Yahoo!ニュース

若者に「やりがい搾取じゃないですか?」と言われたら〜働くモチベーションは本当に進化しているのか〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
「やりがい」は大事だが、その前にやるべきことがある(写真:IngramPublishing/イメージマート)

■内発的動機付けが中心の「モチベーション3.0」の世界は実現したか

今から10年ほど前に、ダニエル・ピンク氏のビジネス書「モチベーション3.0」が流行しました。曰く、「モチベーション1.0」は、動物としての人間が持つ生理的動機付け(生存するために頑張る)、「2.0」は指示・命令や、金銭や賞賛等のインセンティブによる外発的動機付け(誰かに動機付けられて頑張る)、「3.0」は、知的好奇心や自己の成長、仕事に感じる意義などによる内発的動機付け(意欲が自分の内から湧き出る)、というものでした。

「2.0」にはデメリットが多く、創造性を損なったり、手段が目的化して非倫理的行動の温床になったり、内発的動機付けを阻害したりする(せっかく生じていた内発的動機付けを消滅させてしまう)等があるために、どんどん創造性を求めるようになってきているビジネス世界のニーズを考えれば、「3.0」のモチベーションを刺激する仕事環境を作り出すべきだ、と。あれから10数年。現代日本の職場において、ダニエル・ピンクが提唱したことは実現しているでしょうか。

■若者の志向は、「モチベーション2.0」に留まっているようにみえる

結論から言うと、日本の若者の志向は「3.0」シフトしているようにはあまり見えません。採用面接などでは「お金」を仕事選びの最重要事項と言うことはありませんが、本音のところではどうも違うようです。「エン転職」での2015年の調査によると、20代の「働く理由」の第1位は「お金」(66%)でした(2位の「成長のため」は53%)。また、同社の2017年の調査によると、仕事の満足度を下げている原因の20代の突出した1位は「給与額」(63%)でした(2位の「成長できない」は47%)。

つまり、結構な若者が働く理由はお金であり、かつ、それにもかかわらず「給料が安いからやってられない」と思っているということです。これはまさに、ダニエル・ピンクの「2.0」の段階です。「成長」が上述調査でどちらも2位につけているので、「3.0」的なものがまったくないわけではありませんが、少なくとも一番の関心事や不満が「お金」という「2.0」的なものというのが現状です。アンケート調査結果だけでなく、私も実際に若者に接していて、お金や地位、賞賛、承認など、「2.0」的モチベーションに若者はまだまだ留まっているように思えます。

■若者に欲がないのではなく、貧乏だから我慢している側面もある

一方、よく、「若者は欲が無くなった」「××離れが続いている(お酒、恋愛、クルマ等)」と我々中年世代は言いますが、これは一体どういうことでしょうか。

上述のアンケート結果を見ても、そう単純ではないようで、ちゃんとお金を欲しがっています。もちろん、成長期である若者らしく、自己成長に関しての欲求はありますが、一番気になっているのはお金です。

実際、サラリーマンの平均年収は、国税庁の調査によれば、98年の465万円以降右肩下がりで、リーマンショックの影響で09年には406万円まで下がり、しばらく低迷した後、ここ数年ようやく上昇してきて2016年で421.6万円という状況です。さらにそういった状況の中、20代の平均年収は250万円程度で、50代の550万円程度と比べると、半分以下の年収しかありません。ベテランが若手よりも給与をもらうのはある意味当たり前かもしれません。しかし、シニアが若手よりも、平均で倍以上も会社に貢献しているというのは実感に合いません。

統計数字だけからは確実なことは言えませんが、高年齢層がもらいすぎていて、若者が本来もらうべき報酬を受け取れていないように、私には思えます。ともあれ、端的に言ってしまえば、「若者は貧乏」なのです。長年続く若者の非正規雇用が多い問題や、少し前にあった奨学金を返せない問題なども、その傍証です。お金がない若者は、欲しいものがあっても買えません。だから、欲しいものの安い代替物や、スマホやネット上でのバーチャルなイメージだけで我慢している、満足せざるをえないのではないでしょうか。

■まずは「お金」、その次に「やりがい」。「やりがい搾取」な上司にならないように

今時の若者は仕事の意義ややりがいを大事にする傾向がある。それはそれで事実でしょう。若者をマネジメントする人は、「なぜ、その仕事をするのか」「どういう価値があるのか」という意味づけをしてあげる必要があります。しかし、物事には順序があります。意味づけをしてあげれば、低賃金でも喜んで働くということではありません。まさに、やりがいがあれば、お金を払わなくてよいということはありません。まず、満足できる最低限のレベルをクリアした給与があってこそ、その次にやりがいを求める心が生まれるというものです。

ですから、タイトルのように「やりがい搾取だ」と若手に言われたら、彼/彼女の待遇(お金の絶対額や、労働時間に見合っているかどうか)が適切なものであるかをまずはチェックしてみてください。もし、そこが満たされていないのであれば、してあげるべきことは昇給や、労働時間などの負荷と報酬のバランスを取ることです。もちろん各社には制度やルールがあり、そんな簡単には報酬をいじることはなかなかできないと思いますが、高給を取っている人に仕事を振り分け、報酬の低い人の負荷を減らしてあげることならできるでしょう。

また、金銭的報酬が難しければ、若者の望む成長を促すような学習機会(勉強になる仕事を振ったり、経費で研修に行かせたり、必要な書籍を購入してあげたり)を提供することなどはできないでしょうか。そういった基本的な仕事環境の底上げをせずに、「やりがい」ばかりを説いても、若者が乗ってこないのは当然ではないでしょうか。

OCEANSにて、中高年の皆様向けに、20代を中心とした若手を理解するための記事を連載しています。よろしければ、こちらもご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

曽和利光の最近の記事