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多くの会社は採用を大事にしないから、結局、入社後の人事で大変な目に遭っている〜「制度」より「風土」〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
そこにある材料からしか、料理は作れない。(写真:アフロ)

■採用を中心とした戦略立案の重要性

人事の役割の6領域(「採用」「育成」「評価」「報酬」「配置」「代謝」)のうち、最も重視すべきものは私は「採用」であると思います。

「採用」を重視した人事は、様々なステイクホルダー(経営・従業員・顧客・・・等々)の誰にとってもWinとなるような、企業の環境と調和した、言わば「エコロジカル」な人事につながるということです。

私の理想とする6領域の重要度を百分率で表現するのであれば、人事全体を100%とした場合、「採用」にかけるべき比重は50%(もしくはそれ以上)と考えます。ちなみに、その次は組織内での採用活動(人と業務・ポジションのマッチングという意味で)とも言える「配置」が25%。そして、残りの25%に「育成」「評価」「報酬」「代謝」などがその時々の企業の状態に応じた重要度で割り当てられます。

■なぜ、採用が重要なのか

なぜ、「採用」を重視するのかと言えば、直截的に言うと、「大人になればなるほど、人間はなかなか変われない」からです。多くの能力には「臨界期」と呼ばれる「その年齢を超えてしまうと容易に獲得できなくなる」それぞれの限界時期があります。採用時点で、企業として理想の人材を確保しておかなければ、それをいかに育成したり、配置を考えたり、評価や報酬でモチベートしたりしても、徒労に終わることが多い。逆に、良い人を採っておけば、適切な能力発揮の場を与えておくだけでも、勝手に成果を出してくれたりするのです。

■採用に十分なパワー配分をしている企業は少ない

ところが、私の見る限りにおいては、世の企業において、人事の役割の6領域の力の入れ具合の比重はそうなっておらず、採用に人事パワーの半分もかけている会社はないように感じます。象徴的な事象は採用担当者の人数にあります。私の出身であるリクルートでは、以前100人ほどいた人事部で、半分の50名程度が採用専任担当である時期があったのですが、そこまで採用専任の担当者をつけている企業を見たことはほとんどありません。

大抵の企業はそこまで採用に人を張り付けることはしておらず、年間何百人と採用をする企業であっても、採用担当者が数名、もしくは2~3名ということもざらではありません。一方で、評価や報酬の制度設計担当や運用担当、育成プログラムの開発担当、人事異動担当、リストラなどの担当など、複雑な企画実務や運用実務が必要となる業務に採用よりも多くの人が割かれている例が多いように思われます。

その結果、「前工程」である採用が不十分であるために、「後工程」であるその他の人事領域で様々な苦労が生じているわけです。いい人を採っていれば育成の手間はいらず、いい人を採っていれば評価・報酬を複雑化する必要もなく、いい人を採っていれば代謝(その人自体が企業の方向性に合わせて態度変容してくれたりするなども含む)も容易であるはずなのに、そうなっていないのです。

■採用を軽視するから後が大変。採用重視で「医者いらず」の身体に

多くの人は、顕在化した「喫緊の課題」に対して最も反応しますが(それはそれで致し方ない部分もある。今、解決せねば大変なことになるのであれば・・・)、潜在的な根本課題に対してはつい放置してしまいがちです。人事の役割の重点の置き方にもその傾向が表れている。それが「採用」の軽視である。もちろん、どの企業に聞いても「採用は重視している」とおっしゃるのでしょうが、先に述べた私の思う理想レベルと相対的に比較すると、まだまだ十分ではありません。

本来あるべきは、人事の役割の最重要要素である「採用」にもっとパワーを割いて、もっとうまく実行し、そもそも人や組織の課題が生じないように「予防」することで、人事全体のパワー負荷を下げたり、効率的・効果的な人事を行ったりできるようになることである。「採用」により、組織の細胞、組織の基礎である構成人材を自社にとって最高の人材で固めることで、「医者いらず」の身体を作り上げることが最高の人事であると主張したいと思います。

■人事の役割「後工程」重視企業の症例

採用に十分なパワーをかけないことによって、様々な面倒な問題が生じるが、その分かりやすい例は「制度不全」(導入した制度が目的通りに機能しない)問題です。

本来、普遍的な原理・原則があって、「流行」などとはあまり縁のないはずの「人事業界」(?)においても(人事は「他所がやっているからうちもやる」というものでは決してない)、悲しいかな「流行」は存在します。特に、表面的で分かりやすい「制度」については、ビジネス誌などに書かれている他所のものをマネすることが容易なため、流行の対象となることが多い(これは“management by book”と呼ばれています。そもそものベースである「自社の事業戦略や業務特性と、人材や組織の特性との関係や状況」を無視して、なんとなく良さそうなマネジメント手法を導入することで、よくよく見る景色であります)。

例えば、「新規事業提案制度」や「社内転職制度」、「セカンドキャリア支援制度」などはその典型例です。以前は上記の制度は珍しいものであったかもしれないのですが、最近ではどんな会社でも(それが不必要、もしくは逆効果ではないかと考える企業でも)存在しているというような状況になっています。

