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観光列車「流氷物語号」と、釧網本線北浜駅の物語 (追記 『オホーツクに消ゆ』リメイク版発売決定!)

杉山淳一鉄道ライター
北浜駅に停車中の流氷物語号、柵の向こうは流氷の海(筆者撮影)

オホーツク海沿岸に流氷がやってきました。この時期、JR北海道は観光列車「流氷物語号」を運行しています。今年度は1月27日から2月25日までの毎日、そして3月1日から3日までの3日間です。釧網本線の網走駅から知床斜里駅までを1日2往復します。車窓から流氷の景色を眺められる列車。北海道ならではの、そして日本でここだけ、この時期だけの鉄道の旅です。

「そんなにスゴイ列車なのか!! でもお高いんでしょう?」

いえいえ、この列車は特急ではなく「快速列車」として運行しています。きっぷ代は網走駅から知床斜里駅まで970円。こんなに美しい車窓が1000円しないんですよ。JR北海道さん無欲過ぎます。そう思っていたら、2022年から海側の座席だけ指定席になりました。それでも指定席券は530円。合わせて1500円です。片道の所要時間は50分から60分です。

車窓から流氷が見えます(筆者撮影)
車窓から流氷が見えます(筆者撮影)

「流氷物語1号」は網走駅を9時52分に発車します。改札が始り、プラットホームに進むと音楽が流れています。この曲は懐かしのファミコンゲーム『オホーツクに消ゆ』の音楽をアレンジしています。ゲーム音楽を担当した上野利幸さんが自ら編曲されました。曲の始まりはゲームのオープニングの静かな曲調で「これからなにかが始まる」という感じ。続いてゲーム内音楽が3曲。こちらは主人公の刑事が活躍する場面など3曲。ゲームを遊んだことがある人ならワクワクします。

網走駅で発車を待つ「流氷物語1号」(筆者撮影)
網走駅で発車を待つ「流氷物語1号」(筆者撮影)

網走駅からは12時45分に「流氷物語3号」が発車します。しかしこの時に音楽は流れません。これは意地悪ではなくて、同じ時間帯に旭川行き特急「大雪4号」が発車するため、こちらの案内放送で音楽が遮られてしまうからだそうです。『オホーツクに消ゆ』のファンの方は「流氷物語1号」に乗りましょう。

流氷物語号が発車して、車掌さんが案内放送を終えると、次は網走市観光ボランティアグループ「MOTレール倶楽部」による観光案内放送が始まります。このときのお知らせチャイムも上野さんが作りました。こちらは『オホーツクに消ゆ』のエンディングテーマをアレンジしています。つまり、プラットホームから車内案内までの音楽でゲームの物語が完結しています。駅メロディは全国で採用例がありますが、ゲーム音楽の採用はここだけです。北海道の駅メロディは、函館、池田、網走、新青森(JR東日本採用)だけだそうです。

■消えかけた観光列車、復活の物語

1990年から2016年まで、この区間のこの時期に「流氷ノロッコ号」が走っていました。ゆっくり走るトロッコ列車だから「ノロッコ」です。大きな窓は眺望と引き換えに冷気が伝わってきます。そして車内はダルマストーブ。そこで焼くスルメやジャガバタを車内販売していました。国鉄からJRになって3年目、観光集客に意欲的でした。私が2010年に乗ったときは、外国からの観光客も多く、JR北海道は中国語通訳を2人も乗務させるほどでした。政府のビジットジャパンキャンペーンが功を奏したようです。

北浜駅を発車した「流氷ノロッコ号」(2010年 筆者撮影)
北浜駅を発車した「流氷ノロッコ号」(2010年 筆者撮影)

しかし、2016年にディーゼル機関車の老朽化のため運行を終了します。その背景にはJR北海道で2011年頃から次々に起きた事故や不祥事があり、2016年には深刻な経営問題が表面化しました。JR北海道は2016年に単独で維持できない路線を公表する状況で、新たな観光列車を作る余裕はありません。

それでも、せっかく盛り上がった「列車で流氷観光」を絶やしたくないと、ボランティアグループ「MOTレール倶楽部」が立ち上がります。過去にはSL列車運行や「オホーツク食い倒れ号」などを提案し実現するなど、網走市と連携して鉄道を盛り上げてきた人たちです。JR北海道に「宣伝や車内のおもてなしなどを継続するから、代わりになる列車を作ってほしい」と要望し、JR北海道と沿線自治体の協業事業として「流氷物語号」が走り始めました。これが2017年でした。シーズンの空白を作ることなく「流氷列車」は継続しました。

