意にする。

なかなかシュートに持ち込めない理由でもある。後半7分。中央やや左を突き進み、あとはシュートのみというシーンがあった。だが、彼はGK正面に弱いボールしか蹴れなかった。相手ディフェンダーにコースを完全にふさがれてしまったのだ。シュートコース、シュートポイントを作れずにフィニッシュを迎えた。動きが真っ直ぐすぎるからだ。

真ん中は360度の世界と言われる。180度の世界でプレイするサイドアタッカーより、四方を見渡す目、広い視野が必要になる。だが、香川の視野はほぼ進行方向60度程度に限られる。リズムも同じだ。速さはある。鋭いドリブルもある。だがメリハリがない。したがって相手に行動を読まれやすい。スペースがある場合はともかく、先が詰まっている場は、効果的な働き、相手が嫌がる動きができなくなる。

攻撃を安定させるためには、攻撃のルートが右、左、真ん中と、3本確立されている必要がある。バラエティも豊かになる。攻撃の中だるみ防止に繋がる。ペースダウンしにくくなるのだ。

日本代表は前半の途中から、「いける」というムードが災いしたのか、攻撃が雑になった。秩序が大きく低下した。「俺が俺が」の個人プレイが目立つようになった。本田、宇佐美がポジションを守らず、真ん中に入ったためだ。その結果、それまで目立ったサイド攻撃は決まらなくなった。

前半33分、宇佐美の真ん中を抜ける動きで、岡崎慎司が3点目を決めたが、これは諸刃(もろは)の剣に値した。以降、日本の攻撃はさらに大味になっていく。

それもまた、10番、香川と大きな関係がある。彼が真ん中で1トップ下に相応しいプレイ、存在感を発揮していたら、真ん中が上手く機能していたら、本田、宇佐美も真ん中に入る行為に二の足を踏んだはずだ。それが攻撃のバランスを崩す行為だと認識できたはずなのだ。

もしそれを流動的なサッカーと言うのなら、彼らが真ん中に入ったとき、香川はサイドに流れる必要がある。かつて1トップ下を勤めていた頃の本田がそうしたように。だが、香川がこの試合を通して外に開いたことはほぼゼロ。サイドでのプレイが苦手だからとは、これまでの彼のプレイを見ていれば容易に推察できる。そして、その結果、日本のサイド攻撃は、立ち上がりのように円滑にいかなくなった。

後半21分、香川はそのポジションを原口元気に譲った。そして原口は、後半39分、待望の4点目を挙げた。日本はよい終わり方をした。思い切り喜べそうないい勝ち方をした。だが原口は1トップ下に相応しい選手だろうか。香川のライバルになる存在だろうか。他に出場すべきポジションがないので、無理矢理そこで起用された。これが普通の見方だと僕は思う。

日本の1トップ下は人材難。そう言っていい。他に可能性があるのはせいぜい本田ぐらいだ。宇佐美も香川より“らしい”プレイはできそうだが、やってできないことはないという程度だ。武藤嘉紀もしかり。

思えば、つい何年か前まで、日本にトップ下候補は数多くいた。誇張を交えれば、中田英寿、小野伸二、中村俊輔等々、いいな、巧いなと思う選手の大半はトップ下だった。藤田俊哉など、相当な力量を持った選手でも、代表に定着できなかったほどだ。

当時と今とではトップ下の概念が変わったことは確かだ。当時が2トップ下だったのに対し、現在は1トップ下。ゲームメーカー色よりアタッカー色の強い選手が、はまり役と言われるようになっている。とはいえ、その激減ぶりには驚くばかりだ。余るほどいた10番候補は、どこへ消えてしまったのか。年代別のチームを見渡しても、育っている様子はない。

香川は名前のある選手だが、正直、かつての貯金で今を暮らしている選手にも見える。まだ26歳であるにもかかわらず。このままでは先が危ない。そしてそれは日本代表についてもあてはまる心配だ。

4−2−3−1より1トップ下を置かない4−3−3の方が、日本の現状には適しているのではないか。ハリルホジッチが過去3試合で使用した布陣はすべて4−2−3−1。4−3−3を軸に戦ったアギーレジャパンに、少しばかり懐かしさを憶える。

イラク戦で言えば、今回より、アジア杯(今年1月)の方が、内容は良かったと思っている。そのときのスコアは1−0。今回は4−0。ハリルジャパンは上手くいっているように映るが、問題はこれからだ。

この先3年間はどうなのか。予断は許さない状態にある。1トップ下の問題をハリルホジッチはどう解決するのか。当面、注目すべきはその点ではないか。今回のイラク戦を見ながら僕はそう感じた。

(Web Sportiva 6月12日掲載済原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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