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JR東海が非公開エリアの扉を開ける! 「上野東照宮金色殿」体験ツアーはナゼ可能に? (追記あり)

杉山淳一鉄道ライター
ツアー販売に先駆けて報道公開された「金色殿」の内部(筆者撮影)

JR東海は2023年6月27日14時から、『【特別参拝】家康公を祀る「上野東照宮 金色殿」内部へ!神職の解説付』を販売します。スマートEX・エクスプレス予約会員に向けて先着順で受け付けます。

徳川家康や東照宮のファンの方、歴史探訪趣味の方は驚くかと思います。なぜなら、上野東照宮の公式サイトによると、社殿「金色殿」は「文化財保護の為、社殿内は非公開としております」だからです。過去には内部の参拝もできたそうですが、2009(平成21)年から2013(平成25)年まで修復工事が行われて、それ以降は非公開となりました。

じつは昨年、2022(令和4)年に3日間、150名限定で金色殿内部が公開されました。「上野の山文化ゾーンフェスティバル」の30周年を記念した催しのひとつです。このイベントは台東区と上野の山にある博物館、美術館など28団体が加盟する「上野の山文化ゾーン連絡協議会」が開催しました。金色殿の特別公開は台東区が受付窓口になりました。競争率はなんと280倍だったそうです。当選できなかった人は、40周年、50周年が次のチャンスかな……と期待したことでしょう。

上野東照宮の社殿(金色殿)ここまでは一般参拝で入れる(筆者撮影)
上野東照宮の社殿(金色殿)ここまでは一般参拝で入れる(筆者撮影)

先着順180名、ひとり2,200円

しかし、そのチャンスはJR東海のツアーとして、もっと早く訪れました。JR東海によると、設定日時は7月23日(日)・8月20日(日)・9月24日(日)の3日間。どの日も10時から、13時から、15時からの3回を開催します。各回あたり20名限定。合計180人です。所要時間は1時間、内容は神職の方による境内の案内が30分、金色殿内部の見学が30分です。参加費は2,200円で子どもも同額となります。

台東区が募集したときは1回ひとり500円でした。今回は2,200円なので4倍以上です。割高といえばその通りですけれども、JR東海が募集するというのに、東海道新幹線と組み合わせたツアーになっていません。現地集合現地解散です。そこは良心的と言えそうです。

ただし、このツアーはEX旅のコンテンツポータルにて先着販売となっており、JR東海のオンライン予約サイト「エクスプレス割引」「スマートEX」の会員のみ購入できます。「スマートEX」は会費が不要なので、ネット環境があれば誰でも参加できます。

なお、注意事項として文化財保護の観点から「歩行の際、杖・手押し車・車いすが必要な方はご参加いただけません」「必ず靴下を着用してください」となっています。これは金色殿の床が漆塗りになっているからです。さらに「金色殿内部の撮影は禁止といたします」これは報道公開では特別に許可されましたが、三脚は禁止でした。また「小学生未満の方はご参加いただけません」とのことです。

なぜ民間企業がこんなことできるの?

私はツアー販売に先駆けて、JR東海から報道公開に招かれました。報道公開と言っても人数限定で、大変貴重な機会をいただきました。しかし、招いていただきながらも疑問が湧き上がりました。なんでJR東海は文化財の「非公開の扉」を開けられたのでしょうか。上野東照宮はなぜ民間企業に公開を許したのでしょうか。新聞社のツアーや出版社の歴史雑誌のツアーというなら、歴史や文化を伝えるという意義がある。でもJR東海って、こう言ってはアレですけど、新幹線のきっぷで稼ぐ会社じゃありませんか。

JR東海の意図は透けて見えます。この機会に「エクスプレス割引」「スマートEX」の会員を増やしたい。既存の会員に喜んでいただきたい。いわゆる「会員囲い込み」でしょうね。JR東海は2021年に「EX-MaaS」を始めました。これは東海道・山陽・九州新幹線と一緒に、ホテルや二次交通、観光イベントなどをまとめて予約、決済するサービスです。