流氷物語号は当初、一般形気動車「キハ54」にラッピングを施した姿で運行されました。中身は普通の車両で珍しくありません。しかしこの列車のセールスポイントは「流氷の景色」です。「MOTレール倶楽部」は観光案内放送やオリジナル記念品販売などで盛り上げていきました。

観光案内放送は橋本雄一郎氏がシナリオを書きました。本職は校長先生だそうで、楽しい知識が盛りだくさんです。アナウンスの担当は丸谷百花さん。流氷物語号の前身となった「流氷ノロッコ号」から担当して19年目。茨城県古河市在住ですが、この時期は斜里町の実家に滞在するとのこと。

「海岸に見える船が、陸に組んだ足場に乗っています。これは流氷で船が壊れないようにという漁師さんの知恵です」

「流氷の下の海はプランクトンや小魚などがいます。北の海から流氷と共にやってきます。流氷で海が塞がれるため、この時期は自然が生んだ禁漁期となります。流氷が去る時期を海が明けるといいますが、海明けのあとは海の恵みが豊かになるのです」

なるほどなあ……と感心しながら聴き入ります。ボランティアメンバーの中には東京農業大学北海道オホーツクキャンパス(網走市)の学生もいます。彼らは大人たちに混じって、仕事を通じて社会体験をします。現在は20人ほどの農大生が交代で参加しているそうで、大学のサークルみたいですね。

東京農大の学生さんがガイドや車内販売で旅を盛り上げます(筆者撮影)
東京農大の学生さんがガイドや車内販売で旅を盛り上げます(筆者撮影)

■『オホーツクに消ゆ』ってなに?

ところで、冒頭になんどか出てきた『オホーツクに消ゆ』とは何でしょうか。列車のヘッドマークやサボ(行先表示板)に「流氷物語×オホーツクに消ゆ」とあります。何が消えちゃうんでしょう。キャラクターの絵があって、網走土産のニポポ(人形)のほか、女の子がふたり。スーツ姿の青年がひとり。しかも青年はスーツの上着を脱いでいます。この時期、気温はマイナス10度になろうというのに!

という突っ込みも聞こえてきそうですが、たいていの人は「どうせアニメとコラボしてるんだろうな、知らんけど」と思っていそうですね。でもそこでもし、どんな作品なんだろう、とネット検索してみたらビックリ。1984年、いまから40年前に発売されたパソコンゲームソフトです。イラストは1987年に発売されたファミリーコンピュータ版で、荒井清和氏が担当しました。ヘッドマークやサボ、ポスター、グッズなどは荒井氏の描き下ろしイラストが使われています。

ヘッドマークに『オホーツクに消ゆ』(筆者撮影)
ヘッドマークに『オホーツクに消ゆ』(筆者撮影)

行先案内版(筆者撮影)
行先案内版(筆者撮影)

座席種別表示版(筆者撮影)
座席種別表示版(筆者撮影)

『オホーツクに消ゆ~北海道連鎖殺人~』は、当時としては珍しいミステリーアドベンチャーゲームでした。東京で起きた殺人事件の手がかりを求めて、主人公は北海道へ、しかし重要参考人のひとりが釧網本線北浜駅付近の海岸で死体となって発見されます。そして網走港、知床五湖と次々に死体が発見され、そのたびに網走刑務所で「涙を彫られたニポポ」が出荷される……というお話。シナリオは名作ゲーム『ポートピア殺人事件』の堀井雄二さん。彼はのちに『ドラゴンクエスト』シリーズを手がけます。

物騒な物語ですが、背景には戦後の日本を生き抜いた人々の愛憎、親子の情愛、若き刑事の正義と青春、ほのかな恋が描かれています。松本清張や西村京太郎に通じる文学的作品でもあります。ゲームの舞台は釧路、阿寒湖、摩周湖など、北海道各地を巡ります。大人も楽しめるゲームとして話題になり、このゲームがきっかけで北海道を旅し、ニポポを買って自分で涙を彫った人も少なくないと聞きます。私もそうでした。

MOTレール倶楽部の石黒明さんもゲームをきっかけに北海道を訪れ、そのまま移住した人です。2020年ごろ、石黒氏はフォトグラファーマー(農家兼写真家)として北海道新聞にコラムを連載しており、「ひがし北海道の観光を盛り上げるために、『オホーツクに消ゆ』とコラボしたい」と書きました。それがSNSで伝わり、関係者の耳に入り、巡り巡って原作の堀井雄二さん、ファミコン版イラストの荒井清和さん、音楽担当の上野利幸さんの許諾を得て実現します。夢は語ってみるものですね。

