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決勝ゴールが象徴した、ドイツサッカー界の勝利。

杉山茂樹スポーツライター

左サイドのライン際を、タテに走りきったシュールレが、ふわりしたと浮き球を折り返す。それをニアサイドに走り込んだゲッツェが胸トラップ&左足ボレー。逆サイドのゴール隅に、ボールは鮮やかに吸い込まれていった。

90年イタリア大会以来、24年ぶりの世界一。

この間、ドイツのサッカーは、劇的に変化した。そしてこの決勝ゴールは、変化の象徴、変化の証と言うべきものになる。アルゼンチンに同点ゴールが生まれそうな気配がしなくなった残りの数分間、ドイツが歩んできた道のりについて、僕は思いを巡らすことになった。

24年前、世界のサッカーは、いまより娯楽的でなかった。ひと言でいえば守備的。「引いて構えてカウンター」が一般的なスタイルだった。時代背景を言えば、アリゴ・サッキ率いるACミランがチャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグ)を連覇したのは88〜89、89〜90シーズンで、時代を攻撃的サッカーに導いた「プレッシングサッカー」は、イタリアW杯当時、まだ欧州全体に広がっていなかった。

そこで演じたドイツのサッカーも堅守速攻。3-3-2-2的な3-5-2のスタイルから、ウイングバック(ウイングハーフ)の馬力と、群を抜く結束力で、確実に勝ち上がっていった。

96年欧州選手権(イングランド大会)も、その方法論で制したが、ユーロ2000(オランダ・ベルギー共催大会)では、グループリーグ落ち。ユーロ2004(ポルトガル大会)も、同様にグループリーグ落ちした。一方で、2002年日韓共催W杯には準優勝したが、前後のユーロの方に真実味はあった。W杯準優勝は、くじ運に恵まれた末の結果というべきだろう。

90年代半ば以降から2000年代初頭にかけて、欧州は混沌としていた。守備的サッカーと攻撃的サッカーが、睨み合う恰好で対立していた。攻撃的サッカー陣営は、その母国というべきオランダが、長年ひとりで引っ張っていたが、98年フランス大会で、ヒディンク率いるオランダ代表が、それにプレッシングのエッセンスを加えたサッカーでベスト4入りすると、欧州の各メディアは「最も良いサッカー」と称賛。4-2-3-1の布陣を採用するそのスタイルは、攻撃的サッカーの一つのモデルとして注目を浴びた。

その影響を強く受けたのがスペイン。それとともに国内リーグのレベルも上昇。2001年には欧州のリーグランキングでナンバーワンの座に就いた。代表チームの力も、それに呼応するように上昇。ユーロ2008(オーストリア・スイス共催)、2010年W杯(南アフリカ大会)、ユーロ2012(ウクライナ・ポーランド共催)における優勝は、スペインが攻撃的サッカーを選択した結果と言っていい。

攻撃的サッカー対守備的サッカー。その対立関係において、前者の代表をオランダ、スペインとするならば、後者の代表はイタリアでありドイツだった。

両者の違いは布陣にあった。攻撃的サッカー陣営が採用する布陣は4-2-3-1を軸に4-3-3、中盤フラット型4-4-2(4-4-1-1)等が中心であったのに対し、守備的サッカー陣営が採用する布陣は3-4-1-2を定番とした。

それは従来、ドイツが主に採用してきた3バック(3-3-2-2)を、さらに守備的にしたものといえた。

00〜01シーズンのチャンピオンズリーグ準決勝、バイエルン対レアル・マドリードは、守備的サッカー対攻撃的サッカーを象徴する試合になった。勝利したのは守備的サッカーのバイエルンだったが、思い切り自軍に引いて構え、相手が出てくるところをカウンターで突く、あえて噛み合わせを悪くしようとするこのサッカーは、世間的に不評を買った。バイエルンはそのシーズン、欧州一に輝いたが、守備的サッカーは衰退の一途を辿ることになった。

同じドイツでも、バイエルンとはコンセプトを真逆にする攻撃的なサッカーを売りにするチームもあった。翌01〜02シーズンのチャンピオンズリーグ準優勝チーム、レバークーゼンである。4-4-2の布陣から、マイボールに転じるや、両サイドバックを上げ、2-4-4然としたスタイルで、攻め立てるサッカーだ。優勝はレアル・マドリードに譲ったが、サッカーの内容ではレバークーゼンの方が優れていた。