■制度があっても使う人や文化・風土がなければ無意味

しかし、制度を導入している企業に実態を聞いてまわると、機能しているところはまれであるということが分かります。会社案内や説明会などの飾りとして、上記制度を列挙することで「先進的人事」風なイメージを醸成する・・・というぐらいの効果で、実際にそこから新規事業が生まれたり、社内の人材流動性が高まったり、企業と個人の双方にとってハッピーなリタイアが実現したり、するような事例は多くありません。これは当然の話であって、いくら素晴らしい制度があっても、有効活用できる適性のある人材がいなければ、価値が生じることはないからです。

例えば、「新規事業提案制度」があっても、通常の業務にかける負荷をシフトしてでも、いや、通常の負荷にアドオンでパワーがかかったとしても、情熱を傾けて新規事業の企画を立案しようとするチャレンジ精神とバイタリティがある人でなければ、そもそも提案は集まらないでしょう。もし、組織内のある種の「圧力」によって提案件数だけは集まったとしても、そのような強制されて捻出したアイデアがクリエイティブなわけもなく、どこかで見たような浅く実現性の低い適当な提案に留まり、結局、本来の目的である「新規事業の実現」には到底及ばないことでしょう。

「社内転職制度」にしても同様なことが言えます。この制度が機能するには、まず「社員のキャリア自律(自分で自分のキャリアを作っていこうと考える志向)」が実現できておらねばなりません。また、受け入れ側の上司や周囲の同僚の間にも、自らの意思で部署を出ていく異動を「裏切り」ではなく、もっとポジティブなものと受け容れる雰囲気がなければなりません。また、「いい人」がいれば「いい仕事」ができるのは当然で、評価されるマネジメント力とは「現有勢力を最も有効活用して、どんな集団でも成果を出す」という価値観が会社になければなりません。これらの基礎がなければ、「社内転職制度」は、ローパフォーマーの「逃げ場」になるだけです。定年に至る前から一定条件を満たす社員に退職金割り増し等を行うような「セカンドキャリア支援制度」も、効果が出るためには「社内転職制度」と同様な必要条件があります。

結局、最終的に企業側が社員に発揮してほしい行動を、制度などのインセンティブシステムによって実現しようとしても失敗に終わるケースが多いのです。「誰が」「何をする」の「誰が」を重視しない企業、つまり前工程である「採用」で十分に必要な人材を集めることなく、「後工程」でなんとかしようとしても難しいのです。

■「制度」より「風土」。「風土」は人の志向の集合体

このように、いくら素晴らしい制度が存在していても、使う人材や支える風土が無ければ、ほとんど機能することはありません。「制度によって人が変わる」ことはなく、「もともと人が持っていた潜在的な志向や力を、制度によって発現させる」ことしかできないのです。むしろ、そもそも人々の中に内発的な動機が十分に無い状態で、制度による外発的な動機付けや圧力によって行動を強制された場合、「外発的動機付けは内発的動機付けを阻害する」の有名な法則の通り、かえって少しでも残っていたモチベーションも殺してしまう可能性すらあります。

だから、本来一番先に醸成すべきは、そのような制度を「渇望する」風土です。そのような風土を作るには、「育成」という手段もあるにはあるが(当然やった方がよいのですが)、先に述べたように大人は容易に変わらないため、最も有効な手段はやはり「採用」です。「採用」によって、企業の求める業務行動を生み出す風土を志向する人材を集め(そうすれば自然にそういう風土になる)、その上で、その風土を加速させる「触媒」として「制度」があるというのが正しい順番と考えます。

リクルートはよくビジネス誌にその「画期的な人事制度」によって組織を活性化している事例として取り上げられました。しかし、社内では、「実態は、それが秘密ではない」とよく言われていたのを思い出します。事実、当時のリクルート社員で、評価や報酬制度をとても気にしていて、それによってパフォーマンスが左右されるような人はまれでした。新規事業提案制度も、あるから活用はするが、そんなものが無かったとしても日々アイデアを出し続けている人が結局制度もうまく活用しているだけのことだったように、私は思います。

リクルートの多くの人にとって制度は「空気」のような邪魔しなければそれでよいというもので、彼らのモチベーションリソースは彼らの中にあり、誰かから何かを言われたから従っているわけではなかった。「そういう人」を集めたから、「そういう風土」になったのです。

■「採用」にパワーシフトするために

「採用」とその他の人事領域との最も大きな違いは、「採用」だけが「未だ見ぬ人材」に対する未来志向の活動であるということです。「未だ見ぬ」空想上の人材を獲得する活動であるために、その大部分の課題や成果が見えにくい。その他の領域は、既に「目の前にいる」人々に対する活動であり、解決すべき問題点も顕在化されています。

先にも述べましたが、人は顕在化された緊急の課題には即応するが、「重要だが緊急ではない課題」については、緊急の課題に忙殺されてつい後回しにしてしまうものです。しかし、「顕在化された喫緊の」組織課題がなぜ生じているかをよくよく考えてみれば、それは「重要だが緊急ではない」採用をおろそかにしているからなのです。この構造に気が付けば、少しずつでも人事全体のパワーを、採用に今よりもシフトしていくことの重要性がわかるはずです。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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