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17連続KO勝ちのスター候補は次戦で誰と対戦する? カギを握るデラホーヤの判断

杉浦大介スポーツライター
Photo By Sye Williams/Golden Boy

3月20日 アメリカ・テキサス州フォートワース

ディッキーズアリーナ

WBOインターナショナルウェルター級タイトル戦

バージル・オルティス・ジュニア(アメリカ/22歳/17戦全勝(17KO))

TKO7回37秒

元WBO世界スーパーライト級王者

モーリス・フッカー(アメリカ/31歳/27勝(18KO)2敗3分)

 実力を証明する勝利

 ライジングスターは重要な“試験”をクリアしたと言えるのだろう。

 20日、同じテキサス州出身の元世界王者と対戦した一戦は、これまで全勝全KOで勝ち進んできたオルティスにとって重要なテストマッチだった。わずか2戦前には1階級下の統一戦を戦ったフッカーは、いわゆる“ゲートキーパー”よりも一段上の立ち位置の選手。スーパーライト級時代は体重調整に苦しむのが恒例だったフッカーだが、ウェルター級昇級以降は減量苦からも解放され、オルティス戦でも3、4ラウンドはスキルをいかしてポイントを奪ったように見えた。

 これまで飛ぶ鳥を落とす勢いだったオルティスに訪れた“真実の瞬間”。新星の輝きがメッキに過ぎないのであれば、敵地イギリスで世界タイトルを奪取した経験を持つベテランの前にずるずるといっていたかもしれない。

 しかしーーー。5回にパワフルなボディ攻めでフッカーにダメージを与えたオルティスは、以降は明白に主導権を握り返す。6回に左アッパーから右のコンビネーションで最初のダウン。7回には激しい打ち合いの中でフッカーが右腕に異常を発生し、ローレンス・コール主審が試合をストップした。

 フィニッシュこそやや不透明であったものの、明らかに実力上位であることを示した上でのストップ勝ちで5584人の観衆を喜ばせたことの意味は大きい。

 「僕と戦う必要はなかったのに、この試合の機会をくれたモーリスに感謝したい。良い試合ができたと感じているけど、まだ向上の余地はある。彼は耐久力があり、打たれ強いけど、僕はやるべきことをやった。徐々にスローダウンさせ、強みを奪っていくのがゲームプランだった」 

 タフネス、心身両面のスタミナ、ビッグステージでも物怖じしない度胸など、オルティスはこの1試合で多くを証明したと言って良い。単なるパワーパンチャーではなく、正真正銘のスター候補である。キャラクターこそやや地味ではあるが、そのアグレッシブなスタイルと気風の良さはボクシングファンには好まれるはずだ。

 試合後、改めてクロフォード戦を熱望

 今後の注目はこの若武者が次戦で誰と対戦するか。フッカー戦で真価を示し、本来であれば次戦で世界タイトル挑戦へと進みたいところなのだろう。問題はこの階級のタイトルホルダーはテレンス・クロフォード、エロール・スペンス・ジュニア(ともにアメリカ)を先頭にビッグネーム揃いなことだが・・・・・・

 「この勝利によって自信が得られた。世界王座を奪う準備はできているとこれまで以上に自分を信じられる。クロフォードと戦いたい。準備ができているかはわからないけど、戦いたいんだ」

 試合後のリング上でオルティスはそう述べ、戦前から盛んに繰り返していたWBO世界ウェルター級王者であるクロフォードへの挑戦希望を改めてアピールした。22歳の新鋭はまだ8ラウンド以上を戦ったことがないにもかかわらず、パウンド・フォー・パウンドのトップ3に入ると目されているエリート王者との対戦を熱望し続けているのだ。

 超実力派チャンピオンとオルティスの激突が本当に実現すれば、ボクシングファンには必見のカードとなる。ハイリスク・ローリターンの存在と見られていたオルティスだが、インパクトの大きなフッカー戦の勝利で商品価値も上がるだろう。クロフォードの対戦相手不足に悩まされているトップランクとしても依存はないのではないか。最近のゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP、オルティスのプロモーター)とトップランクの関係の良さを考慮すれば交渉成立は至難ではあるまい。

 挑戦者の知名度不足が懸念されるが、昨年のワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)対テオフィモ・ロペス(アメリカ)戦同様、事前の盛大なプロモーションでカバーできる。フッカーとクロフォードはともに“Bomac”ことブライアン・マッキンタイヤ・トレーナーの門下生であり、クロフォードによる“敵討ち”の趣があるのも面白い。

