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子どもも親も置き去り?設置先送り批判・幼保一元化偏重のこども庁報道が危険な2つの理由 #こども政策

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
こども庁の政治部報道も親子を置きざりにしているのでは?(写真:yamasan/イメージマート)

こども庁について、幼保一元化偏重、そして設置先送りという報道がされ、後追い報道が増えています。

※読売新聞【独自】こども庁創設、省庁調整に時間要し23年度以降に先送り…「幼保一元化」当面見送る(2021年11月20日

政府におけるこども庁・こども政策の議論もフォローしておらず、保育・幼児教育の現場を知らないであろう大手新聞社政治部の偏った報道に、私は強い懸念を覚えています。

理由は2つあります。

理由1.偏った報道ばかりがクローズアップされ、本当に必要なこども政策に関する議論や、政府でのこども政策への取り組みの正確な報道が不十分になる。

幼保一元化よりはるかに緊急性が高く重要なこども政策や法を充実させるために、政府の有識者会議では真剣な議論がされ、岸田内閣でも具体化にむけた検討が迅速に行われている実態が理解されていない。

理由2.幼保一元化偏重ばかりが強調されると、保育・幼児教育の質の向上のための議論も政策もかえって不十分になる。

幼保一元化より、保育士・幼稚園教諭の待遇改善や、研修体制・カリキュラムの充実への予算・人員拡充のほうがはるかに有効であるというエビデンスにもとづく政策が立ち遅れてしまう。

以下、この2つの論点について、現状や課題を詳しく述べ、実態を把握しない粗雑な報道の問題を指摘します。

1.偏った報道により、本当に必要なこども政策に関する議論や、政府でのこども政策への取り組みの正確な報道が不十分になる

幼保一元化をしないなら意味がない、こども庁が先送りされるようだ、このような単純化しすぎた偏った報道はとても危険です。

すでに省庁間連携での取り組みが進展してきた幼保一元化よりも、いままで取り組みがゼロだったこども政策に急いで着手するほうが、子ども若者のためにはよほど重要だからです。

実際に、内閣官房に設置された有識者会議(こども政策の推進に関わる有識者会議)では、子ども若者支援のスペシャリストたちの素晴らしいチームが、本当に必要なこども政策について、真剣に議論をし、もう少しで報告書が取りまとめられるところまで来ています。

こども政策有識者会議の資料・議論を追っていただければ、多くの新規こども政策に関する非常に重要な議論が行われており、設置に至るまでに丁寧な調整や、組織体制・予算・人員についての検討にも時間を要することがわかります。

現時点でこども政策やこども庁の議論を把握した記事は、NHK産経新聞しか確認できません。

とくに酷いのは日経新聞報道です。

日経新聞,子ども庁は内閣府外局に 政府検討、幼稚園は文科省所管」(2021年11月8日)

「幼稚園と保育所の制度を統合する『幼保一元化』を見送るだけでなく、所管省庁を子ども庁に一本化するのも困難な状況となる」とあっさり断罪していますが、幼保一元化により、官僚のリソースが幼保一元化の膨大な事務割かれ、本当に必要なこどものための政策が遅れてしまうデメリットもあるという都合の悪い情報には一切触れていません。

これは報道の怠慢、質の劣化ではないでしょうか?

菅政権から開始されたこども政策有識者会議はスピード感あふれつつも、素晴らしいスペシャリストの参画のもと、重要な議論を進めています。

岸田内閣としても、年内に方向性をとりまとめることになっています。

私もこども政策有識者会議と今後の政府・政権の動きで注目すべきポイントはまとめています。

※末冨芳,どうなる、こども庁?子どもの意見も聞いた有識者会議の骨子案と展望 #子ども基本法 #こども政策・予算(2021年11月20日,Yahoo!記事)

なるべく早くこども政策の推進を、という願いは私にもありますが、こども庁発足を待たず、政府として多くの動きがあるはずです。

私自身が内閣府で関わる教育・福祉連携データベースも、こども庁が発足するまで動きを止めるなどということはなく、いまも政府・政権のご尽力・応援をいただきながら、着々と進んでいるのです。

拙速で乱雑な組織立ち上げではなく、データベースやエビデンスの活用、何より「こどもの視点、子育て当事者の視点に立った政策立案」のために丁寧な制度設計のこども庁になって何が悪いのでしょうか?

そして、いま必要なのは、どのようなこども政策の優先度が高いのか、国民に発信するための報道ではないでしょうか?

私自身も、与野党・政府関係者のヒアリングに対し、幼保一元化など大人の論理であり、子ども若者自身のウェルビーイングに関わる緊急度の高い事項から、こども庁が取り組むべきであると提言しています。

末冨作成資料(こども政策指標例への提言部分)
末冨作成資料(こども政策指標例への提言部分)

またこれまで指摘してきたように、子ども基本法、予算・人員の確保についても、国民の関心をひろく喚起し、子どもを大切にするための国に日本が進化していく報道も重要であるはずです。

※末冨芳,こども庁は財源論と子ども基本法とセットで本気の公約!#子育て罰をなくそう、#児童手当削減やめよう(2021年4月2日,Yahoo!記事)

