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批判を黙らせた…2階級制覇王者スティーブンソンがヘリング戦で証明したこと

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mikey Williams / Top Rank

10月23日 アトランタ ステイトファーム・アリーナ

WBC世界スーパーフェザー級タイトル戦 

同級暫定王者

シャクール・スティーブンソン(アメリカ/23歳/17戦全勝(9KO))

10回TKO

王者

ジャメル・ヘリング(アメリカ/35歳/23勝(11KO)3敗)

試合内容、視聴率共に上質だったスティーブンソンの最新試合

 10月26日に明らかになった好視聴率は、“良いカードを組めばファンを惹きつけられる”という業界の真理を改めて物語っていたのだろう。

 先週末、ESPNで放送されたヘリング対スティーブンソン戦の視聴件数は平均123万3000件、ピークで126万4000件という好数値を記録。この数字にはスペイン語放送のESPNデポルテス、動画配信のESPN+で見た視聴者は含まれておらず、ボクシングにはラテン系ファン、あるいはストリーミングに依存するファンが多いことを考慮すれば、合計の視聴者数はかなりの数になるはずだ。

 こうしてビジネス面でも成功を収めたヘリング戦で、スティーブンソンはスピード、スキルに力強さが融合された素晴らしいファイトで魅せてくれた。

 WBC世界スーパーフェザー級王座を4度も守ってきた実力者を、序盤から寄せ付けずに圧倒。これまでは時に安全運転に走りがちな点が指摘され、特に6月のジェレマイア・ナカシリャ(南アフリカ)戦後にはESPNの解説を務めた元2階級制覇王者ティモシー・ブラッドリーからも厳しい口調で批判されたスティーブンソンだったが、この日の戦いぶりはそんな周囲を黙らせるのにも十分だったはずだ。

 「センセーショナルなパフォーマンスだった。多くの人たちからなぜパウンド・フォー・パウンド最強候補と目されているのかを示した。ヘリングもハートの強さを誇示したが、今夜は相手がとてつもなかったということだ」

 ボブ・アラム・プロモーターの試合後のコメントからも、金の卵の成長度に対する手応えが感じられた。まだ綺麗にフィニッシュし切れない点に課題は残るものの、詰め方以外、この日の戦いぶりはほぼ満点に近いように思えたのだ。

大事に育成されたスーパースター候補

 2016年のリオ五輪で銀メダルを獲得したスティーブンソンがプロ入り以降、トップランクはこの超有望株を非常に大切に育ててきた印象がある。冒険ファイトはほぼなく、スキルかパワーのどちらかが欠けた対戦相手を慎重に選別。ヘリング戦まで王者との対戦もなしと、丁寧なマッチメイクは徹底していた。

 商品価値の高い元オリンピアンを大事に育成するのは当然ではあるが、特にデビュー直後のスティーブンソンはあまりにも華奢で、まだ子供の身体つきに思えた。その守備技術は当初から飛び抜けていただけに、早くから強豪と対戦しても勝ち残れていた可能性は高いが、より伸びやかに育てるために、時間をかける必要があると判断したということなのだろう。

 その育成が成功したことは、ヘリング戦の戦い方を見れば明らかだ。ヘリングもパンチ力の面で怖さがある選手ではないが、この日のスティーブンソンはスピード、フットワーク、技術だけでなく、パワーでも上回っているように見えたことは特筆されてしかるべき。身体には今では立派に肉がつき、台頭期に残していた少年の面影はすでになくなった。

 ヘリング戦後、ある関係者は「機は熟したかな」と述べていた。好カードの呼び声高かった一戦でこれまででベストと思える出来を披露した後だけに、今後は新王者の陣営も一段ギアを上げることになるのかもしれない。

攻撃力不足が指摘されてきたスティーブンソンだが、ヘリング(写真)をストップした最新試合では力強さを感じさせた Photo By Photo By Mikey Williams / Top Rank
攻撃力不足が指摘されてきたスティーブンソンだが、ヘリング(写真)をストップした最新試合では力強さを感じさせた Photo By Photo By Mikey Williams / Top Rank

 スティーブンソンにとって、当面のターゲットはWBC同級王者オスカル・バルデス(メキシコ/30戦全勝(23KO))。重厚なファンベースを持つメキシカンであり、スティーブンソンとはファイトスタイル的にも噛み合いそう。付け加えならば、今のバルデスは一連の薬物問題でイメージが悪くなっており、両選手を抱えるトップランクの意向はともかく、スティーブンソン側はこの試合を勧善懲悪のストーリーで売り出すこともできる。

標的なバルデス、そしてデービス ?

 「これまでもバルデスと戦いたいと言ってきた。他にやりたい試合はないよ。バルデスの側にも選択肢はないはずだ。強敵との対戦を避けていたら、メキシコのファンは許さない。特に僕はトップレベルの世界王者相手に良いパフォーマンスを見せたばかりだから、もう逃げ場はないはずだ」

 ヘリング戦後、スティーブンソンはそう息巻いていたが、実際にバルデスとの統一戦は様々な意味で絶好のカードと言える。

 バルデスの方にしても、汚名返上のためには再三の検査でクリーンであることを示した上で強敵と戦うのが一番。また、冒頭で述べた通り、スティーブンソンの最新試合はビジネス面でも好結果を叩き出しただけに、最近はボクシング中継には財布の紐がやや固いESPNも、スティーブンソン対バルデス戦への投資に依存はないだろう。

 少々気の早い話だが、バルデス戦よりさらに先の相手候補として、スティーブンソンは3階級制覇王者ジャーボンテ・デービス(アメリカ)の名前も出していた。

 スティーブンソン対ヘリングの観客動員は5123人だったが、アトランタが第2の故郷と言えるデービスは、6月のマリオ・バリオス(アメリカ)戦で同じアリーナに16000人以上を集めたほどの人気を誇る。現状、興行力ではスティーブンソンより一枚も二枚も上。プロモーターの違いもあってデービス対スティーブンソン戦をまとめるのは容易ではないとしても、この試合を組めば黒人層から圧倒的な支持を集めるであろうだけに、考慮する価値はある。

 いずれにしても、アラムの言葉にもある通り、そのディフェンス力ゆえに近未来のパウンド・フォー・パウンド候補と称されてきたスティーブンソンは、ついにビッグファイト路線に乗り出す可能性が高い。

 いや、そうしなければそろそろ周囲が納得しない位置にまで到達したと言い換えた方がベターか。充実したヘリング戦の後で、2022年、スティーブンソン本人はもちろん、陣営、プロモーター、テレビ局がどんな方向性を選択するかに注目が集まる。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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