周期的に流行る「自律分散型組織」論

人事の世界で、周期的に流行するのが「自律分散型組織」「ネットワーク組織」です。随分前から似たような概念や事例が出ては消えてきたものですが、結局のところ、完璧に実現できたという会社はあまり見たことはありません(できたと書いてあるところはありますが、実態を聞くと「そうでもない」ことが多いようです)本稿では、この「自律分散型組織」について検討してみます。

個人的には好き。皆が飛びつくのもわかる

「自律分散型組織」は、私自身は個人的には好きな考え方です。上からいろいろうるさく命令されることなく、社員が自分の思いに自由に従って動くことで、個々人の創造性が発揮されて、世の中に価値あるものを提供できるようになる……たしかに魅力的な、天国のような世界だと思います。ですから、多くの人が「そういう組織があったらなあ」と思うのも無理はありません。

しかし、理想の組織は実現しにくい組織

この理想的な組織概念に取り憑かれた経営者や人事担当者は、事業や組織の理念やビジョンを作り、また、既存のヒエラルキー、官僚制度的なものを破壊しようとします。ところが、多くの会社ではどうもうまくいっていないようです。なぜ、簡単に「理想の組織」は実現しないのでしょうか。

問題1:人は皆自由を望んでいるわけではない

もっとも根本的な原因は、おそらく多くの人は本当は自由など望んでいるわけではないからではないでしょうか。会社や仕事を通じて何かを実現したいなどという、それほど強いものがない。そういう人が多いのではないでしょうか。

というのも、私が新卒学生や若い転職希望者と話していると、多くの人の悩みが「やりたいことがない」というものだからです。いわゆる「意識高い系」と呼ばれるような、きれいな「やりたいこと」がある人など1割いるかどうか。その他の人は、個別具体的な「やりたいこと」などない。

そういう状況で、「好きにしていいよ」と言われたら、それはむしろ脅迫のようなもので、どうしてよいか戸惑って足が止まるのも無理はありません。しかも、私はそれが悪いとは全然思いません。

彼らは、「誰かの役に立ちたい」という貢献欲求が強い人が多い。自分がやりたいことをやりたいのではなく、困っている誰かのためになるようなことをしたい。それのどこがいけないのでしょうか。人は期待に応えようとするもので、誰かのオーダーを必死にこなそうとする。その気持ちを生かすほうが効果的かもしれません。

問題2:型にはまらないとオリジナルなどできない

もう一つの原因は、自由に自律的に動くためには、一定以上の能力が必要だということです。「何かをしたい」という意思を持つことができたとしても、実際にするためには、さまざまな知識やスキルが必要です。「自分らしく働く」ことが最終目標だったとしても、最初からオリジナルなスタイルが突然身につくわけではありません。

よく、伝統芸能や武道などで、「守・破・離」という言葉が使われます。人がエキスパートになっていくための3段階を指しており、心理学においての熟達のプロセスとも符合する考え方です。

オリジナルスタイルを持つ一人前になるためには、まずは師匠の型を「守る」、つまり完全コピーをする。これが最初の段階で、それができれば次に徐々に「破る」、つまり自分のやりやすいようにカスタマイズしていく。そして、最終的に最後の段階「離れる」、つまり最初の師匠の型とは異なる自分らしいやり方を体現していく、という流れを指します。

このように、最終的に自由になるためには、最初は不自由を受け入れなければならないということなのです。型にはまる「守」の過程がないのに、いきなり「離」を求められてもできないのは当たり前です。

理想の自律型組織をいくら望んでも、メンバーが成熟していなければ、なかなか難しい。ですから、メンバーが未熟なうちは、まるで軍隊のような上意下達の規律正しい組織を作っていかなければならないこともあるのです。

人事制度の「隠れた制約条件」を見つけよう

以上、定期的に流行る理想的な人事のコンセプト「自律分散型組織」を、その危険性にフォーカスして考えてみました。

マイナス面ばかりを挙げたために、私が反対派だと思われたかもしれませんが、決してそうではありません。それらの理想的な人事施策を実現するためには、その前提として隠れた制約条件(データの完全性やメンバーの成熟度など)があるのではないかということです。これらの隠れた制約条件を知らずに、流行っているからといって、また魅力的だからといって、自組織に拙速に適用しても、その夢は破れてしまうことでしょう。

人事には「ステップ論」が必要です。一足飛びに理想の組織や人事は実現しません。理想にたどり着くには、隠れた制約条件を一つひとつクリアしながら、辛抱強く進んでいく粘り強さや根気強さが必要なのです。