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望んでいないのにリーダーになってしまった人へ〜若手から距離を取られて寂しいと感じるのであれば〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
リーダって孤独だ・・・(写真:アフロ)

◼日本人は出世したくない人が多い

パーソル総合研究所が2019年に実施したアジア太平洋地域の主要な14カ国で行った調査では、日本人の出世意欲(「管理職になりたいか」)は断トツの最下位でした。1位インドが86.2%、2位ベトナムが86.1%、3位フィリピンが82.6%と、軒並み8割以上の人がYesと答えているのに、日本人は21.4%しかなく、ブービーのニュージーランド(41.2%)の約半分でした。そう考えると、嫌々リーダーをやらされて、悩む人がいるのもさもありなんとも思えます。

◼実は簡単には出世できない

しかし一方で、会社を運営する際にリーダーは、実際にはどれくらい必要なのでしょうか。厚生労働省の調査によると、従業員に対する比率は部長でおおよそ3%、課長で7%と実は意外にもかなり少ないのです。もちろん業界で差がありますし、「名ばかり管理職」も入れるともっと多くの人が管理職になっているように見えるかもしれません。ところが、平均すると実質的には10%程度の人しか管理職にはなれないのです。つまり、日本人は2割の人が管理職≒リーダーになりたいと思っているのに、10%しか実際にはなれないという「倍率2倍」の状況ということです。なりたい人が全員リーダーになれるわけではないのです。

◼レアなチャンスには乗ってみるべき

そう考えると、多くのリーダーが「別にリーダーになりたくてなったわけじゃない」と思う気持ちはわかるのですが、それはもったいないことです。なりたくてもなれない人もかなりいるのですから、貴重な機会を生かすべきでしょう。発達心理学などをみていても、人は歳を重ねると、徐々に後進の育成をしたくなるものです。そうなってから「やはりリーダーをやってみたい」と言っても、もうその席には誰かが座っていて、手遅れかもしれません。自分に向いているか、やりたいかを決めつけずに「まずは試してみる」のがよいのではないかと思います。

◼なぜ「距離を取られる」のか

さて、とりあえずリーダーになることに前向きになったとしましょう。次に来るハードルの最もポピュラーなものが「現場から距離を取られる」問題への対処でしょう。そもそもなぜリーダーは距離を取られてしまうのでしょうか。最大の理由は、リーダーとは「みんながなりたくないと思っているものになった人」だからです。自分とは価値観が違う人だとみなされてしまうのかもしれません。「そんなに人の上に立ちたいんですかね」などと冷ややかな目でみられてしまうということです。

◼孤軍奮闘する必要はない

リーダーになってしまうと「メンバーの前できちんとしなければ」とか「リスペクトされなくては」とか気張ってしまうものです。特に最初にリーダーになった際などは余計に肩肘張って格好つけてしまうかもしれません。しかし、この変化の激しい時代にリーダー一人だけが陣頭指揮をとって、チームを導くというようなことはできません。孤軍奮闘しようとすればするほど、情報不足の中で決断ができなかったり、おかしな方針を打ち出したりしてしまいます。そうではなくて、現場の最前線の状況を知るメンバーからの情報や提案を集めながら、チームのみんなでビジョンや方針を作っていく。そのまとめ役が今どきのリーダーなのではないでしょうか。

◼リーダーこそ自己開示を行う

それなのにメンバーから「距離」を置かれてしまっては役割を果たすことはできません。メンバーが話しやすい人にならなくてはいけません。ただ、それは必ずしも優しく受容的な人になれということではありません。自分がどんな人であるかをわかってもらうことで、メンバーの警戒心を解くということです。自分がどんな人間で、どんな価値観や考え方を持っているかをはっきりと伝えていくことで、「この人は独断でなんでも決めようと思っていない」「謙虚にメンバーの声に耳を傾ける人だ」「公平な人だ」などということがわかれば、自然にメンバーとの距離は近づき、彼らの声は集まってくるはずです。

◼ライフヒストリーを語ってみる

自己開示をする時にお勧めなのは、自分のこれまで生きてきた歴史(ライフヒストリー)を語ってみることです。単に現状の自分がこうであると言うのではなく、「私はこういう環境で生まれ育って、こういう人と出会ってきて、こういう出来事があった。だから今、自分はこんな考え方を持っていて、こんな性格なのです」という今の自分ができた理由を話すのです。単純に「人は誰も完璧ではないのだから助け合いながらチームで成果を出したい」と伝えるよりも「新入社員の頃、一人で仕事を抱え込んで過労で倒れてしまったことがあり、その際、なぜ助けを求めなかったのかと先輩に真剣に怒られた」というような具体的な経験に裏打ちされた思いであることを伝える方が、この人は本気なのだと思ってもらえます。

◼「弱さの強さ」の重要性

さらに言えば、リーダーの自己開示において「弱さの強さ」という考え方が特に重要だと思います。「ヴァルネラビリティ(vulnerability)」(直訳すると「脆弱性」)とも言われますが、「自分の弱さを他人に見せることができる強さ」ということです。完璧なリーダーなどいませんし、リーダーになったばかりの人が完璧なはずがありません。だからこそ、それをメンバーに伝えて「お願いします。助けてほしい」と乞えば、メンバーも「そこまで自分をさらしてくれるのか」「信頼してくれているのか」と思い、意気に感じて、「リーダーを支えて、チームの目標を必ず成し遂げよう」となるわけです。例えば、「自分は思い込みが強く、最初に思いついたアイデアからなかなか逃れられないタイプだから、そういう状態に陥っていたら、ぜひ直言して欲しい」というように自分のダメなところは先に言ってしまってはどうでしょうか。

◼信頼するから信頼される

ただ、弱みをみせるのは勇気がいるものです。しかし、そこはメンバーを信じるしかありません。人は自分を信じてくれる人を信じるものです。リーダーがメンバーを信じていないのに、メンバーがリーダーを信じてはくれるはずがありません。自己開示して最初のうちは訝しがられたり、誤解されたりすることもあるでしょうが、本気で信じてコミュニケーションしようとしていると感じたのなら、雪解けはそう遠くはないでしょう。これがリーダーになった時の、最初の仕事かもしれませんね。

OCEANSにてマネジメントの悩みに関する連載をしています。こちらもぜひご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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