 米メディアもこのカードの魅力に飛びつくに違いない。The Athleticはオルティス対フッカー戦の前の時点で「オルティスはクロフォードに挑む準備はできているか?」という特集記事を掲載していたほど。オルティスの連続KO記録も格好のセールスポイントになり、クロフォード戦を大都市で上手に売り出せばビッグファイトらしい注目度を得ることは可能だろう。

Photo By Sye Williams/Golden Boy
Photo By Sye Williams/Golden Boy

 しかしーーー。好カードは大歓迎だが、さすがに時期尚早なのではないかという気がしてくる。37戦全勝(28KO)のクロフォードは攻守両面でハイレベルな万能王者。まだ若いオルティスに失うものはないと考えて挑戦するのは良いが、34歳になったクロフォードはキラー・インスティンクトも備えているだけにリスキーである。

 オルティスはディフェンス面の甘さをフッカー戦でも露呈しており、クロフォードと対戦すれば継続的な被弾は逃れられまい。そのパワーとスピードゆえに勝機がないとはいわないし、クロフォードが急激に衰え始めることも考えられるが、現時点での下馬評通りに敗れるとすれば、心身両面で後々まで引きずるようなダメージを負う可能性がある。

 「バージルは上り調子だけど、この世界には”レベル”というものがある。良い選手だけど、クロフォードの域には達していない。まだキャリアを積み重ねる時期。いずれ世界王者にはなれるだろう」

 フッカーはオルティスのポテンシャルを認めた上でそんな冷静な言葉を残していたが、同意するファン、関係者は多いのではないか。

 せめてもう1戦、ロマチェンコ戦前にロペスがリチャード・コミー(ガーナ)に勝って世界タイトルを奪ったように、真の意味で世界の手触りが感じられるファイトをこなしておくのも悪くないように思える。WBAレギュラー王者のジャマール・ジェームズ(アメリカ)あたりが適任だが、ジェームズ、同スーパー王者のヨルデニス・ウガス(キューバ)はPBC所属であり、オルティスの早期挑戦は考え難いのがネックではある。

 デラホーヤとGBPの意向は?

 「オルティスが今回のテストも満点でクリアすれば、彼をクロフォードに挑ませても構わないと思っている。すごい試合になるだろうね」 

 オルティス対フッカー戦の前、GBPのオスカー・デラホーヤはそう述べていた。そしてオルティスがフッカーを下したあと、デラホーヤはクロフォードに「ボブ・アラムに私に電話させてくれ」とツイッター上でメッセージを送っていた。

 さて、これらの言葉はどこまで真剣なのか。シリアスな交渉はメディアの目の届かないところで行われるのが常であり、正直、SNSでやりとりされている時点で本気度は低いと疑わざるを得ない。

 ここで筆者が思い出したのは、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)対サウル・カネロ・アルバレス(メキシコ)の対決の気運が盛り上がっていた2016年5月のこと。

 アミア・カーン(イギリス)に6回KO勝ちを飾った後、当時WBC世界ミドル級王者だったカネロは「今すぐにでもゴロフキンと戦う」と息巻いた。カネロのプロモーターだったデラホーヤも、リング上からゴロフキンに「明日、(交渉のために)電話するから出ろよ」と叫び、この段階ではWBC暫定王者だったゴロフキンとの指名戦実現は決定的に思えたのだった。

 ところが、これだけの騒ぎを起こしながら、それから約10日後、カネロはWBC世界ミドル級王座を返上。ゴロフキン戦は先送りとなり、2人の初対決は2017年9月までさらに1年以上も待たなければいけなかった。

 この件でデラホーヤを「嘘つき」と糾弾したいわけではない。先走ろうとする選手のプライドを一度は同調することで守った上で、プロモーターとして冷静な判断を下したのだろう。批判されることも多く、最終的にはカネロとも袂を分かつことになったGBPとデラホーヤだが、ゴロフキン戦を挙行するタイミングはカネロのキャリアにベストであったことは歴史が証明している。それから時は流れ、今回、新たな金の卵であるオルティスのために適切なジャッジメントができるかどうか。

 カネロに去られたGBPにとって、ライアン・ガルシア(アメリカ)、オルティスの成功は死活問題である。それゆえに、これからオルティスがどういった路線をいくかが実に興味深い。まずはオルティスが次戦で誰と戦い、デラホーヤがどんなふうにその選択を説明するかが今から楽しみでもある。

デラホーヤ(左)とオルティス Photo By Sye Williams/Golden Boy
デラホーヤ(左)とオルティス Photo By Sye Williams/Golden Boy

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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