左からMOTレール倶楽部の石黒明さん、イラストレーター鈴木周作さん、作曲家の上野利幸さん。上野さんは「ゲヱセン上野」というペンネームでゲームライターとしてもご活躍です。(筆者撮影)
左からMOTレール倶楽部の石黒明さん、イラストレーター鈴木周作さん、作曲家の上野利幸さん。上野さんは「ゲヱセン上野」というペンネームでゲームライターとしてもご活躍です。(筆者撮影)

『オホーツクに消ゆ』コラボは2021年から始まりました。堀井雄二さんというビッグネームが功を奏して、網走市はじめ沿線自治体、JR北海道も応援してくれました。この年から「流氷物語号」は観光車両「北海道の恵み」シリーズが起用されて、いっそう観光列車らしくなりました。

ところで『オホーツクに消ゆ』で「消えたもの」は何か。答えはゲームの中に見つけてね、といいたいところですが、もはや中古品でもなかなか手に入りません。レトロゲーム配信サイト「PROJECT EGG」でPC-8801版を購入できます。月額課金されている方はぜひどうぞ。ファミリーコンピュータ版をリメイクしてほしいところですが、ストーリーを追うだけでしたら、動画配信サイトでプレイ動画を探してみましょう。とても良いお話なので、リメイク、あるいは映像化、続編を期待しています。

(2024年2月22日追記 なんと、『オホーツクに消ゆ』のリメイク+続編の発売が決定しました。 G-MODEから2024年夏にリリースされるとのこと。北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ ~追憶の流氷・涙のニポポ人形~ )

北浜駅に新設された案内板にゲームパッケージ風のモニュメントがついています(筆者撮影)
北浜駅に新設された案内板にゲームパッケージ風のモニュメントがついています(筆者撮影)

■コロナ禍を走り続けて、いまや満員盛況に

2021年といえば「新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言期間」のど真ん中です。外出自粛、観光地など集客施設の自粛要請などがあり、全国各地の観光列車は運休に追い込まれていました。「流氷物語号×オホーツクに消ゆ」の初年度です。JR北海道は国内の感染状況を睨み、催行の判断を保留します。結果的に北海道は緊急事態宣言もまん延防止等重点措置期間も該当せず、JR北海道は「流氷物語号」など観光列車の運行を決めました。運行開始日直前の判断でした。

航空便が減便するなど逆風もあり、道外では制限されていた都府県も多く、集客はいまひとつ。JR北海道が発表した利用者数は合計3308人。1日平均127人となり、前年比で半分になってしまいました。しかし、SNSでは『オホーツクに消ゆ』のファンからの喜びの声がいくつも上がりました。「行きたくても行けない、コロナが明けたら必ず」とも。

MOTレール倶楽部は、本来なら乗車記念品として販売するグッズを「きっぷで応援」という仕組みで通信販売しました。最寄り駅のみどりの窓口などで「網走~知床斜里」間のきっぷを買って、申込書を同封し、現金書留で代金を送ります。こうして「いつか必ず行きたい」という気持ちに応えました。これは現在も継続しています。

2年目の2022年は合計4901人が乗車し、1日平均196人。前年実績の五割増しとなりました。行動制限解除後の2023年は合計8775人、1日平均313人が乗車。前年実績の8割増しです。これは感染症緊急事態宣言期間直前の2020年を超える数字でした。流氷観光だけではなく、『オホーツクに消ゆ』コラボにやっと参加できた人たちも支えてくれたことでしょう。今期はあと8日走ります。どれだけ数字が伸びるか楽しみです。

利用客が増加するなかで、『オホーツクに消ゆ』を知らない乗客も増えています。訪日観光客が知る由もありませんから、それは当然のことです。それでも観光客の多くはコラボヘッドマークやコラボ駅名標の前で記念写真を撮り、車内でボランティアが販売するコラボグッズを購入しています。そこに描かれた、上着を脱いでいる刑事「シュン」、「まきこ」「めぐみ」「涙のニポポ」は、ゲームのキャラクターと言うより、この列車のキャラクターとして定着したかのようでした。

こうなると、ますますリメイクしてほしくなりますね……。

(2024年2月22日追記  前出の通りリメイク版の発売が発表されました。願いが叶いました!! )

北浜駅の展望台から、晴れた日は知床連山も見える絶景スポットです(筆者撮影)
北浜駅の展望台から、晴れた日は知床連山も見える絶景スポットです(筆者撮影)

■北浜駅、100年の物語

第2の殺人事件現場(笑)の北浜駅は、駅から流氷を眺められる駅として観光客に人気です。小さな展望台があり、そこに上ると列車越しに流氷の海が広がります。無人駅ですが、駅舎は「停車場」という喫茶店になっています。北浜駅が無人駅になったとき、それでは寂しすぎると、近くで食堂を構えていた藤江良一さんが国鉄と交渉して実現したとのこと。東京や札幌で修行したとのことで、名物はホタテカレーです。