2.幼保一元化よりも急がれるエビデンスにもとづく保育・幼児教育の質の改善

保育士・幼稚園教諭の待遇改善、研修や園評価・支援の充実こそ急務

私は、幼保一元化はこども庁では不要であるという議論を、当初から展開してきました。

幼保の制度統一にだけコストが割かれ、「やった感」だけが大人の間で演出され、子ども若者への投資や政策は充実しない、親子置き去りのノーメリットオプションだからです。

※末冨芳,少子化対策?菅総理「やった感」の#子ども庁ではなく子ども若者への投資が先です#子育て罰をなくそう(2021年4月13日,Yahoo!記事)

教育政策の専門家として、エビデンスに基づくならば、幼保一元化など形式的なことにこだわるよりも、保育・幼児教育の質の向上のための適切な政策(とくにカリキュラムの質の向上)とそのための政府投資が急がれるからです。

実際に、こども政策の推進に関わる有識者会議では、わが国の誇る経済学者である中室牧子先生(慶應義塾大学)、山口慎太郎先生(東京大学)が、それぞれ幼児教育の質の向上と、0-2歳保育の拡充の重要性を指摘しておられます。

こども政策有識者会議・11月8日・中室牧子先生資料より
こども政策有識者会議・11月8日・中室牧子先生資料より

こども政策有識者会議・11月8日山口慎太郎先生資料より
こども政策有識者会議・11月8日山口慎太郎先生資料より

また我が国の幼児教育研究の第一人者もある秋田喜代美先生(学習院大学)も設置形態を越えて質の高い統一されたカリキュラムこそが重要であるとOECDや先進国のデータ・エビデンスにもとづいてまとめておられます。

文部科学省・幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会・7月20日・秋田喜代美先生資料yとり
文部科学省・幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会・7月20日・秋田喜代美先生資料yとり

つまり幼保一元化にいまかまけている暇はなく、もっと急がれる施策があるのです。

こども政策に係る有識者会議での意見を見ても、子ども若者支援のスペシャリストばかりの委員からは、幼保一元化に関する意見など出ておらず、保育士等の待遇改善、幼児教育の質の向上や、幼保と小学校の接続など、エビデンスにもとづいて優先度の高い提言や、現場レベルで改善が急がれる課題が挙げられているのです。

障害を持った子どもたちや、医療的ケア児童など、多様な子どもたちが就学前から安心して成長できる保育・教育環境についても、取り組みが急がれる事項として、こども政策有識者会議でも指摘されていますが、幼保一元化はそのために必要なオプションではないのです。

とくに幼保に関連して急がれる3-5歳の幼児教育の質の向上については、文部科学省と関係省庁の連携の横串の通った連携体制のもと、小学校までの接続を見通した就学前カリキュラム開発が文部科学省特別委員会で推進されています。

こども庁が保育・幼児教育に実現すべき優先度の高い政策は、以下のようなことだと考えます。

・0-2歳保育のすべての子どもへの保障・無償化

・すでに岸田内閣で打ち出されている保育士等の待遇改善をさらに充実し継続的に進めるための財源獲得

・現在は不十分な保育士・幼稚園教諭の研修を支える体制・手当等の充実

・子どもたちのウェルビーイングを向上するより良い保育・就学前教育に取り組む園のガバナンス強化支援・評価方法の開発

とくに就学前のカリキュラム開発は、専門性を持つ文部科学省を中心として推進しなければ、専門性や専門人材蓄積に劣る内閣府・こども庁だけで担いきれるものではないと、専門家として危惧しています。

そして幼保一元化で子どもや親にどのような利益があるのか、まともな報道はこども庁と関連しては出てきていません。

そもそも子どもたちにどのようなメリットを実現したいのか、幼保一元化が自己目的化していないか、大人たち、とくに政治部記者やその後ろにいるかもしれない政治家たちは反省したほうが良いのではないでしょうか?

幼保一元化がクローズアップされても、子どもたちや、待機児童問題、保育の質に悩む働く親の悩みは解決できないのです。

もちろん幼保の根拠法の統一、そもそも保護+教育であった保育の機能整理と、こども庁・文科省の役割分担の明確化などは重要です。

しかし、そもそも先進国最少・最弱の国家公務員体制しかない日本では、幼保一元化にいま政府リソースを割いていれば、子どもの貧困・虐待対策、子どもの自殺対策、性犯罪者から子どもを守る仕組み(日本版DBS)などは置き去りになってしまうリスクが高いのです。

報道各社に問う、こども政策に関する報道はこれでいいのか?

あなたたちも子育て罰の加害者か?

最後に、今回のこども庁に関する報道をみて懸念しているのが、今後もこども政策に関するに関する報道のあり方について、実態を把握せず乱暴な報道がされ続けるのはないかということです。

とくに政治部報道により、本当に重要な子どものための法・政策・財源の発信や議論が後退してしまうことが起きれば、日本の子ども若者は幸せになることはありません。

日本は、親子に冷たく厳しい子育て罰の国であることを私も著作で指摘しました。

報道も子育て罰の加害者になっているのではないでしょうか?

※末冨芳・桜井啓太,2021,『子育て罰―親子に冷たい日本を変えるには―』光文社新書

そのような日本でよいのか、政治部だけでなく、報道に関わるすべての大人が自らを省みてほしいと願っています。

子どもたちのために大切な報道を発することのできる大人もあなたたちだけなのですから。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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