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アルゼンチン苦戦の原因はメッシにあり

杉山茂樹スポーツライター

アルゼンチン人がスタンドの半分近くを埋めたのに対し、スイス人はせいぜい1000人程度。ホーム同然の中で戦ったアルゼンチンだが、試合内容は、これまで見たこの国の代表チームの中で最悪と言いたくなるほど酷かった。準々決勝でドイツに大敗した(0-4)南アフリカW杯よりも悪かった。褒めたくなるところが一切ない試合。余計なお世話だが、先行きを案じたくなった。

アルゼンチンは、ブックメーカーから本命ブラジルと差のない2番手に推されている。しかし、このアルゼンチンがブラジルW杯に優勝する姿を、僕はいま、まったく想像することができない。

何よりエースのメッシにその覇気を感じない。メッシは本来、見ていて楽しい選手だ。それは巧いからだけではない。サッカーが好きで好きでたまらない喜々とした様子が、身体からにじみみ出ているところにある。月並みな言い方をすれば「少年のような」となるが、いまのメッシは、ナチュラルにボールと戯れている感じではない。少年のようなナチュラルさはない。むしろ老人臭いのだ。これほど躍動感に乏しいメッシを見たことはない。

分かりやすいのはプレイするポジション。低すぎるのだ。この試合に限った話ではない。代表チームでプレイする時のもはや癖といっていい。すっかり中盤選手としてプレイする。4-3-3の右ウイングとして起用されたはずの、先のイラン戦も例外ではなかった。

その高さを維持している時間はごくわずか。真ん中、しかもトップ下よりさらに低い位置、センターサークル付近でボールを捌(さば)いていた。

スイス戦ではそれがどう改善されるか。最大の注目ポイントはそこだった。この日の布陣は4-4-2。メッシはイグアインとともに2トップの1人としてプレイするはずだった。ところが定位置にいたのはキックオフで始まる瞬間だけ。ものの5分も経たぬうちに中盤に下がってしまった。

その位置で、攻撃の「始点」として仕切ろうとする。自分がすべての始まりのような存在になろうとする。周囲が流れを作り、その流れに従った方が明らかによい場合でも、自分中心の流れにリセットしようとする。自分の間合いでチームプレイを運ぼうとする。よく言えば将軍然とした振る舞いとなるが、酷く傲慢に見える。しかし、ボールを受けた時、足は止まり、腰は落ちているので、流れどころか勢いまで失うことになる。

スイスはそこに狙いを定めてきた。メッシが中盤の低い位置で、普段FWでプレイするのと同じように難しいドリブルを始めると、アルゼンチンに危ないムードが漂った。実際ボールを奪われることも何度かあった。それだけならまだいい。普通の選手は、ボールを奪われれば奪い返そうとするが、メッシはしない。守備そのものに加わろうとしない。低い位置で構えているにもかかわらず、だ。これがどれほど迷惑なことか。

守備をしない、あるいは守備力が著しく低い選手をどこに置くか。サッカーは、両者の力が接近している場合、基本的にマイボール50%、相手ボール50%で推移するスポーツだ。マイボール時に圧倒的な力を見せる選手でも、相手ボール時に穴になれば、プラスマイナスゼロ。置く場所を間違えれば、むしろマイナスになる。

グアルディオラがメッシを「0トップ」で起用した理由はそこにある。ボールを奪われても、そこが一番リスクの少ない場所だからだ。相手の両センターバックは、両サイドバックに比べ、攻撃参加する回数が少ない。そこにチームで最も守備の弱い選手(センターフォワード)を対峙させることは、作戦的には常道と言える。

サイドにウイング然と置けば、対峙する相手サイドバックの攻撃参加を許しやすくなる。イラン戦、メッシがいるべきアルゼンチンの右サイドは完全な穴になっていた。相手の狙い目になってきた。

そしてこの日は真ん中。アルゼンチンの中盤の構成力が酷く弱く見えた理由は、メッシのポジションと深い関係がある。

とはいえ、アルゼンチンは延長後半13分、メッシのドリブルから待望のゴールを奪った。ディマリアの決勝ゴールにアシスト役として絡んだ。最後の最後で役者ぶりを発揮した。

さすがメッシ。話はそのような方向で決着するだろう。ネットの見出しはそうなるに違いないが、スイス相手に大苦戦した理由の多くもメッシにあるのだ。

もしスイスが、アルゼンチンに対して最後まで引かず、高い位置から果敢にプレスを掛ける作戦に出ていれば。最後の最後、延長後半のロスタイムに、ジェマイリが放ったヘディングシュートが、あと数センチポストの内側に飛んでいれば。その跳ね返りが、彼の身体のもう少し良い場所に当たっていれば、結果はどうなっていたか分からない。

アルゼンチンの次の相手は、アメリカを延長で破ったベルギー。本命ブラジルに比べ、組み合わせに恵まれたといえるが、1番人気、2番人気が無事決勝で顔を合わせる確率は、せいぜい20%ぐらいではないだろうか。本命不在の大混戦。決勝トーナメント1回戦、8試合中5試合が延長にもつれ込む空前の展開は、どのような決着を見るのか。メッシが今のままなら、アルゼンチンはない。自信を持って(?)そう言い切っておくことにしたい。

(集英社 Web Sportiva 7月2日 掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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