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「それってなんかデータあるんですか」とすぐエビデンスを求める上司は未知の挑戦を行う責任逃れをしている

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
「根拠がなければ、やらない」はビジネスにおいてはただの逃げ(写真:Nobuyuki_Yoshikawa/イメージマート)

■初めての経験に「エビデンス」などない

今、全世界が新型コロナウィルスによって大混乱となっています。どう対処すれば正解なのかが誰もわからず、人々はさまざまな情報に惑わされて疑心暗鬼になっています。

その中で、ノーベル賞受賞者で京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授の発言に注目が集まりました。曰く、「今大切なのは、待たずに早く対策をすること。『対策にエビデンスはあるのですか』という議論もあるが、エビデンスを待っていたらいつまでも対策できない。人類が初めて経験しているのですから」というようなことでした。

コロナとは重大さが違いますが、これは、私たちが新しいことに取り組む際にも当てはまる話ではないでしょうか。

■ファクトとロジックで「ダメなもの」はわかる

MBAやコンサルタントがビジネス界を席巻しはじめて、早数十年が経ちます。それまでは経験と勘でなされていた経営上の判断が、彼らによって「科学化」されていき、どんな判断も、事実(ファクト)を踏まえて、論理的に推論していく(ロジック)ことが重視されるようになりました。

そして、企画の提案者は、根拠となる事実(エビデンス)を基に、なぜその企画が当たるのかという論理的な説明を求められるようになりました。

このことでよかったのは「論理的に絶対にできない」ことがわかるようになったことです。ファクトに矛盾する現象は起こり得ないからです。そして不可能な企画は排除されるようになりました。

■「エビデンスがまだない」=「ダメ」ではない

ただ、このことには副作用がありました。それは、根拠となる事実がまだ見つかっていない場合、企画がなかなか通らなくなったことです。しかし、「矛盾する事実があればダメ」というのは明確ですが、「支持する事実(エビデンス)がない」は即ダメとはなりません。まだ見つかっていないというだけです。

ところが、新しいことにチャレンジする場合、往々にしてエビデンスは無いものです。iPhoneが登場する前に、もし提案者が「なぜ、それが当たるのかというエビデンスを出せ」と言われたら、iPhoneは世の中に登場していたでしょうか(実際はジョブズ自身が提案者だったのでそんなことはなかったのですが)。

■エビデンスにこだわると二番煎じしかできない

企画の提案者にとっては「エビデンスは未だ発見できていないが、自分のアイデアを市場にぶつけたいから、実験をさせてくれ」という思いが上司に通用しないのであれば、もうお手上げです。

その会社がiPhoneを作ることはないでしょう。どこかの企業がiPhoneを作ったのを見てから、二番煎じ、三番煎じとして、後追いで類似品を作るしかありません。もちろん利益を得るのは先行者です。

研究開発費をかけずに、二番煎じ戦略で行くというのならば話は別ですが、その戦略が取れるのは後発でも力ずくでシェアを取りに行けるパワーのある会社だけです。そんな会社はどれだけあるでしょうか。

■「エビデンス」など、やってみればすぐ手に入る

やってみなければわからないことはいくらでもあるのです。元マッキンゼーでDeNA創業者の南場智子さんは著書『不格好経営』で、「不完全な情報に基づく迅速な意思決定が、充実した情報に基づくゆっくりとした意思決定に数段勝ることも身をもって学んだ」と述べています。

「コンサルタントは情報を求める。(中略)が、事業をする立場になって痛感したのは、実際に行動する前に集めた情報など、たかが知れているということだ。本当に重要な情報は、当事者となって初めて手に入る。(中略)それでタイミングを逃してしまったら本末転倒、大罪だ。」(同書)

と、まさにエビデンスを求め過ぎる愚を指摘しています。

■裁判官は「正しいかどうか判断する」、経営者は「正しくなるように実行する」

では、エビデンスがない企画に対して、経営幹部の一員として上司はどのようなことが必要なのでしょうか。それは、裁判官のように「正しい企画なのかどうか」ばかりを判断しようとする態度ではなく、企画者の能力が信じられるのであれば、その人が熱意を持って本気で提案してきた企画なら覚悟を持って決裁する決断力でしょう。

そして、「正しい企画なのかどうか」(そんなことはやらねば永遠に分かりません)ではなく「選んだ企画を正しいものとする」ことに全力を尽くすことではないでしょうか。これこそが、アイデアと熱意のある若手とその上司との理想の関係ではないかと思うのです。

■エビデンスを求め過ぎる上司は言い訳を探している

若手メンバーから見れば、どんな企画に対してもエビデンスを求め過ぎる上司は、「必ず正しいことしかしたくない」「リスクを取りたくない」「失敗したときの言い訳がほしい」としか見えないことでしょう。要は、自分の保身ばかり考えている人ということです。

ファクトとロジックが大事なのは百も承知ですが、部下にそのことを指導しているようでいて、無意識のうちに自分の中に上述のような保身がないか胸に手を当てて考えてみると良いと思います。

そして、稲盛和夫さんではありませんが「動機善なりや、私心なかりしか」と問いかけてみてはどうでしょうか。

OCEANSにて若手のマネジメントに関する連載をしています。こちらも是非ご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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