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コロナ後の就活「買い手市場」の落とし穴…リーマンショックとは状況が違う

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
リーマンショックの時は確かにひどかった(写真:アフロ)

■数字上は確かにちょっと落ちている

先般発表されたリクルートワークス研究所の大卒求人倍率調査によれば、2021年卒の求人倍率は1.53倍と前年の1.83倍から0.3ポイント下げ、リーマンショックの翌年2010年卒採用の1.62倍と近い数字となりました。

リーマンショック後はその翌年からさらに求人倍率が下がり、4年連続で1.2倍台が続き、再び1.6倍台まで戻ったのは2015年卒採用でした。つまり、リーマンショックは5年もの間、「買い手市場」、つまり企業側が強い採用市場をもたらしたといえます。

今回のコロナ後の新卒採用市場も、就活学生にとって厳しい時代をもたらすのでしょうか。

■しかし、「大恐慌」の様相は求人面からはみられない

例えば東京商工リサーチの調査によれば2020年の上半期の倒産数が4000件(リーマンショック時は1年間で約1万5000件)であったり、負債総額をみると過去30年で最少の数値であったりと、件数も規模も今のところは「大恐慌」のような状況にはなっていないように見えます。

リーマンショック後は、新卒採用をストップする企業も広い業界でみられましたが、今回は観光業など、一部のコロナ直撃業種を除いては、採用数を減らすところはあっても、ストップする話はあまり聞きません。

■おそらく「求人数の戻りは早い」

そう考えると、少なくとも求人面においては、リーマンショックと同じように企業側の「買い手市場」が続かない可能性がでてきます。

考えてみれば元々日本は少子化で構造的な人手不足です。

ここ数年間は働き方改革や定年延長などを行うことで、労働者数が女性や高齢者を中心に増えていたため、「売り手市場」の激化の程度がリーマン前(リクルートワークスの「大卒求人倍率」で言うと2倍台)ほどではなかったのです。しかし、そろそろこれらの対策も限界に近づきつつあり、少子化の影響が徐々にダイレクトに出てくる時期でもあります。

また、採用広告の引き合いや大手人材系の営業採用が再浮上している話も聞こえてきています。つまり、マスコミなどで喧伝されているほどには、求人数は減らず、大卒求人倍率が再浮上して「売り手市場化」するのは案外早いかもしれない、と私は考えています。

■就職活動学生のマインドは不安なまま

ところが、就職活動をしている学生のマインドは、マスコミ報道などの情報によって、大変な不安心理に覆われています。

2022卒の学生へのグループインタビューなどをしていても、明らかにコロナ前の「売り手市場」感を持った学生とは就職活動にかけるパワーが違っていそうです。

例えばコロナ前には、1年間に学生が受験する会社の数は平均して10社程度、会社説明会参加社数でも十数社というレベルでした。しかし2022卒の学生は既に現時点で、会社説明会の動画を数十本見ている人も珍しくはありません。

リーマンショック後の学生が、二十〜三十社程度の受験をしていたことを考えると、今回も同程度の就職活動量になる可能性は大きいのではないかと私は危惧しています。

オンライン化で説明会や選考に参加しやすくなったことも考えれば、就職活動量はもっと増大するかもしれません。

■学生を集めることは簡単になるが……

企業の求人数はそれほど減らず、学生の就職活動量が激増した場合、どんなことが起こるでしょうか。

まずは、当然ですが1社あたりの応募者数、会社説明会参加者数、選考参加者数などは激増することでしょう。既にこういった数字が「昨対比2倍」というような話もよく聞きます。

数年続いた「売り手市場」で苦労した採用担当者達にとっては様変わりした風景に感じるはずです。しかし、学生1名あたりの受験社数が増えても、「学生の人数」自体は増えません。

学生はたくさん受験をしても行ける会社は1社です。ですから、結局、多くの会社から内定をもらえば、多くの会社を辞退することになります。

■「ぬかよろこび」市場になる可能性

企業は応募者の増加の対応に手間をかけているうちに、本当に自社にマッチしている採るべき人材に逃げられてしまうかもしれない。

つまり、企業側からみれば、「ものすごく応募者は増えたのに、どんどん辞退をされて、結局、採用目標を達成できなかった」というような「ぬかよろこび」が発生するかもしれません。応募者が2倍に増えたから採用者数が2倍にできるわけではないということです。

むしろ、大勢の応募者がいれば、必然的に説明会や選考などにかけるマンパワーやコストは増大します。そして、手間をかけているうちに、本当に自社にマッチしている「採るべき人材」を逃してしまい、他社に採られてしまうかもしれないのです。

■「集めすぎ」にご注意

対策としては、「買い手市場」だからといって、応募者を集めすぎないことです。

社内の指標として「応募者数」だけを追うのではなく、できる限り自社にマッチした能力や性格の人だけ、かつ最終的に自社に来てくれそうな志向や価値観の人だけを集めて、濃い候補者集団を作る方がよいのではないかと思います。

「売り手市場」の癖が抜けず、「まずはとにかく集める」とするのではなく、例えば採用広告を適した人には刺さるが、そうでない人にはむしろ敬遠されるようなコンテンツにしてみるとか、スカウトメディアを多用してこちらから会いたい人にだけ会うようにするなどしてみることで、濃い候補者集団にするのです。

先に述べたような「ぬかよろこび」になることは、企業にとっても学生にとっても、望ましいことではありません。

■人気企業はさらに狭き門になる

最後に学生の側の視点からも見てみましょう。

1.53倍という直近の数字はかろうじて「買い手市場」というレベルであるのに、学生は就職活動量を増やすということは、1社あたりの競争倍率はとても高くなるということです。

しかも、人の心理は「人気企業に行きたい」です。

ですから、増えた分の就職活動量の多くは人気企業に集中します。コロナ前でも人気企業の倍率は100倍を下らないのが珍しくありませんでした。コロナ後はこの傾向がさらに加速する、ということです。

なかなか難しいことですが、学生の皆さんはせっかく就職活動量を増やしてもそれが人気企業ばかりであれば、努力が報われない可能性が高くなります。できるだけ広く多様な企業を受ける方がよいでしょう。

例えば従業員300人以下の企業の2021卒の求人倍率は3.4倍とまだまだ「売り手市場」です。幅広く受けていれば、「買い手市場」であっても、きっと自分に合った会社に席はあるはずです。焦らずに、いろいろな企業を見て、自分に合う会社を探してみてください。

BUSINESS INSIDERより転載・改訂

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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