「EX-MaaS」のサービス名が「EX旅のコンテンツポータル」です。旅の目的として「歴史探訪」の人気は高く、文化財訪問ツアーなどのメニューを増やしたい。EXサービスは新幹線の予約サービスだけではなく、オンライン旅行会社へ成長します。だから従来の旅行会社と同様に、オリジナルツアーを投入したいわけです。

では、上野東照宮の立場はどうなのでしょう。民間企業ならどこでも良いというわけにはいかないはずです。むしろ民間企業だからコラボも慎重になるはず。ははーん、さてはお金だな。多額の寄進が……いやまて、2,200円×180人=396,000円。全額を寄進したらビジネスとしては成り立たないし、この金額で東照宮が心動かされるはずがないですよ。

神職の方にこっそり聞いてみたところ、主な理由として「全国たくさんの方に東照宮を知っていただきたいので」とのことでした。台東区の募集だと来訪者の地域が限られてしまう。そうかといって、文化財として多くの見学者受け入れは難しい。見学にあたり杖や車いすなどは不可、子どももダメとなると、公共イベントとしては募集しかねます。そうなると、民間企業のツアーのほうがいいかもしれません。

「知っていただきたい」という部分で、EXサービスの会員数1000万人以上も魅力的です。しかも入会にはクレジットカードが必要ですから、身元も信用もしっかりしています。会員にはメールマガジンが届きます。もはやEXサービスはメディアといえます。

JR東海の文化財支援活動も高評価

もうひとつ、上野東照宮がJR東海に対して好意的な理由があります。それは、JR東海が長年にわたって京都府や奈良県のキャンペーンを実施し、寺社、文化財の価値を広め、認知度を高めるために貢献してきたからです。文化財管理者は横のつながりもあり情報交換もされているでしょう。JR東海が手がけるツアーが文化財維持にどれだけ役立っているか、評価が高まっているのではないでしょうか。

本年は特に、大河ドラマ『どうする家康』にちなみ、東京都で増上寺、静岡県で久能山東照宮特別正式参拝、愛知県で伊賀八幡宮や岡崎大河ドラマ館など、徳川家康ゆかりの地で「特別な体験」を提供してきました。このほかにも寺社文化財の体験ツアーがあります。EXサービスは歴史ファンにとって見逃せないメディアです。このメニューの中に上野東照宮も参加したいと思ったかもしれません。

私見ですが、上野東照宮の認知度は日光東照宮や久能山東照宮ほどではなさそうです。みなさんは上野東照宮がどこにあるかご存じですか? 上野動物園の正面入口の左隣に参道があるんです。私は上野動物園や上野公園のイベントに何度か行きましたが、上野東照宮の場所も知りませんでした。

上野東照宮の参道は上野動物園の入口の隣にあります(筆者撮影)
上野東照宮の参道は上野動物園の入口の隣にあります(筆者撮影)

寺社文化財にとって、維持費や改修費は重要です。その多くは参拝者の賽銭、氏子の寄付、お守りなどの授与、拝観料、祈祷料で賄っています。上野東照宮は国が指定する重要文化財です。国宝として国の支援がある場合も全額ではありませんし、国が宗教施設に関与しにくいという事情もあるようです。そうなると、よりたくさんの人々に来訪していただきたい。そのためには認知度を高めたいわけです。上野東照宮の「全国たくさんの方に東照宮を知っていただきたい」は、とても重要です。そしてEXサービスは告知メディアとしても有効です。

金色殿を囲む透塀には動物や昆虫、魚、華などの彫刻がある。上野東照宮は内側手前の柵に何が彫られているか表示してある。動物園の隣だからか。子どもにとっても楽しそう(筆者撮影)
金色殿を囲む透塀には動物や昆虫、魚、華などの彫刻がある。上野東照宮は内側手前の柵に何が彫られているか表示してある。動物園の隣だからか。子どもにとっても楽しそう(筆者撮影)

