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怠惰なマネジャーほどメンバーに過剰に「見える化」を求める理由〜そもそもまず目の前のものを見ているか〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
「あー、計器を見るのに忙しくて、窓の外を見る暇がない!」(写真:PantherMedia/イメージマート)

■動かせないものを動かすには

ヨガ行者などの特別な人はともかくとして、ふつうの人は、自分の心拍数や血圧などを自由にコントロールすることはなかなかできません。

それは、不随意筋といって、基本的には意識ではコントロールできない筋肉を使ってする行動だからです。

ところが、バイオフィードバックという領域での研究においては、コントロールできないはずの心拍数などを、センサー等により検出して人間が感覚できる音や光などに変換し対象者に自覚させることで、なんと、ある程度コントロールができるというのです。

例えば、手のひらの温度がわかるようにしておけば、手のひらの温度を意識的に高低できると。

■「見える」とコントロールできる?

このバイオフィードバックがどれほどの精度かは門外漢にはわかりませんが、組織論の観点から示唆のある興味深い現象です。

要は「きちんと自覚できるようになると(つまり「見える化」すると)、それをコントロールすることができる」ということは組織にも当てはまるように思えるからです。

例えば、この会社はどんな性格の人で構成されているのかというのはなんとなくしかわかりませんが、SPIやFFSなどのパーソナリティテストを導入して分析をすれば、タイプAが何%、タイプBが何%などと、正確に把握できます。把握できると、「もっとタイプAを採用して増やそう」というコントロールができるわけです。

■それなのに「見える化」が疎まれる理由

さて、そんなメリットのある「見える化」の何が疎まれるのでしょうか。

一つは、「見える化」すること自体にある「コントロール」=「管理」「統制」しようという意図に対する反発です。

「見えない」時には自由にやれていたことが、「見える化」したばっかりに、上司にいろいろいちゃもんをつけられてしまう。

成果を上げていないのであればそれも致し方ないですが、うまくいっているのに痛くない腹を探られてしまう。そうなると、せっかく自発的に頑張っている人も、「信じてくれていない」という気持ちになり、モチベーションが下がってしまうかもしれません。

ただ、自分の仕事の成否の責任を若手社員個人が背負えるわけではありませんから、「管理されるのが嫌」というだけでは、子供っぽい反発とも言えます。誰かの資金でやっている以上、誰かにレポートすることは当然のことです。

■「有視界飛行」と「計器飛行」

ですが、それでも「見える化」が不要、嫌だという人がいます。それは「見える化」など行わなくても「見えているじゃないか」という不満です。

例えば、上司が見なければならない範囲が広くない場合、日頃から上司が部下を観察しておけば、いちいち「見える化」の作業をしなくても「見えているはず」と思えば、部下は「見える化」=「上司の見る仕事の責任放棄」と考えます。

ジャンボジェットのパイロットなら飛行機全体の様子を目で把握できないので、さまざまなセンサーで測った情報を計器のダッシュボードで一覧できるようにしておくことは必要でしょう。

しかし、数人乗りの軽飛行機では、まさに「見ればわかる」ので、ふつうに有視界飛行ができるから、計器飛行は必要ないのです。

■見ない人は、「見える化」しても見えない

もし、見ようという気があれば見ることができる視界なのに、誰かに「見える化」して欲しいと考えるような人は、情報が整理されて「見える化」されても、結局は物事の本質を見ることはできません。

というのも、「見える化」とはその多くが「数値化」ですが、数値の意味を解釈するのに、実際に自分の目で見てきた経験が必要だからです。

例えば、一度も新卒採用をやったことない人が、「自社のエントリー者は1000人で、そこからの実際の応募者は600人、そこから60人の人に内定を出して、30人入社しました」と、「見える化」された各プロセスの数字をリアルタイムに把握したとして、何を感じとることができるでしょうか。有視界飛行経験のない人には、計器飛行はできないのです。

■「見える化」を求める前に、目の前にあるものを見よ

人間には認知限界がありますので、一定の規模を越えれば自分の目で全体を把握できなくなりますので、いつかは「見える化」は必要でしょう。しかし、今がそのタイミングがどうかはきちんと考えてみるべきです。

人事の世界で言えば、タレントマネジメントと言って、社内の人事情報を一つのデータシステムに集めて、一瞬で分析を見ることができたり、それらをいろいろいじってシミュレーションしたりすることができるツールが流行っています。

しかし、目の前の自分の部下の様子を見ていないのに、ツールから吐き出されるデータだけを見ていて、何がわかるというのでしょうか。数字遊びになるだけならまだしも、数字の解釈を間違って、会社組織を変な方向にミスリードする可能性もあります。

繰り返しますが、「見える化」自体は、いつかは必要です。しかし、その前にやるべきことは既に見えているものをきちんと見るということです。

その上で、限界が来た時が「見える化」が必要なタイミングなのではないでしょうか。

OCEANSにて人と組織のマネジメントについて連載しています。こちらも是非ご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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