■「成果に報いる」で人は動くか

経営者には、これまで自分も高い達成モチベーションを持ち、のし上がってきたような人が多い。こういう人は「高い評価の人には高い報酬で報いれば、どんどん頑張ってくれるだろう」という考え方を持っています。

そんな経営者が、それまで自分で全部見渡していた組織が、人数の増加などによって見切れなくなり、誰かに権限委譲をして任せることが必要になったときに導入しがちな報酬制度が、インセンティブ制度です。

簡単に説明しますと、評価が高ければ高い報酬、低ければ低い報酬とメリハリをつけるという報酬制度、別の言い方をすれば、報酬のうち安定的な固定部分を少なくして、評価によって変動する部分を多くする制度(インセンティブ比率が高いとも言います)です。

■「自由と自己責任」がインセンティブ制度の合言葉

報酬にメリハリをつける代わりに与えるのが行動の自由度です。「自分のやりたいように自由にやれ」ということです。

行動を具体的に「これをこのようにやれ」と示しておいて、そのとおりにやったのに成果が出なかった場合、責任をすべて行動したメンバーに押し付けるわけにはいきません。むしろ指示した側の責任の方が大きいでしょう。

このため、インセンティブ比率を高めるのであれば、ある程度の行動の自由度を与えることが必要です。「自由と自己責任」という言葉がよく使われるようになるのも、インセンティブ制度を導入する際です。さて、これはどこが問題なのでしょうか。

■人は自由にすれば、自律的に動くわけではない

まず、経営者が思うように、人は自由にしただけで、自律的に行動できるようになるわけではないということです。

心理学者エリッヒ・フロムの古典的著作『自由からの逃走』のように、人は自由になりたいと願うくせに、本当に自由になると何をしてよいかわからなくなってしまうことも多いのです。ある程度スキルがあり、成熟している人材以外にとっては、「自由にしていいよ」という言葉は「脅迫」です。

実のところは、大半の人にとっては、「こうしてほしい」とオーダーされるほうが本当はマシですし、実際に成果も出るのです。

スキルの低い人の多い若い組織に急にインセンティブ制度を導入すると、動きが止まってしまう可能性があります。むしろ、インセンティブ制度ではなく、マニュアル化や仕組み化を優先し、社員には具体的な行動を指示し、安定的な報酬を支払うほうがいいかもしれません。

■組織の相乗効果を失ってしまう

インセンティブ制度による自由競争の組織になると、個々人の自由度が増す代わりに、社員が相互に協力するということが阻害される可能性があります。

報酬にメリハリをつけるということは、もちろんアップサイドを考えればいいことですが、人は得よりも損を回避するほうを優先するため、強烈なインセンティブ制度は一部の自信満々な人以外にとっては恐怖です。

恐怖にかられると、人は他人のことを考える余裕はなくなり、行動は利己的になっていきます。そして、その利己的な行動をさらに礼賛するかのように、インセンティブを与えるわけですから、協調性が失われ、組織のシナジー(相乗効果)が失われていっても不思議ではありません。

■人間は報酬に徐々に麻痺していく

また、インセンティブとは、心理学的に言えば、いわゆる「外発的動機付け」です。俗な言い方で言えば、「馬の目の前にニンジンをぶら下げて走らせる」ような動機付けの仕方です。

外発的動機付けは即効性はあると言われていますが、人間はどんな感覚でも鈍麻していく(慣れていく)ために、徐々に効果は薄れます。効果を維持しようとすればどんどんインセンティブ、つまりお金の額を上げ続けなければなりません。

ところがこの「外発的動機付け」は、好奇心や使命感など、自らの内側からくる衝動から動く「内発的動機付け」を阻害するという副作用もあるのです。

■創造性が低下する可能性も

せっかく面白くて算数をやっている小学生に、「100点取ったらおもちゃを買ってあげるよ」と動機付けすると、そのうちおもちゃ(インセンティブ)のために算数の勉強をするようになってしまい、インセンティブがなくなればすべての動機の源が失われるということです。

しかも、特に現代日本の企業間競争においては必要とされている創造性は、「内発的動機付け」に強く関連があるとされています。たしかに外発的にやらされてやるよりも、自分から内発的にやるほうが、面白いものを作れそうです。つまり、外発的動機付けを強化すると、創造性に悪影響を与える可能性があるということです。

以上のように、「やった分だけ報酬を与える」という、極めてシンプルで、当然に見えるインセンティブ制度にも、いろいろな問題点があり、副作用を考えずに導入するとひどいことになってしまうということです。メリットはあるのですが、本稿のようなデメリットも考えて、自社に導入すべきかどうかは判断しなければならないでしょう。