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人事はつらいよ〜誰からほめられずとも、信念に基づいて仕事をしなくては、「動機は善、結果は悪」を導く〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
いつかみんなの喜ぶような、役立つ人事になりたくて・・・(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

■人事担当者は社会の「レバレッジポイント」

この社会において、主体的な企画推進を求められるようなコアな人事業務を担当している人は、おそらく1%もいないと思われます。

人事にかなり重点を置いていたリクルートでさえ、私が働いていた当時は、コアな人事担当者は、従業員数千人に対して数十人規模でした。

その「1%未満」という超少数派の人事が、どれほど多くの人々、特に働く人々に影響を与えているか、どれほど多くの社会問題に隠れた当事者として関わっていることでしょうか。

しかし、この状況は、実は希望が持てる状況ではないかと思います。たった「1%未満」が変わることで、社会が大きく変わる可能性があるのですから。

人事担当者は社会における様々な問題を解決する「レバレッジポイント」の一つなのではないかと思うのです。

■人事担当者はその責任を自覚しましょう

そんな世の中を変え得る稀有なポジションにいる人事担当者の皆様は、是非その社会的責任を自覚していただきたいと思います。

自分達の行う施策や言動の一つ一つが多くの人の人生やキャリアに影響を与えてしまう。あまりに影響が大き過ぎて、個々の事例に直接的に向き合うことが難しくなり、なかなか実感が持ちにくいほどの影響力を人事は持っているのです。

実感が持ちにくいゆえ、長く人事を続けていくほどマンネリ化し、自分の業務の先にある人々の顔が見えなくなって、心の入っていない事務的な仕事ぶりになる人もいます。

しかし、履歴書一枚、人事考課一件、異動辞令一つ、そのすべてが、大げさに言えば「人の命」がかかっているのです。言うまでもありませんが、どんな粒の大きさの仕事であっても「一期一会」で丁重に扱わなくてはいけないのです。

■目の前の人だけでなく、関わる全ての人のために

ただし、「人を大事に」とばかり思っていると、落とし穴があります。目の前の人や出来事だけにコミットしすぎてしまうと、部分最適な判断をすることで、結局全体にとってはマイナスな行為を行ってしまいます。受容的な人が多い善良な人事担当者は、つい目の前の人の要望をできるだけ受け入れようとしてしまうのです。

「動機は善で、結果が悪」なことは改善しにくい。まさに上記の人事が陥り易い「部分最適化」はその例です。しかし、人事が責任を負っているのは目の前の人についてだけではありません。人事は全体への奉仕者であるから、いまここにいない人についても思いを馳せねばなりません。場合によっては(よくありますが)、目の前の人の要望を拒否して、嫌われたとしても、自分が影響を与えている「全体」を考慮して行動せねばならないのです。

■モチベーションを他者に求めてはいけない

そのために、人事担当者の皆様に強く申し上げたいのは、人事をやる以上、自分のモチベーションの源を他者からの評価に求めてはいけないということです。

人事は直接的にビジネスをする人ではなく、実際にその企業の価値を生み出す人を生かす役割、言わば「触媒」のような存在です。そういう立場につきたいと思う人は貢献欲求が強い人が多いのではないでしょうか。

貢献欲求とは「誰かのために役に立ちたい」ということで、「その人に認められたい」という願望につながります。この貢献欲求が悪いわけではありません。むしろ自己犠牲的な崇高な心性だと思います。しかし、「認められたい願望」が強すぎると、「目の前の人の過剰重視」の落とし穴に一直線に進んでしまうことが怖いのです。

■自分の中の信念に基づいて行動する

貢献欲求が経営者の方に向いている人事もいます。その場合も悪く出ると、本来は経営者に現場の様子をきちんと伝えて、疎ましく思われても進言せねばならないのに、ただただ経営者の意思だけを現場におろす「プチ権力者」的な人事となってしまいます。

このようなことから考えても、人事は他者評価に依存し過ぎてはいけません。特定他者からの評価に依存しすぎると、どうしてもバランスを欠いた行為につながってしまうからです。

人事は、他者の評価ではなく、自分の心の中にある信念、すなわち、使命感や責任感、理想や美学、信じる原理・原則に従って、思考し、行動していかねばならないのではないでしょうか。

考えると孤独な役割ですが、人事は「自己満足」をモチベーションの源とすべきなのです。

■「良い自己満足」の前提

その際、よくある「悪い自己満足」に陥らぬように気をつけなくてはなりません。依拠すべきは、以下のような要素を満たす「良い自己満足」です。

まず、「思い込みや妄想ではなく、事実と論理に基づいた信念であること」です。ある信念を指針とするのであれば、事前に十分な事例での実証を得て精査しておきたいものです。手に入る限りの理論に適合しているかもチェックし、自分や周囲の数少ない事例を「過度に一般化」し、特殊な環境にしか通用しない「持論」を、普遍的な「理論」であるとしてはいけません。

また、「すべての信念は仮説と考え、常に検証し、修正すること」です。人間には、自分の見たいものしか見ない傾向、「確証バイアス」があります。強い信念を持つ人はこれに陥りやすいと思われます。どんなに強く信じている事柄でも、それを否定する事実があれば、再検討できるように、常に現実に対してオープンな態度でなくてはなりません。

■人事の最重要資質は「自己認知」

最後に、これまで述べたような、正しい信念に基づいて抵抗に負けずにすべきことをしていく強い人事となるために、一番大事なことが何かについて述べます。

それは「自己認知の正確さ」です。

人事担当者は人や組織という複雑で曖昧で、時には目に見えないもの(性格や文化など)を見なければなりません。

また、多くの場合、人事担当者自身が関係したり所属したりしている対象を扱うために、私見を挟まずに客観的に見ることが難しい。

そんな場合にでも正しくあるために、自分が世界に対してどんな「見解」もっと言えば「偏見」を持っているか自覚的でなくてはなりません。ものを認識する際のバイアスを認識していれば、より正しく人や組織を見ることができ、正しい判断や行動ができるからです。

■他者からの批判を受け入れて生きる

どんな人でも何らかの偏見を持っているものです。偏見の集まりが価値観や性格とも言えるから当然です。

しかし、また、どんな人も「自分はフラットな価値観を持っている」と信じていたいため、自分の「偏見」を認めるのは辛いことです。辛いからこそ、自分で自分の偏見に気づくのは至難の業なのです。

ですから、自己認知を高めていくためには、他者からのフィードバックが必要です。他者から多くの助言をもらうためには、どんな批判も一旦受け止める度量を持ちたいものです。批判に攻撃的に対応していては、次第に誰も何も言ってくれなくなることでしょう。

結局、人事であることとは、ダメな自分を認めて、日々改善精進していく修行のような日々とも言えます。悩み多き、大変な仕事です。しかし、この割の合わない仕事に、多くの強い志を持った方が、どんどん身を投じてくださることを祈っています。

人事が変われば、社会が変わるのですから。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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