北浜駅(筆者撮影)
北浜駅(筆者撮影)

北浜駅は今年の11月に開設から100年を迎えます。それを記念して、JR北海道と網走市は新しい案内板を設置しました。内容は駅前に面して「オホーツク海に一番近い北浜駅」と貝殻通行証のモニュメント、線路に面して「北浜駅の夕景のイラスト」と『オホーツクに消ゆ』のゲームパッケージのモニュメントがあります。北浜駅は流氷を撮るだけではなく、自分が訪れた記念写真を撮るためのスポットができました。

貝殻通行証は国鉄時代末期、北浜駅第19代駅長の木村茂さんが考案しました。海岸で拾った貝殻を磨き、通行証と書いて、きっぷを買った人にプレゼントしました。赤字国鉄の増収策として、自分でもできることをやろう、と考えたそうです。貝殻通行証は「試験に通る」などのお守りとして評判になり、わざわざ列車で買いに来る人もいたそうです。「オホーツク海に一番近い北浜駅」の案内板も、かつて木村さんが設置していたそうで、新しい案内板は、その再現とも言えます。

北浜駅に設置された案内板。左側は北海道観光資源創造センター理事の大熊一精さん。ホンモノの貝殻通行証を見せてくれました。手に注目。(筆者撮影)
北浜駅に設置された案内板。左側は北海道観光資源創造センター理事の大熊一精さん。ホンモノの貝殻通行証を見せてくれました。手に注目。(筆者撮影)

「北浜駅の夕景のイラスト」は、水彩画イラストレーターとして活躍する鈴木周作さん。彼は会社員時代に東京から北浜駅を訪れ、趣味で絵を描いていたところ藤江さんの目にとまり、ポストカードを売ってもらったとのこと。これがイラストレーターになるきっかけとなりました。現在は絵本や絵画教室、スカイマークの機内誌やえちぜん鉄道のカレンダーのイラストなどを手がけています。いわば北浜駅へ恩返しといったところでしょうか。

流氷物語号が北浜駅に到着すると、ここでもメロディが流れます。この曲は今年から。上野利幸さんの新曲です。ゲームとは関係なく、北浜駅に列車が到着し、去って行く情景をテーマにしたそうです。耳を澄ませば、ガタンゴトンというレールの響き、ディーゼルカーの汽笛もアレンジされています。40年前にこの駅が登場するゲームの音楽を作り、いま、その駅のテーマ曲を作る。感慨深いことでしょう。

線路側は鈴木周作さんのイラスト。この絵のように海に陽が落ちる日は年間に数日しかないそうです。(筆者撮影)
線路側は鈴木周作さんのイラスト。この絵のように海に陽が落ちる日は年間に数日しかないそうです。(筆者撮影)

北浜駅は物語の舞台としても知られています。高倉健主演の『網走番外地(1965年)』では網走駅として登場しました。近年では岸谷五朗主演の「みにくいアヒルの子(1996年)」、そして中国映画『非誠勿擾(邦題 狙った恋の落とし方。2008年)』は中国で大ヒットしました。中国では興行成績1位。同年に公開された『レッドクリフ』を超えたとのこと。その影響で北浜駅は中国からロケ地訪問する観光客で賑わったそうです。私が流氷ノロッコに乗った2010年は、その人気の余波があったのかもしれません。

北浜駅の駅舎内に『非誠勿擾』のスタッフの記念写真もありました。(2010年筆者撮影)
北浜駅の駅舎内に『非誠勿擾』のスタッフの記念写真もありました。(2010年筆者撮影)

流氷物語号と北浜駅には、運行に関わる人、ボランティアで支える人、人生の転機を迎えた人など、たくさんのひとの物語を乗せ、縁を結んできました。そしてこれからも、新しい物語を作っていくことでしょう。

流氷物語号でもらえる乗車記念カード。裏面は北浜駅99周年の訪問記念カードになっています。(筆者撮影)
流氷物語号でもらえる乗車記念カード。裏面は北浜駅99周年の訪問記念カードになっています。(筆者撮影)

2024年2月20日 18時38分 誤字などを修正しました。

2024年2月22日 12時40分 ゲームのリメイク版発売決定を追記しました。

鉄道ライター

東京都生まれ。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社でパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当したのち、1996年にフリーライターとなる。IT、PCゲーム、Eスポーツ、フリーウェア、ゲームアプリなどの分野を渡り歩き、現在は鉄道分野を主に執筆。鉄道趣味歴半世紀超。2021年4月、日本の旅客鉄道路線完乗を達成。基本的に、列車に乗ってぼーっとしているオッサンでございます。

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