JR東海の意図は意外にも純粋だった

JR東海「EX旅のコンテンツポータル」を見ると、ここでしか体験できないツアーがたくさんあります。このうち一般参拝で入場できない場所は、「清水寺・非公開エリア(京都)」、「安倍文殊院・堂奥内陣(奈良)」、特別体験は「別小江(ワケオエ)神社EXサービス貸切参拝(愛知)」、「下鴨神社御手洗祭 特別案内(京都)」、「瑠璃光院夜間特別参拝(京都)」、「久能山東照宮特別正式参拝(静岡)」など多数あります。

新幹線ファンに向けたツアーもあります。「【徳川家菩提寺】増上寺×鉄道開業150年特別コラボ御守 墓所拝観券&御朱印付」、「【新幹線×掛川城】限定切り絵御城印付き「掛川城」天守閣・御殿入場」、「【久能山東照宮】国宝社殿・博物館拝観 新幹線コラボ御守付き」、「小田原城×新幹線御城印 天守閣2館共通券と観光交流センター利用券付」、「犬山城 リニア御城印付き城下町周遊券」などなど。

上野東照宮に限らず、EX旅のコンテンツポータルで販売する体験ツアーのほとんどが単体販売です。新幹線のきっぷは付属しません。もちろんEXサービス関連なので、目的地まで新幹線で行く人は多いと思います。しかし、体験だけを購入すればマイカー利用も可能です。そうなると、文化財体験ツアーは利益以外の気持ちを優先していそうですよね。

JR東海の担当者に聞きました。

「個人的な考えですが、奈良や京都を舞台に観光キャンペーンを展開しておりまして、その活動の一環で『文化財を後世に紡ぐことの難しさ』を肌で感じておりました。同時に『鉄道会社の立場で何かできないか』という問題認識をもっておりました。私の同僚も同じ意見です。奈良のキャンペーンを立ち上げた元役員の話を聞いたことがありますが、同様のことを言っていたので、会社としては当初からずっと持ち続けてきた考えだと言えそうです」

京都も奈良も、当初は「ポスターやCMに神社仏閣を起用する」という感じで「神社仏閣の魅力を伝える = 新幹線の集客につながる」だと思います。それが、すこしずつ、地域の観光キャンペーンや寺社と協業するとか、深い関係になっていきました。きっかけは何でしょうか。

「2021年発表の『EX-MaaS』のコンテンツを強化するため、2023年から取り組む『ずらし旅』と連動するため、2023年実施の『どこ行く家康』キャンペーンと連携するため。この3つが挙げられますが、あることがきっかけでそこから急にということではなく、長らく地道にキャンペーンを展開してきたことで、地域の皆様も当社により心を開いてくださっている、と理解しています」

JR東海の担当者は、「この文化財で企画をやれば新幹線のきっぷが売れる」という考えよりも、「文化財や寺社を応援するためには何ができるだろう」という考え方で文化財管理者と協業していく。最初は会社の立場で接していたつもりが、いつしか文化財保護の価値観に変わっていく。その姿勢が共感を呼び、非公開エリアの重い扉が開いてきたといえそうです。

(2023年6月27日22時00分 誤字脱字を修正しました)

(2023年6月27日 22時06分 追記)

ツアーの完売を確認しました。なお上野東照宮の公式Twitterアカウントによると、秋に台東区主催の内部拝観を予定しているそうです。

鉄道ライター

東京都生まれ。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社でパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当したのち、1996年にフリーライターとなる。IT、PCゲーム、Eスポーツ、フリーウェア、ゲームアプリなどの分野を渡り歩き、現在は鉄道分野を主に執筆。鉄道趣味歴半世紀超。2021年4月、日本の旅客鉄道路線完乗を達成。基本的に、列車に乗ってぼーっとしているオッサンでございます。

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