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組織はなぜ死んでいくか〜人材フローが淀むことによって組織が腐っていくメカニズムと人事の役割〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
川は流れているから美しい(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

■組織も「淀めば、濁る」

清き川の流れも、堰き止められて淀めば濁ってしまいます。濁ってしまえば、腐っていくだけです。清流も、腐ってしまえば生命の舞台とはなかなかなりえません。

これは組織も同様であると私は思います。組織の中の「流れ」も淀んでしまえば、組織は濁り、腐っていくわけです。

組織における「流れ」とは、組織を構成する「人」が、その組織にどのように入ってきて、どのように組織内を縦横に動き、そしてどのように出ていくのかということで、人事用語ではよく「人材フロー」と呼ばれています。

その流れ(フロー)が淀む、滞るというのは、「多くの人が同じ部署に長くいて同じような仕事をしている」「上層部にいる人が長期に渡って同じメンバーで代わり映えしない」「新しい人があまり入ってこない」というようなことを指します。

■「飽き」を生じさせ、「やる気」を奪う

では、組織が濁ると、なぜ死んでいくのでしょうか。

まず、どんなに優秀な人であっても、長年同じような仕事をすれば、マンネリ化して飽きてしまうこともあるでしょう。飽きた状態では創造性も減退するので、最高のパフォーマンスを発揮することは難しくなります。常にベストな成果を出せるとは限らなくなります。

一方で、その下で席が空くのを待たされている人にとっては、上を見上げては「そんなことなら、自分にやらせて欲しい・・・」と嘆くことになります。長期間に渡って努力が報われない状況が続けば、「学習性無気力」(learned helplessness)から、せっかくのやる気を失っていくようになることでしょう。

このように、組織が「濁る」=「人材フローが停滞する」ことは、上位者にとっても下位者にとっても、意欲の減退をもたらし、組織を不活発にさせるきっかけとなるのです。

■「同質化」を促進する

こういった「飽き」「やる気」という意欲の問題に加え、「同質化」という問題も生じます。

類似性効果といって、人はどんな人でも自分と似たような人を高く評価する傾向があります。ある有名なテストを用いた、某電機メーカーでの実験でも、上司は自分と同じタイプの部下を高く評価することが明らかになったとのことでした。長期に渡り同じ人物が仕切っている組織は、その人と似た人物が高く評価され、力を持つようになり、組織を同質化させてしまうのです。

同質化すると、組織は変化に対応できなくなってしまいます。ある経営環境に適した人材で組織を同質化させれば、短期的には最適化され一定のパフォーマンスも期待できますが、環境が変わって、求められるものが変わると、誰一人必要な能力を持っていないということも起こりえます。そして、同質化した集団は、同じ一つのウィルスで全滅する可能性があるのです。

■濁らないように、「かき混ぜる」

組織が濁らないようにまずできることは、組織を「かき混ぜる」=「人材の内部流動性を高める」ことで、組織内の上下左右で人材を異動させたり、昇格(降格)させたりすることです。組織自体が全体としてはあまり変化が無かったとしても(変化の時代の今、そんな組織はあまり無いと思われますが・・・)、もし内部流動性を高めることができれば、組織が濁っていくことを防ぐことができるでしょう。

私が最初に所属した会社、リクルートは、当初から人を活性化させるために、かなり意図的に組織をかき混ぜる会社で、人事異動や組織変更を頻繁に行っていました。営業しかやったことが無い人でも、普通に経理や人事などに異動がありましたし、その逆もありました。組織も離合集散を繰り返していました。その影響でオフィスのレイアウトを変更することも多く、引っ越し代の多さが問題になったこともありましたが、経営陣はその効果を知って投資と考えていたのでしょう。

■「新しい環境」が、人と組織を活かす

何らかのルールや意図によって、組織内での人の配置替えや昇格(降格)を活発に行うことで、それぞれの対象となる個人にとっては新しい仕事や職場を得ることになります。親しんだ古い仕事や職場から、未知の環境への適応は、最初は不安や戸惑いやストレスをもたらすかもしれませんが、優秀な人であれば特に、成長を促進する効果の方が高いでしょう。

新しい人によって仕切られる組織の方も、運営方針や評価基準が変化することで、これまで干されていた人に光が当たったり、これまで無用であった能力が必要であったりと、新たな可能性が発掘されて、個々人が活きるのです。

短期的観点で見れば、「今のまま」が良いという人が多いでしょう。しかし、中長期的観点で見れば、多くの人が新しい環境に適応することで新しい能力や考え方を身につけて、組織全体の能力の伸び幅の総和は大きくなるのです。加えて、活かされていなかった人が活きることになれば、さらに効果は大きくなるでしょう。

■内部流動性を高める難しさ

しかし、組織の内部流動性を高めることは簡単ではありません。短期間での業績を経営や投資家に求められている事業責任者にとっては、成果を出してくれている優秀な人材を現在のポジションから外すインセンティブは少ないですし、未経験者で成果を出せるか未知数である人材を受け入れるインセンティブも少ない。個人の側も、これまで慣れ親しんで成果も出ている仕事から、新しい仕事に移るリスクを取るには相応の勇気が必要です。そして、両者の意図が組み合わさると、結果、「今のまま」が続くことになるのです。

また、昨今では生産性やクオリティの向上の観点から、様々な企業で仕事の専門分化が進み、職種の間に「専門性の壁」が生じていることも多い。分業が進んで、各職種が専門化していくと、短期的には効率的ではあるが、上記のような内部流動性を高めるためにはマイナスに働くのです。

■人の「可能性」を知り抜き、期待せよ

そこで、人事担当者の出番がやってくるのです。

様々なプレッシャーを背負って頑張っている経営者や現場リーダーはけして単なる視野の狭い人ではありません。「今」が無ければ、「未来」は無いのですから、「今」の業績を大事にするのは当然です。また、「今」を大事にし過ぎると、継続的に成功できないのはもちろん彼らも百も承知でしょう。

しかし、「今」と「未来」への投資をどのぐらいのバランスで行えばよいのかが分からないし、不安なのです。だから、そのバランスをきちんと検討して、納得感ある具体案を提示することで、「未来」への適切な投資を行っていただくことこそが人事の仕事だと言えるのではないでしょうか。

そのためには、現在の組織にいる人材をよく知って、彼らの持っているポテンシャル(潜在能力・可能性)を知り抜くことが重要です。そして、それを信じ(信奉ではなく、事実をベースに)、強く期待しなければならないのです。

未来の経営環境を予測するのは経営者や現場リーダー以上にはできないかもしれませんが、人事は自社に今いる人の可能性を誰よりも知ることはできます。人の可能性への期待感の総和+αが、組織全体の可能性への期待感であり、期待感の大きさが経営者や現場リーダーが「未来」に投資をしようと思う勇気や意欲を生むのです。それを支えるのが、人事担当者なのです。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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