00〜01のバイエルンと、01〜02のレバークーゼン。世の中の流れは後者にあった。守備的サッカーは攻撃的サッカーと対戦すると、格下相手にも苦戦した。番狂わせも頻繁に起こされた。守備的サッカーを代表する3-4-1-2を採用する国は、ユーロ2004本大会では一つも存在しなくなっていた。

ドイツは2006年自国開催のW杯で3位になる。守備的サッカーからは脱したものの駒不足は否めず、変身とまではいかなかった。劇的な変化を感じたのはその2年後に開催されたユーロ2008だ。

4-2-3-1の3の左にポドルスキー、右にシュバインシュタイガー。この両サイドからの攻撃に、従来のドイツサッカーとの違いが集約されていた。3バック時代のドイツは、サイドプレイヤーが両サイド各1人だった。先に述べたように、ドイツはそこにパワフルなウイングバック(ウイングハーフ)がいて、サイドにおける数的不利を、なんとか凌いでいた。だが、それこそが、守備的サッカーの証だった。

ユーロ2008の成績は準優勝。決勝で同じ路線上にあるスペインに力負けしたが、時代のド真ん中にある正統派のサッカーで残した結果であるところに重みがあった。僕が初めてW杯を取材したのは82年スペイン大会になるが、ドイツは以来、いつでも悪役だった。良いサッカーをしたチームを、力ずくで倒すチームとして知られていた。それが善玉に変わった。ユーロ2008を機に。

2010年W杯も準決勝でスペインに惜敗。だが、そのパスサッカーは、時に真ん中に固まる癖があるスペインより効率的だった。個人技が高すぎるあまり、攻撃的サッカーが本来持つ効率性を失うケースが目立ったスペインより、展開的には美しかった。むしろ、ヒディンクに率いられた98年型オランダ代表に似ていた。

隣国であり、最大のライバルであるオランダの影響も、ドイツは確実に受けていた。象徴的な例は09〜10シーズンに、ドイツの看板クラブチームであるバイエルンの監督に、ファン・ハールが就任したことだ。ドイツにはオランダ人指導者が、それまでにも数多く流れてきていたが、バイエルンの監督にオランダ人が就任することは、一つの事件と言えた。

プライドを捨て、実を取った。一言でいえばそうなるが、バイエルンは昨季(13〜14シーズン)、グアルディオラを監督に迎えるという大胆な行動にも出ている。

グアルディオラは、ヨハン・クライフの愛弟子だ。クライフといえば、74年W杯決勝を、西ドイツと争ったオランダのエース。試合に勝ったのは西ドイツだが、後のサッカー界に影響を与えたのはクライフ率いるオランダだ。それはバルセロナのサッカーにそのまま継承されていくのだが、グアルディオラをバイエルンの監督に招くということは、当時のオランダを肯定することになる。認めたくないものを認めることになる。

バイエルンはそれをあっさり認めた。昨季のチャンピオンズリーグ準決勝で、バイエルンがレアル・マドリードに敗れると、保守派を中心に、かつてのドイツ式サッカーの復活を望む声が高まった。だがドイツ代表のレーヴ監督は、古いドイツスタイルに戻そうとはしなかった。スペイン以上にスペイン的な、オランダ以上にオランダ的な、攻撃的=効率的サッカーを披露した。

シュールレは、古いドイツ式サッカーには存在しなかった選手だ。4-2-3-1の3の両サイドは、サイドプレイヤー各1人の時代には、存在しなかったポジションなのだ。今回のドイツは、このポジションを特に大切にしていた。

サイドバックと「3の両サイド」の各2人が、どんな場合も確実にポジションを取っていた。計4人が四角形をいつでも描いていた。従って、サイドチェンジの回数で、アルゼンチンに大きく勝った。

右に振って、左に振って、真ん中を突いて、それがダメなら、また右に振って……と、右、左、真ん中への攻撃をドイツは執拗に繰り返した。最後の最後まで変えようとしなかった。アルゼンチンのような放り込みに走ることもなかった。日本のパスサッカーと何が違うか。ドイツのパス回しこそが効率的であり、正統な攻撃サッカーの手段である。

勝ち味は遅かったが、それには必然があった。113分、シュールレが左サイドを縦に走った時、アルゼンチンは耐えきれなくなっていた。その左足の折り返しと、ゲッツェのボレーは確かに見事だったが、攻撃を仕掛けるコース、ゴールに向かうルートが何より理に叶っていた。

かつてのドイツなら、挙げられなかったゴール。他国の良いところを、プライドを捨ててまで取り入れた「柔らか頭」なしには、飾れなかった優勝。僕は今回のドイツの優勝をそう見ている。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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